御厨みくりは殺された?犯人のいない殺人事件
月猫ひろ
エピローグ
目の前には、髪を金に染めた女生徒が座っている。態度は悪く、顔には露骨な不満が滲み出ていた。
着崩した制服に短く切られたスカート。一見するとギャルのようないで立ちだが、メイクは控えめで、爪なども小綺麗に整えられている。
不良と優等生の間のちぐはぐな印象。
彼女の名前は御厨みくり。浩岳高校の2年生で、絶賛進路指導の最中である。
まあ、その進路指導を受け持っているのは俺だが、別に俺は教師ではない。浩岳高校に通う2年生で、御厨みくりの同級生でしかない筈だ。
「なんで担当教師じゃなくて、あんたが私の進路指導する訳?」
「田小山先生が忙しいらしくて、俺が任された」
「違うし。なんでそれを受けるのか聞いてる訳」
「クラス委員だからな」
「はあ?答えになってないし」
彼女は髪をイジリながら、そっぽを向いてしまう。
答えになっていないのは知っている。答えてないのだから、当然だろう。
『生徒指導をクラス委員に丸投げする様な先生に、生徒指導を行って貰いたいか?』
本心はそんな所だが、リスクを冒してまで彼女に伝える義理もない。
「なんでもいい。御厨は今回の考査で最下位だった訳だが」
俺は手元の紙を見ながら、彼女に話しかける。
「なんであんたが、私の成績を貰ってる訳?田小山おかしくない?」
「これは俺がクラスメイトに聞いて調べた数字だ」
「きも」
その言い方は傷ついてしまう。
「御影さあ、先生の御機嫌伺して楽しい?」
「楽しいと思ってやっている奴はいないだろう。必要だからやってるんだ」
「あんたさあ、天才じゃん。大学受験の内申点なんて大した事ないんだし、好きに生きたらいいんじゃん」
「断っておく必要もないだろうけど、俺は天才じゃないぞ。学校内では成績は良い方だけど、全国模試ではまだまだだ」
御厨みくりは舌打ちして、そっぽを向いてしまう。
何が気に入らないのだろうか?
「私さ、中学までは天才だったんだよね。成績だって学年一位だったし。でも高校入ったら普通で……なんかさ」
「高校は同じ偏差値の奴が入るからな。あと御厨の成績は普通じゃなくて最下位な」
「……うざ」
ぴえん
「教師に扱いやすい奴だと思われて、一体何の得があるの?」
「義務教育っていうのは扱いやすい人材を作る工程だから。教師に成功体験をして貰うには、そうした方が良いんだよ」
「楽しいの?」
「改めて聞かれると……楽しいのかな?」
先生と揉めないのは悪くない事だとは思う。
楽しい生活の為に大事な事だけど、それ自体が楽しいに分類されるのかは難しい所か。
「御影が教師を操るのが快感だっていう奴じゃないなら、楽しい訳じゃないと思う」
俺が難しい顔をしていたからだろうか?
彼女は言い難そうに絞り出した。
なぜそんなに言い難そうなのか?
「それが難しい所で、本当に俺は楽しんでいないのかが分かり難いんだ」
「そんなの分かる訳ないじゃん」
「かな?」
「御影優しいじゃん」
「は?」
なぜ突然そんな話になるのか?
「御厨は難しいな?」
「どういう意味?」
御厨は身を乗り出して怒る。
しかし、彼女の怒りはたいてい瞬間的だ。すぐにいつもの不機嫌顔に戻って、椅子に座り直す。
「御厨って怒らないじゃん」
「それは知識によるものだ」
「知識?」
「問題が起きても、『どうにかなる』場面が多いだけさ、人は自分の対応できない事が起きた時に怒るものだ。例えば嘘を吐かれても、事前に嘘だと分かっていれば怒る程の被害にはならない」
「凄い事だよ、それは」
「凄い?」
「優しさは知識ってことは、私も優しく成れたかもってことじゃん。でも成れてるのは御影だけじゃん」
そんなこと考えた事も、言われたこともなかった。
「何アホみたいな顔してんの?」
御厨みくりは力を抜き、綺麗な笑顔を見せてくれた。
思わずドキリとした。心疾患でも患ったに違いない。
「……いや、話が逸れている所か始まってない」
「あはは、やっと気付いた」
こっちが彼女の素なのかと思う程、上品に笑う。
「いいから進路指導の書類を作らせてくれ」
「ああ、そういう事?なら想像で書いといてよ」
「俺は君の事を良く知らない」
「いいんじゃない?私だって私の事は、よく知らないし」
御厨みくりは席から立つと、手をひらひらさせて進路指導室から出て行った。
さよならの挨拶のつもりなのか、犬に指示している気分なのか。
「時間的には及第点か」
時計を確認すると、実際に進路指導を行ったのと同程度の時間は経っていた。御厨みくりが進路指導室にいた時間を書き込んで、書類の作成を始める。
「彼女のことは、全く分からないな」
あんな綺麗に笑う子だとは思っていなかった。
まあ、彼女の知り合いに希望大学などは聞いているので、ありきたりな事では埋められる。
それで問題ないだろう。先生に語る未来なんて、紙よりも薄っぺらいのだから。
「将来の夢……か」
ふと書類を書く手が止まる。
彼女の夢は、調査通りに「獣医」と記載した。しかし俺としては珍しい事に、彼女が周りに口にしていない、本当の夢が気になったのだ。
そんなものが有るのかは分からなかったが、明日聞いてみようなんて。柄にもない事を思った。
まあ、その予定は果たされることはなかったのだが。
翌日の教室で、御厨みくりが死んだことを聞かされた。
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