2:作家同士の語らい合いと、満身創痍のヒロイン

 皇帝ペンギンの彼が言う。


「そういえば」


 ペンギンの彼の視線はシュミーズドレス姿の彼女の方へと向いた。


「そちらの〝澁澤さん〟も、ハイファンタジーでしたよね?」


 名前を呼ばれたシュミーズドレス姿の彼女は言った。


「私の作品はハイファンタジーというより歴史物にウェイト置いてるんですけどね」

「あぁ、これは失礼」

「いいえ、私も書き始めはハイファンタジーでしたから」


 アイコン頭の異形頭の彼が言う。


「設定の必然性から実在する歴史物に背景を変えたのでしたね」

「えぇ、そうです」


 スーツ姿の麗人の彼女も言う。

 

「ハイファンタジーを書いてみたい気持ちはありますけど、設定が大変ですよね」


 そこにウェスタンガールが言う。


「作品にもよりますけど背景世界をほぼまるごと考えないといけませんからね」


 皇帝ペンギンが肯定する、


「そのとおりだね。抜かりがあるとアンチに突っ込まれるから事前の入念な下準備が必要なジャンルなんだよね」


 異形頭の彼も言った。


「SFと同じように?」

「そうそう!」


 どうやらこの二人は守備ジャンルはSFがメインのようだ。

 するとその時、べルノが何かを思い出した。


「そう言えばハイファンタジーと言えば彼がいたな」


 タキシード姿の少女ゴリラが問いかける。


「どなたですか?」


 するとウエスタンガールも気づいたようだ。


「美風さんですね?」

「ええ、彼の作品もハイファンタジーでしたよね」

「はい。ものすごいボリュームの大きいハイファンタジーだったはずです」


 三つ揃えスーツの麗人が言う。


「〝旋風のルスト〟って言いましたっけ」

「はい。あ、でも――」


 ウエスタンガールは言いよどんだ。


「今、彼、ものすごいスランプみたいなんですよね」


 少女ゴリラは問うた。


「そうなんですか?」

「はい。作品を度々、書き直しを繰り返してるんです。その都度更新が止まってしまうから読んでいるほうとしてはちょっと辛いんですけどね」


 するとアイコン画像の異形頭の彼が言う。美風と言う人物をよく知っているかのように。


「彼はものすごい繊細だからね。それとちょっと神経質すぎる」


 スーツ姿の麗人が言う。


「そうですか? ものすごいエネルギッシュに見えますけど?」

「何と言うか、エンジンが全開でかかっている時は強いけど、一度エンストを起こすとなかなか再始動しない。今頻繁に書き直しを繰り返しているのは、冷静さを欠いている証拠だと思うな」


 だが、彼はこうも言った。


「もっとも彼ならどんなにどん底に落ちても必ず這い上がってくるからね。そう心配はしていないんだ」


 べルノが言う。


「彼の作る作品は繊細なジオラマのように細かいところにまで設定の配慮が行き届いていいからね。そういう部分だけでも読む価値があった」


 シュミーズドレスの美女が言う。


「それ本当によくわかります。また元気に執筆を再開してくれるといいんですが」


 彼らがそんなことを話し合っている時だった。

 椅子に腰掛けていた皇帝ペンギンの彼が何かに気づいた。


「ん?」


 べルノが問う。


「どうしました? 根来ねごろさん?」

「いや、外でなにか物音がした」

「えっ?」


 驚いたのはべルノだ。


「そんなバカな。このサーバー空間にいるのはこのメンバーだけですよ」


 だが皇帝ペンギンの根来は言う。


「いやたしかに聞こえた。ちょっと行ってくる」


 椅子に腰掛けていたペンギンは器用に降り立つとペタペタと足音を鳴らして音のした方へと歩いて行く。相談の間を出て、外部通路の空間へと出たその時だった。


「うわぁああ!!」


 悲鳴のような驚く声が聞こえてきた。大急ぎで戻ってきた根来が叫んだ。


「大変だ! 大怪我をしている女の子が倒れている!」

「ええッ?!」


 一斉に驚きの声が上がる中、べルノが確認する。


「この夜見の書架の空間にですか?」


 それに対して返事をする根来の声は真剣だった。


「百聞は一見にしかずだよ! とにかく誰か来て!」


 その声に反応して動いたのは少女ゴリラと異形頭の彼だ。べルノも一緒に速やかに駆けつけた。

 そしてそこで見たのは。


「これはまさか?」


 べルノの呻くような呟きに少女ゴリラは訊ねる。


「ご存知ですか?」

「ああ、知らないはずがない。私が夜見の書架で紹介したハイファンタジー〝旋風のルスト〟の主人公のルストだ」

「ええ?」


 今まさにルストはそこに居た。

 物語の中に存在しているはずのエルスト・ターナーは間違いなくそこに居たのだ。

 傷だらけの消耗しきった姿で。

 異形頭の彼が言う。


「これじゃまるで、何かと戦って負けたみたいじゃないか?」


 その疑問の言葉に答えられるだけの情報を持ち合わせている者はその場にはいなかったのだ。

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