壱:つくよみ

さて、次に紹介となるのは猫野たま様の


『月詠の鏡と劔 大江戸月想奇譚』に登場する麗しのムーンプリンセス『月詠様』です


超一流の和風歴史ファンタジーであるこの作品のキャラとコラボするに当たり、今度はルストをあちらの世界観に送ってみました。

そこで描かれるドラマとは――

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 空間を稲妻が迸った。

 旋風荒れ狂い、空間が裂けるような勢いで、時と空間の彼方からその人物を強引に連れ出すかのようにはじき出した。

 それは一人の少女だった。

 年の頃は十七、洋装の南蛮人のような黒衣を身にまとっていた。

 髪は銀髪、素肌は白、その眼は翠色みどりいろだ。その手には杖のようなものを持っている。先端が金槌のような形状をしており全体が金属でこしらえられている。

 それを手にしたまま、一間半ほどの高さから放り出されたが、たくみに姿勢を取り地面へと転がるように降り立った。

 そして少女は周囲を見回して言葉を漏らす。


「ここはいったい?」


 周囲は闇夜、頭上には満月が輝いている。


「元いた場所とは似ているけど――」


 周囲は草原であると同時に農地も広がっている。一見して小麦畑のように見えないこともない。それまで彼女がいた場所とは明らかに違う場所だった。

 頭上を仰げばそこに輝くのは眩しいほどの満月。


「月の満ち欠けや角度からして前の世界とは大差ないけど」


 彼女は自分の位置や状況を把握しようとする。だがそこは最悪の状況下だった。


「何か居る!」


 息を潜めて気配を探れば聞こえてきたのは唸り声。それは人間のものではない獣の唸り声だ。その声の正体を少女は一発で見抜いた。


「野犬?」


 そうだ、野犬だ。野良犬などという優しい言葉ではすまない。古い時代の野犬はなまじの獣よりも危険であり恐ろしいものだった。

 一匹一匹は弱くとも群れを成して襲ってくる。それゆえ旅をするときも、夜の街を歩くときも、人間よりも野犬の群れに警戒するのが常だった。

 野営や野宿のさいに焚き火を絶やさないのは野犬除けの意味もあるのだ。

 彼女は自分が最悪の状況下に置かれていると察した。だが、彼女は足元に慣れない気配を感じた。


「えっ?」


 明らかに自分よりも大きさの小さい誰かが自らの足元にしがみついている。その誰かを確かめようと見下ろした時に、その誰かから声がする。


「あねさま、たすけて」


 か細い泣くかのような声。自分よりもはるかに小さい幼女の声だった。髪も着物もよほど逃げ回っていたのだろう泥まみれだった。

 少女は即断した。


「おいで!」


 少女はあえて強い口調で幼女に告げる。そして左手を差し出す。

 幼女はすかさずその手にすがりつく。

 少女は幼女を両手で抱き上げると、左腕だけで抱き抱えた。右手には愛用の武器がある。野犬と戦うのなら右手だけで対応しなければならない。どう見ても無謀である。

 少女は幼女に問いかける。


「私、ルスト。あなたはお名前は?」

「なまえ?」

「そう、お名前よ」


 優しい言葉で問いかけなおせば、半べそをかきながらたどたどしくも答えてくる。


「つくよみ」

「わかったわ、つくよみ」


 そしてルストはあらためて月詠を励ますように語りかける。


「いい? お姉さんがなんとかするからしっかり捕まって絶対に離れてはだめよ?」


 その言葉に月詠は頷いた。そして必死にルストの肩にしがみついたのだ。


「素直で良い子ね。私が必ず助けてあげるからね」


 月詠はその言葉を素直に信じるかのように二度頷いた。

 とは言え、状況は最悪だった。

 見知らぬ土地、当然ながら知り合いは居ないだろう。どこに逃げればどこまで走れば逃げ切れるのか、想定すらつかない。

 それになによりこの野犬の群れが諦めてくれるとは到底思えない。月明かりもあるとはいえ闇夜の下だ、状況把握には限界がある。

 もし万が一、ルストが力尽きたらこの子はどうなるのだ? むざむざと野犬の餌に供するのか?


「それだけはできない!」


 この子がどこの誰でどんな由来を持つ人間なのかは全くわからない。ただ一つだけ言えることがある。


――この子は助けを求めている――


 ならばそれに応えてあげるのが人としての道だろう。

 ルストは愛用の武器〝戦杖〟を右手で構える。


「グゥルルル……」


 野犬たちの唸り声が地面を這い回る。闇夜の暗がりの中で飢えた双眸が月あかりを受けて光っている。その数は10や20ではきかない。

 今までにない死闘になるだろう。獣というのは本能的に相手の急所を仕留める術を身につけている。なまじな人間よりもよほど厄介だ。

 ルストは自らにしがみついている月詠の様子を伺うが、変に暴れたりせず石のように固まったが如くなおもしがみついたままだった。

 これはこれで都合がいい。恐怖のあまり半狂乱になられて変に動かれてはかえって厄介だからだ。

 

 戦い方は決まった。左の月詠を徹底して庇い、右腕で敵である野犬たちをいなす。無論追い払うとかそういうのは考慮する必要はない。何としても生き延びねばならないのだ。


「ここがどこで、お前等がどこから来たのかなど知る由もない。ただひとつ言えることは――」


 ルストの背後から一頭の野犬が襲いかかる。

 戦杖を勢いよく背後へと振り抜く。

 絶妙の間合いで野犬の頭は一発で砕かれる。


「私はこの子を守り抜く!」


 その言葉と同時に、周囲を取り囲む野犬たちが一斉に飛びかかってきた。だがそれくらいは想定内だ。


「精術駆動! ――軽身歩!――」


 聖句詠唱の叫びと共に戦杖の先端がかすかな火花を散らす。それと同時にルストは空中に見えない足場でも見つけたかのように軽やかに空を駆け上がっていく。

 そして高度を稼いで高い視点から着手する場所を見つけて飛び降りる。さらに技をつないで逃げ道を確保する。


「精術駆動! 地力縛鎖!」


 戦杖の打頭部を地面へと突き立てる。その瞬間大地が揺らぎルストたちの周囲に居た野犬どもは広範囲に渡り見えない力に叩きつけられたかのように地面にひれ伏してしまう。

 

「今だ」


 それを機会とばかりに一気に走り出した。

 あとは脱兎のごとく逃げるしかない。

 無我夢中で野原の上をどこまでも走ると、畑のあぜ道のような場所へと出た。

 初めて見る人間の暮らしの痕跡だ。

 これは僥倖とルストは思う。そして、月詠に問いかけた。


「ねぇ、月詠?」


 声をかけられて月詠が顔をあげた。


「あなたのお家、どっち?」


 そう問いかけられて困惑したかのようだったが少ししてある方向を指差した。


「あっち」


 当てずっぽうなのか、本当なのか、皆目検討がつかないが信じるしかないだろう。

 内心ため息をつきながらもルストは月詠を送ることにした。そして彼女に問いかける。


「月詠は誰と暮らしてるの?」

「だれ?」

「そう。お家の人とかいるでしょ?」


 キョトンとしていた月詠だったが、ルストのその言葉を理解してとつとつと話し出した。


「さい あにうえ はる まーさ さーく」


 小さい指を折りながら一つ一つ数えていく。その名前が誰のことを意味するのかルストには知るすべはなかったが、少なくともこの子が孤独な独り身ではないことを理解した。

 

「じーじ、ばーば」

「ふふっ、そんなにいるんだ」

「たくさん いる」


 月詠の語る言葉はまるで言葉を覚え始めの赤子のようだった。ルストは言う。


「それじゃ、つくよみもみんなのところに帰らないとね」


 すると月詠はちょっと不機嫌そうにして言う。


「ちがう」

「えっ?」

「つき」


 一瞬何を言うのかと思ったが、月詠の頭2文字を取って名乗っているのだとすぐに気付かされた。


「分かったわ、つき」


 つきと名を呼べば月詠はニコニコと笑いながらルストの名前を呼んでくれた。


「るー」


 ルストの頭1文字を取ってそこから呼んでいるらしい。

 お互いの名前を理解しあったところで気心も知れたような気がした。引き離した野犬たちも追いかけてくる気配はない。

 これでもう大丈夫、あとはたどり着くだけ――

 そう思っていた。

 だが、ルストは人間ではない野生の獣の執念深さと恐ろしさを甘く見ていたのだ。

 耕作地のあぜ道を歩いて行ったその先に小さい藪があった。その藪に沿うように道が曲がりくねっている。その向こう側に何があるのか夜ゆえに視認できない。

 警戒する気持ちが緩んでいたその時だった、


――ガサッ――


 藪が揺れて音がする。それに気を取られた瞬間、周囲から唸り声がした。

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次話公開は3月22日夕方5時です

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