終:光の羽根


――だが、


「なんだ?」

「光?」

「天使の羽?」

「何が起きている?!」


 夜の路地裏、明かりすらない場所で佇んでいたはずの彼女のもとに光り輝く鳥の羽が無数に落ちてきていた。そして、その存在は現れた。


「誰かいる!」


 そこに現れたのは白い衣を着た一人の若い男性だった。


『やっと見つけた』


 彼は天から舞い降りるかのように地上へと降り立つとジンの体を背後からそっと優しく抱きしめたのだ。


「えっ?」


 ジンも明らかに驚いていた。


『忘れた? 君と僕、一緒に天界に帰る途中だったんだよ』

「あっ」


 彼女がそう声を漏らした時、彼女の姿もまた天使礼装のような白い衣へと姿を変えていた。


『一緒に旅していたはずなのに、急に姿が見えなくなるから驚いて探していたんだよ。そしたらこんなところでこんな事件になってるから慌てて駆けつけたんだ』

『ごめん』

『いいよ、無事会えたんだし。それじゃあ行こうか』

『うん』


 二人は手に手を取り合うとまるで恋人同士であるかのように空へとゆっくり舞い上がっていく。地上には何も残さずに。

 天へと登るその道すがら、ジンは私へと言葉を残してくれた。


『元気でね。幸せになってね』


 そう語る彼女はとても嬉しそうで幸せそうだった。誰もが言葉を失いあっけにとられていた。降り注いでいた光が消え去った時、我に返ったのは正規軍兵と官憲たちだった。


「な、何が起きた?」

「捕縛対象者は?」

「見えません! 痕跡なく姿を消しました!」

「馬鹿な?!」


 驚きの声が飛び交うがそれはまさに事実だった。一人の人間が天使のような姿になり、光とともに天へと舞い上がっていく。そんな現実離れした光景を前にして、ただその現実を認めるしかなかったのだ。

 官憲を率いていた人が言う。


「捕縛対象者、原因不明の事由により消失! これ以上の作戦行動は無意味と判断し、現時刻をもって被疑者不詳のまま撤収する!」

「了解!」

「軍警察の者は現状を保存し、詳しい調査を行う! そしてエルスト3級!」


 彼の声は私にも飛んできた。


「はい」

「君には改めて後日詳しい事情聴取をさせてもらう。ただしその前に今回の夜間警備任務は最後まで実行してもらう、いいな?」

「了解しました」


 とりあえず即時処罰対象となることは避けられたようだった。


「よし! 撤収!」


 その言葉を合図としてこの場に集まっていた人々は去って行った。後に残されたのは私とダルムさんだけだった。


「ルスト」


 ダルムさんの声は明らかに怒っていた。その時に無言で一発。


――ゴッ!――


 とても痛いゲンコツが落ちてきた。

 彼は言う。


「何で殴られたか分かるな?」

「はい」


 私は小さい声で答えた。


「言ってみろ」

「他人の過去に不用意に首を突っ込んだからです」

「そういうこった。なんで俺が最初にそれを教えたかこれで分かっただろう?」

「はい」


 涙目で答える私に彼は言う。


「よそ様の過去っていうのはな、決して簡単に触れちゃいけない落とし穴なんだよ。しかもその落とし穴の中にはたちの悪いのがいっぱい詰まってる。そいつを外側に出しちまったら、全てにケリをつけるまで離れるわけにはいかなくなるんだよ。だからこそだ」


 ダルムさんは私に苦笑しながらこう言ってくれた。


「相手の〝今〟をしっかりと見てやるんだ」

「今――」

「そうだ」


 そうだ。傭兵として生きていくのならそれしかないのだから。


「それじゃ行こうか。また朝までお仕事だ」

「はい!」


 そして私とダルムさんは夜間警備の残りのお仕事へと戻っていったのだった。



 追記


 結局、今回の事件に関しては私は一切お咎めなしということになった。事件の被疑者が天へと昇ってかき消えてしまったなんて話、どこをどう説明して報告すればいいか軍警察でも頭を抱えてしまったからだ。

 あの婦女暴行犯の死亡案件については、当人が転んだ際に頭部を強打した事故死という形で強引に処理されてしまった。


 ただ私はその後、ブレンデッドのワイアルド傭兵ギルド支部長に半ば強引にブレンデッドに定住することを強制されることとなった。

 軍警察からはお咎めなしとなったが、任務中に適切な報告を怠ったということが傭兵ギルド内部で問題となったからだ。

 まぁ、話を大きくして問題案件にしてしまったのはどう考えてもワイアルド支部長しか考えられなかったのだが。


「はめられた」


 なんとしても私を定住させたい意図がぷんぷんしてくるのだ。


「まぁ、そうボヤくな」

「はい」

「この街も悪くねえぞ? 他よりも意外と仕事の数が多いしな」

「そうなんですか?」

「ああ、西方辺境への入り口と呼ばれてるんだ」

「西方辺境の入り口」

「そうだ。より国境に近い領域、だから小さいのからでかいのまで仕事には事欠かねえんだ」

「そうなんだ」

 

 そして一呼吸おいてダルムさんは言った。


「そういうことだ。これからもよろしく頼むぜ」

「はい!」


 私はダルムさんとあらためて親しくなることになったのだ。

 でも、このブレンデッドに腰を下ろしたのは決して悪いことではなかった。

 支部長はなぜだか私のことを何かと目をかけてくれているし、ダルムさんも私に傭兵としての必要な知識を何かと教えてくれた。そして何より、たくさんの人たちと出会うことになったのだから。


 私は今でも夜の空を見上げるときにジンのことを思い出す。

 天界へと帰る、その言葉が脳裏をよぎる時、彼女の魂が救われることを願わずには居られなかった。


 定住用の小さなアパートメントに引っ越して私はブレンデッドの街で暮らし始めた。それからいろいろな任務をこなし、いろいろな人と出会い、資格も3級から2級へと上げることにも成功した。順調に信頼を積み上げることにもなんとか成功していると言っていい。


「行ってくるね」


 出かけるときに誰へとともなく声をかける。そして、私は今日も傭兵として仕事探しに行く。

 私の忙しい毎日は今日もなお続いている。

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