時間軸『バッドエンドシナリオ』

 それは一人の少女の物語だった。

 物語の名前は『旋風のルスト』と言う。


 そして、その物語の主人公である、銀髪碧眼の美少女の名は〝エルスト・ターナー〟と言う。

 ワルアイユと言う辺境の村を救うために立ち上がった傭兵の少女だ。

 東からはフェンデリオル国の討伐部隊が、

 西からはトルネデアス帝国の侵略部隊が、

 ワルアイユの地を蹂躙せんがために迫ってきていたのだ。


 その絶望的なまでに危機的状況を回避するため、いくつもの対策は打っておいた。

 その一つがトルネデアス帝国の侵略部隊が、自軍の戦闘に押し立てていた6頭の戦象部隊の撃破だった。

 これを壊滅させるために一人戦場に向かったのは、ルストの仲間のランパック・オーフリー3級傭兵だ。


 彼は戦った。

 6体の巨大な生物を前にして。その持てる戦闘力を遺憾なく発揮して、戦象たちを気絶せしめたのだ。

 そして6頭のうち1頭を鹵獲すると連れ帰ってきた。自軍たちの勢力に加えるためだ。

 そして迎えた運命の時――


 フェンデリオルの国土の夜空を駆け抜けてあの男が帰ってくるはずだった。そう、帰ってくるはずだったのだ。

 ルストの仲間の一人、プロアが――


 彼はこの作戦を成功に導くために絶対に必要なものを運ぶように厳命されていた。すなわち、


【前線指揮権承認証】


 それさえあれば最前線での国境防衛の戦闘の正当性を担保できるだけでなく、国家正規軍や他に雇われている職業傭兵たちを、自らの部隊に加えることができるのだ。

 ルストはそれを待っていた。

 しかし――


「なぜ? なぜ来ないの?」


――待てど暮らせど仲間のプロアは帰っては来なかった。

 そう、掻き消えてしまったかのように消息を絶ってしまったのだ。

 さらなる絶望がルストたちを襲った。

 仲間のドルスが言う。


「まずいぞ! トルネデアスの砂モグラ連中! 体勢を立て直しやがった! こっちに一気に突っ込んでくるぞ!」


 ダルムが言う。


「打つ手なしだな、一番肝心要なあの野郎が帰ってこないんじゃどうにもならねぇ」


 それが現実だった。

 200名にも満たないワルアイユの市民義勇兵だけではこの戦線を維持することは到底できない。ワルアイユの村人たちが叫んでいる。


「じゃあどうすればいいんですか!?」


 ルストはそれに対する答えを一切持ち合わせてはいなかった。

 ルストは悲痛な表情で絶望を噛み締めると、血を吐くような思いで、こう指示を下したのだ。


「撤退します」


 だが逃げる場所など、もうどこにもなかった。


「昨夜来た道を逆進すればフェンデリオル正規軍の討伐部隊が持っているでしょう。救いを求めるのであればそちらに向かうもよし、なおも抵抗の意思を示すのであれば、ここから南東方向に向かい山に立て籠もります」


 それとて、希望のある選択肢ではない。

 正規軍の討伐部隊に自ら投降するのであれば、そのまま自由を奪われ拘束される恐れがある。かたや徹底抗戦の意思を示してしまえば、極刑すらあり得るだろう。


「どちらを選ぶかはそれぞれの自由にいたします」


 その言葉を口にした瞬間、ワルアイユの市民義勇兵の3分の2を越える人々は命のものだねとばかりに投降する道を選んだ。

 それを責めることはできない。

 また、ルストを非難する声も無かった。


 残りの4分の1に満たない数がワルアイユの暫定領主であるアルセラを守るために残ってくれた。アルセラだけは生き残らせようと、その4分の1のほとんどをアルセラに同行させる事になった。

 そして、ルストは仲間たちに告げる。


「私たちは〝殿しんがり〟になります」


 それが、いかなる結果を生むのか誰の脳裏にも即座に浮かんでいた。

 非難する声は出ない。ただ無言で皆頷いてくれた。

 胸が痛かった。

 心の奥で切りつけるようにルスト自身を責め苛んでいる。

 涙が溢れる。とめどなく溢れる。


「申し訳ありません」


 それが精一杯だった。

 ただその時、カークが進み出てルストの肩をそっと叩いた。


「泣くな。お前は悪くない」


 涙を拭って顔をあげれば、皆の優しい視線があった。


「闘いは時の運だ」


 頷きながらドルスが彼らしい軽妙な語り口で言った。


「運が無かったのさ」


 そして誰が言うともなく歩き出す。

 退却の列の最後尾となるために、殿となるために。

 フェンデリオル正規軍の一部がルストたちの方へと向かってきた。

 

「アルセラを狙っている!」


 ダルムが言う。


「それが狙いだろうぜ」


 だが、力強い声が上がった。


「そうはさせるかよ!」とカーク

「この一命に代えても守り抜きます」とパック

「無論です」とゴアズ

「しゃあねぇ、最後まで付き合うぜ」とドルス

「矢が尽きるまで闘いましょう」とバロン 


 そして、ダルムが言った。


「四つの光のもとで、また会おうぜ」


 四つの光――、それはフェンデリオル人の信仰そのものだ。4大精霊を尊び崇拝する彼らが死を覚悟した時に口にする言葉だった。

 他の民族の言葉で言うのなら『ヴァルハラで会おう』とでも言うのだろうか?

 ルストは大粒の涙をこぼしながらこう答えた。


「皆さんの勇気と戦士としての誇りに心から感謝いたします。私も最後まで皆さんと一緒に戦います」


 ルストは最後まで〝隊長〟だった。

 彼らは歩き出す。

 悲劇的な結末へと向かって。

 そしてルストが率いていた査察部隊残り6名はすべて消息を絶った。

 アルセラを狙っていた一部の正規軍人と交戦したのだと言われている。だが、正式な軍事報告は現場から上がってこなかったため詳細な記録上は〝戦闘上行方不明〟とされている。

 無論、亡骸は今なお発見されていない。



 その後、ワルアイユ領は強制接収され、ワルアイユ領民は一時的に自由を制限された。アルセラを護衛するために同行した者たちは正規軍に捕らえられた。

 対してアルセラは捕らえられた領民たちの罪一等を減じてもらうために自ら出頭、討伐部隊の指揮をとっていたガロウズ少佐がその身柄を抑える事となった。

 こうしてアルセラはアルガルド勢の手に落ち、過酷な運命を受けることとなったという。

 事件の流れはアルガルド家の思惑通りに進んだかのように思えた。

 デルカッツはほくそ笑み、

 モルカッツは勝利の美酒に酔いしれたと言う。


 しかし、運命はさらなる暴走を続ける。

  

 国境を越えたトルネデアスの侵略部隊は戦闘を中断することは無かった。

 カムラン第一将軍が率いる増援部隊と合流し戦線の増強を達成した。総兵数は2000人規模に膨れ上がり、準備不足だったフェンデリオル側を完全に圧倒しワルアイユ領を占領したのみならず周辺地域にも侵略と略奪の手を伸ばした。

 無論、その被侵略地域にはワルアイユの他にアルガルド領もあった。暴走するトルネデアスの最前線兵の凶悪さはとどまるところを知らず、金品は奪われ女性たちは襲われた。

 穀倉地帯であり地下資源にもめぐまれていたワルアイユは最前線拠点とされトルネデアスの管理下に置かれたが、アルガルドは恣意的な破壊対象として徹底的に焼き払われたと言う。


 抵抗むなしくフェンデリオル正規軍は戦線崩壊、多数の戦死者と捕虜を出す結果となった。その際、フェンデリオルの討伐部隊の指揮官だったガロウズは敵の刃にかかりながらこう叫んだという。


「話が違うぞぉ!」


 ガロウズはトルネデアスと密約をかわしていたのだと言う噂がまことしやかに囁かれた。

 最終的にフェンデリオルは国土防衛に失敗。その後の国家戦略に取り返しのつかない大きな爪痕を残す結果となった。


 なお――


 アルセラを守るために最後の戦いに臨んだルストたちの消息は杳として知れない。

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