第129話 新たなる頭痛の種
夜。
騎士団から後宮へと戻ってきたヘレナは、全身にどっと襲ってきた疲れに頭を抱えていた。なんだか色々と、厄介なことの多い一日だった。
まぁ、ドラフト会議ではそれなりの成果を得ることができたし、今後の騎士団運営にも光明は見えている。現在はアレクサンデルの負の遺産をどうにか処理していき、ヘレナの騎士団へと変えていくことが務めだろう。
「お茶ですの」
「ああ」
シャルロッテの出してきたお茶を、一口啜る。
アレクシアに鍛えられたからか、そのお茶は芳醇な香りのするものだった。よくアレクシアが「お茶には美味しく淹れるためのゴールデンルールがあるのです」と言っていたが、正直ヘレナにはよく分かっていない。
「はぁ……色々と頭の痛いことばかりだ」
「では、気分転換なさいますの?」
「お前はまだ暴れ足りんのか」
わきわき、と手を握るシャルロッテにそう返す。
シャルロッテは部屋付き女官という立場だが、その仕事は現在ほとんどない。それというのも、後宮の寵姫にして将軍という謎の地位にいるヘレナは、日中後宮にいないのだ。
そして部屋付き女官というのはあくまで部屋の女官であるため、後宮から外出する者についていく必要がない。つまり、ある程度部屋の掃除でもしてしまえば、あとは暇な仕事なのである。
だから、午前中はいつもの訓練メンバーたちと一緒に鍛錬をしているはずなのだが。
「わたくし、いつでも全力で戦えますの。毎日、わたくしは強くなっておりますの」
「ほう……」
「今日も、マリーと模擬戦をした後にディアンナ補佐官に挑みましたの」
「いい加減にしないとそろそろ痛い目を見るぞ」
はぁ、と大きく溜息を吐く。
シャルロッテはディアンナに挑み、ぼっこぼこにされたことを今でも恨みに思っているらしく、数日に一度は挑んでいるらしい。現在のところディアンナの完勝らしいが、シャルロッテの才覚が目覚めれば勝率も上がっていくだろう。
ディアンナから以前に一度、「超しんどいんすけど、あの子……」と言われたことを思い出す。
まぁ、そんなディアンナも楽しんでいる様子が少なからず見えるため、大事にはしていないけれど。
「それより、ヘレナ様」
「うん?」
「今日、鍛錬の見学に数人の令嬢が来ておりましたの。相手をしていたのはマリーですから、わたくしは内容は聞いておりませんけど」
「ほう。新しいメンバーが増えるのか」
「分かりませんけど、概ね好意的な反応でしたの」
ふむ、と顎に手をやる。
三期生――ウルリカ、タニア、ケイティの三人は、比較的よく育ってきたと思う。ウルリカは徒手格闘に、タニアは長柄の武器に、ケイティは飛び道具に才覚を見せている。もっとも、ヘレナ自身はほとんど三人の育成に携わっていない状態であるため、その才覚についてはマリエルやシャルロッテからの又聞きだ。
いつぞやの武闘会のときに見て以来、ヘレナはほとんど中庭に顔を出さなくなったのである。色々と忙しくて。
「もし四期生が増えるのなら、どうなさいますの?」
「今までと変わらず、一期生と二期生が中心になって教えていく形になるだろうな。三期生はまだ、教えられるほどの腕がないだろう」
「ですの」
「であれば、まず二期生が……」
シャルロッテとそんな話をしていると、唐突に扉が叩かれた。
以前のように、鍛錬ばかりをしている日々というわけでなく、ヘレナは基本的に多忙だ。日中は将軍として様々な執務をこなし、時には騎士団の訓練に携わったりもする立場であるため、後宮に戻る頃には夕刻ということも少なくない。
ゆえに、ヘレナが戻ってきて夕餉を食べて、ちょっとお茶を飲んだらやってくるのだ。
ファルマスが。
「もうそんな時間か……」
「出ますの」
「ああ」
シャルロッテが扉を開き、それと共にファルマスが部屋へと入ってくる。
たまにはヘレナ以外の部屋にでも顔を出せばいいのになぁ、とは思わないでもない。もっともヘレナと違って午前中の鍛錬に顔を出すことが多いため、他の訓練メンバーとは割と仲良くなっているらしいのだが。
だが、普段のようにファルマスは笑顔というわけでなく。
どこか悲しげな、渋面だった。
「陛下、ようこそおいでくださいましたの」
「ああ……女官は下がれ」
「は」
シャルロッテの存在にも、今気付いた――そんな様子で、ファルマスが指示を出す。
そして、そんなどこか気の抜けたようなファルマスにシャルロッテも疑問を抱きつつ、しかし何も言わずに部屋から出て行った。
二人きりになる部屋の中で、ファルマスがヘレナと対面するソファへと座る。
「ヘレナ」
「はい、ファルマス様」
「少しばかり……面倒なことになった」
「何か、あったのですか?」
「ああ」
恐らく、何かあったのだろうとは思っていた。でなければ、普段通りに笑みを浮かべながら「来たぞ、ヘレナ」とでも言ってくるだろうし。
そして、ファルマスがそれほど渋面をしてくるということは、それだけの事件のようなものが起こったのだと考えていいだろう。
「内容として、我が国としては歓迎すべきことだと分かっておる」
「はぁ……」
「今日、隣国から使者が来た。ダインスレフ王国からの使者だ」
「ああ……アーサー殿下の」
「そうだ。砂の国ダインスレフ……恐らく大陸中を探しても、ガングレイヴ帝国とまともに渡り合えるのはダインスレフくらいだろう」
ガングレイヴと隣接している国は多い。それだけの大国なのだという自負もあるのだろうが。
大陸でも三指に入る大国、砂の国ダインスレフ。
友好的な関係を築くことのできているガルランド王国。
敵対してはいるものの、こちらの戦力には全く及ばないリファール王国。
つい先日講和が成り、平和的な関係となったアルメダ皇国。
三つの国が揃ってもガングレイヴには及ばない三国連合。
この中で、ガングレイヴ帝国を脅かすかもしれない国は、唯一ダインスレフ王国くらいのものだろう。
「我が国との友好を深めたいという内容だ。余としては、諸手を挙げて受け入れても良いであろう案件だ」
「はい、良いと思います。ダインスレフ王国と盟約を結ぶことができれば、大陸でもガングレイヴに及ぶ国はなくなるでしょうし」
「余もそう思った。だが……そのための、向こうからの条件だ」
はぁ、とファルマスは大きく溜息を吐いて、一枚の書状を中央のテーブルにのせた。
恐らく、ヘレナにもそれを見ろということなのだろう。書状を手に取り、達筆でそこに書かれた文章を確認する。
その文章を最初から最後まで読んで。
もう一度最初から最後まで読んで。
ヘレナは、何も言えなかった。
「筋としては、通っている。それゆえに、厄介なのだ」
「これ、は……」
「ああ……」
ファルマスが示した書状。
そこに書かれている内容は、極めてシンプル。
「ダインスレフ王国の第二王女を娶れと、そう言っている」
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