雨々さめざめ泣き喚き

@himagari

第1話

 雨は降る。

 しとしとと降り続く雨。 

 私は雨が好きで、そしていつだって嫌いだった。

 

「……そろそろ……かな」


 そう呟くと空から落ちるこの雫。 

 それが二条三条と重なり、やがて降り注ぐ雫が雨へと変わるのに、さほど時間はかからなかった。

 

 窓際の椅子に座って窓を開き、目を閉じたら呼吸を殺す。

 降り注ぐ雨の音は軽く優しい。

 足を止め、心で聞かねば響かない。

 葉に落ちる雫、地に落ちる雫。

 雑音の無い雑音が、水溜りに波紋を広げつつ、私の心を凪ぐ水面のように落ち着けた。


 電気はつけずに外を見る。

 昼間であっても厚い雲に覆われた空は陽の光を零さない。

 光が水に変わり空から流れているようにも見える。


「雨が桜と降り注ぐのか、桜が雨と落ちるのか」


 庭にある桜の花が雨にうたれて散っていく。

 雨の中にあったとしても、桜はなおも美しい。

 一体誰が、濡れる桜を見るだろう。

 雨降り歩く人々は、総じて地を見て這い回る。

 私にとって、日の光を浴びて風に舞い散る桜の美しさに劣るものでは無いというのに。


 雨は心を癒やしてくれる。

 私の里から海は遠い。

 以前訪れた海の漣はたしかに私の心を癒やしてくれたが、私にとってはやはりこちらの方が馴染み深かい。

 

 心は常に摩耗している。

 疲れたとき、悲しいときだけでなく、嬉しいとき、楽しいときにも心は摩耗しているものだ。

 そればかりに慣れ、削られ、摩耗し、やがて灰色に世界が染まっていく。

 そんな感覚を感じる。


 そんな時には雨を聴く。

 目を閉じ、椅子に座り、頭を揺すって雨を聴く。

 それ以外には何もしない。

 食べないし、遊ばないし、歌わないし、眠らない。


「…」



「……」



「…………」



「………………そろそろかな」



 どれほどそうしていただろうか。

 雨の間はただゆっくりと過ごす。

 雨の事だけ考えて、食む食べ物すら分からずに。

 空白の行の間に二日の時が流れていても語る言葉が無い程に。


 つぶやく言葉は昼下り。

 雲の切れ間が見え始め、あれほど厚かった雲がすべて流れて消えていく。


 私は服を着換えて外に出た。

 傘はささない。

 濡れるため。


 服は薄く、身に纏う。


 差し込む晴れ間に落ちる雨。 

 私のこの身を染め上げて。

 服は張り付き、頬を伝う雫が煩わしい。


 見上げた空から落ちる雨は一条二条と減っていく。

 やがて雨は雫に変わり、それすら無くなるのにさほど時間は掛からなかった。


「……ふぅ」


 差し込む光に照らされて、太陽がようやく顔を出す。

 

 曇っていた空は青く蒼く、高く遠くへ伸びていた。


 湿った空気は雨の匂いを伝えてくれる。

 濡れた衣服は日の光と熱を余すところなく伝えてくれた。

 吹き抜ける風に、流れる雫はもういない。


 ただ、洗われた心を乾かすための春の涼風が私を、草を、木々を、家を、空を、吹き抜けていく。


 見上げた空には虹が浮かんだ。

 蒼い空は爽快な太陽が照らした。

 曇った空はもう居ない。

 洗いたての空と太陽が私を照らしてくれている。


 

 冷たさすら感じる風に身を晒し、髪をかきあげ呟いた。




「……いい………天気だ」


 

 

 ――と。

 

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