【エジソン】 モルモット オス -2-
いつにもまして気怠そうな飼育員の声が響く水曜日。平日唯一のふれあいタイム。
そんなに面倒なら週末だけの開催にすればよいものを。私としては平日は人の集まりが少なく、情報収集の面でもやる気が出ない。平日の開催をやめるということは、すなわちwin-winであるはずなのに、これも経営歴が長い故の悪習というものなのだろう。
肩を落とすモルモットの視線の先に、先日の少年が射し込む。
あれは、無口な子ども。年は8歳くらいであろうか。この時間は学校に行くはずなのになぜか?という疑問は浮かばない。これまでにそのような子どもは数人見てきた。そしてそのような子どもは概して我々に語りかけてくるのだ。学校でいじめられている、病気になった、家族がいなくなった、そんな風に。初めての経験は1歳の時、何か面白い話はないかと、一人で座る少女に近づいた後、その少女は私を抱き上げ、息を飲み込むように泣き始めた。母親を亡くしたのだ、と。一人になってしまったのだ、と。人間の子どもは嫌いだが、苦しんでいる子どもはもっと嫌いだ、こんな気持ちになるくらいならば大きな声で騒ぎながら、持ち上げ、撫でられている方が幾分かましである、その時の感情が今でも鮮明に脳内に並ぶ。そして何より、私はその時の、何も解決策が思い浮かばない私が許せなかった。だから決めたのだ、知識を蓄え、そうした者達を救うのだと。そしてある解決策を既に身に着けている。さあ、ゆくとしよう。
一人掛けの小さな椅子に座る少年に、小さな影が近づいていく。
「ありがとう。一緒にいてくれて元気が出た。」
水曜日の少年少女は、必ずと言っていいほどこの言葉を残していく。そう、私はただ寄り添っていればいいのだ、ただただ、そばにいればいいのだ。
椅子の足に寄り添うように、モルモットが足を止めると、少年は椅子から降り、剥げかけた芝生の上に腰を下ろし、パンフレットに目を落とす。
「君の名前はエジソンって言うんだね。天才科学者だ。」
私はただ寄り添う。
「リチウムイオン電池って知ってる?携帯とか、最近だと車にも使われてるんだよ。世界じゃ二酸化炭素排出による地球温暖化が問題、なんて言われているけど、リチウムイオン電池にはその問題を解決する能力があると思うんだ。例えば太陽電池とか風力発電で得た電力を、リチウムイオン電池に蓄えるんだ。もちろん自然エネルギーにはムラがあるけど、多く電力が得られた日にはいっぱい電気を蓄えればいいでしょ。そうやって自然エネルギーからの電力だけで世界の電気を賄えるようになれば、少なくとも火力発電分の大気汚染は抑えられるよね。まあ、工場からの汚染物質については、他の方法で何とかしないといけないんだけどさ。」
私はただ呆然とする。
「僕は将来、発明家になりたいんだ。今言ったリチウムイオン電池みたいにさ、世界のためになるようなものを作って、いろんな人の生活を豊かにしたい。そうしたら、お金持ちにもなれるし、なんてね。」
発明家。そうか、私は今まで情報収集などと言って、他者から知識を得るだけであったのに、この少年は自らその知識を生み出そうというのか。これが俗に言う脱帽というものか。
「君は助手になる?モルモットなのに助手なんて、なんか変だね。あ、今のは冗談だから気を悪くしないで。」
今の冗談を理解できない程度には、私とこの少年には差があるようだ。ただただ感心するばかりではあるが、私がここに来た理由はそこではない。私はきっと、寄り添わなければならないのだ。
「なんか、エジソンは真剣に僕の話を聞いてるように見えるね。人間の勝手な解釈だってのは理解してるつもりだけど、それでもそう思うよ。」
本質に近づいている。私の経験がそう言っている。愚か者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶとは言うが、今、未来の私という賢者が学ぶための経験を創っているのだ。
「今日は学校が創立記念日でさ、休みなんだ。」
そこから先の話は覚えていない。何とも言えない脱力感と、駆け巡る知識と共にただ揺れる短い芝生を眺めていた。
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