第121話 決着
そもそも、ベルガルザード家は武の名門として名高い。
これまでに何人も八大将軍を輩出しており、現在は三男バルトロメイが『青熊将』として現役だ。そして子爵家を継ぐ長男以外は、それぞれ軍でも高い地位にいる。もっとも、バルトロメイと同じく顔が怖い一族であるため、色々苦労はしているらしいが。
そしてアレクシアも、幼い頃から兄バルトロメイに鍛えられてきた。勿論、それは将軍であるバルトロメイが十全に手加減を施した上でのものであるが、それでも一般の女子に比べれば濃密な訓練をしてきたのだ。
少なくともそれは、ただ家柄を誇示するだけの女になど、絶対に負けないほど。
ぱんぱん、と両手をはたいてアレクシアは大きく嘆息する。
「宮廷の侍女の質というのも、随分となっていないもので」
「そ、そ、そん、な……!」
「この程度の武で、皇族の侍女を勤めるなど笑止千万。貴方がたに侍女としての気概があるのならば、まず腕立て伏せから始めた方が良いですね」
「な、何者なのよあなたっ!」
「わたしは何度名乗れば良いのでしょうかね。アレクシア・ベルガルザードと申します」
溜息を隠そうともせずに、アレクシアはそう告げる。
一瞬で五人を無力化したアレクシアの武に、マリアベルが戦慄しているのが分かる。むしろこの程度、できない方がおかしいとアレクシアは思うのだが。
侍女である以上、仕える相手は高貴な身分だ。そして高貴な身分であれば、その命を狙われることも多々ある。その場合、命を狙ってくる悪漢に対して最初に立ち向かうことができるのは、側仕えである侍女だ――そうアレクシアは教わって、バルトロメイ直々に教育を受けてきたというのに。
その程度の常識も、この離宮に仕える侍女たちは備えていないらしい。
「じ、侍女に、武力なんて必要ないわよっ!」
「ならば、主人が悪漢に襲われたときにはどうするのですか。ただ黙って震えているだけで、主人が凶刃に倒れる姿を見届けるだけですか」
「そ、それは……!」
「確かに、この離宮には門兵がいます。巡回している衛兵もいます。ですが、助けを求めたからといってすぐに来るわけではないでしょう。ならば、主人を守るのは誰ですか。わたしたち、侍女です」
事実、シャルロッテの侍女であったエステルなど、武に優れた侍女が仕えるのが当然だ。クラリッサに仕えていたボナンザなど例外はいるが、それはあくまでクラリッサが伯爵家の娘であり、それほど高い身分というわけではないからだ。
特にその相手が皇族となれば、武力を持っていて損など全くない。
むしろ、皇族に仕えている侍女でありながら武の嗜みがないなど、心構えができていないと考えてもいいほどだ。
「ああ、なるほど」
そしてアレクシアは、一人で告げてから一人で納得して。
マリアベルを、これ以上ないほどの憐憫の目で見た。
「だからあなたは、誰の直属でもないのですね。あなた程度に、側仕えは任せられないと判断されたということですか」
「――っ!!」
「ま、それもそうですね。『高貴な血』とやらを第一に考え、侍女としての本分すら全うすることのできない半端者では、その評価も致し方ないということでしょう。こちらに倒れているご令嬢たちも、恐らく侯爵家などの高貴な出自なのでしょうね。わたしを羽交い締めにしたとき、全く力など感じませんでしたから」
「う、うっ……!」
いくら貴族のご令嬢とはいえ、全力でアレクシアの動きを止めようとしたのならば、アレクシアもこんなに簡単に五人もの人間を無力化することはできなかったはずだ。
だが彼女らから力は全く感じなかった。それはアレクシアを舐めてかかっていたのと同じく、彼女らに必死さが全くなかったことの証左だ。公爵家の令嬢であるマリアベルが死を宣告したのだから須く死ぬべきだ、みたいなお花畑の思考をしていたのかもしれない。
「さて」
「ひっ!」
一歩、アレクシアが前に出る。
それと共にマリアベルは、悲鳴を上げて一歩退いた。それと共に、ぺたん、と尻を落とす。腰を抜かしたのだろう。
さすがにアレクシアといえ、皇族の住まう離宮でマリアベルを手にかけて、ただで済むとは思えない。多少痛めつけるくらいは良いかもしれないが、マリアベルがそれを実家に持ち帰り、ベルガルザード家への糾弾にも繋がる可能性がある。
だから、それほど恐れる必要はないのだが。
「それでは、もう一度申し上げます」
「ひっ……な、な、何……」
「わたしの制服をいただけませんか?」
「……」
マリアベルは、恐怖に歪んだ瞳で。
震える指先で、棚の一つを指差した。恐らく、そこに侍女の制服が入っているのだろう。
そして、どうやら立ち上がることができないらしい。
ふぅ、と小さく嘆息してマリアベルが指差した棚を確認すると、そこには新品であろう侍女の制服が入っていた。マリアベルたちと同じ、黒いシルクワンピースとフリルのついたエプロンドレスだ。
まったく、どうして制服を手に入れるために、これほど苦労しなくてはならないのか。
「ふむ……」
制服を確認し、マリアベルを見て。
その視線が、まるで自分の認識外にある何かを見ているかのようで。
「いけませんね。わたしもどうやら、ヘレナ様に少々影響を受けたみたいです」
後宮に勤めたばかりの頃は、もう少し貞淑に過ごしていたはずなんだけどなぁ、とか思いつつ。
全てのことを武力で解決してしまう主人を思い出して、アレクシアは小さく溜息を吐いた。
一方その頃、後宮で。
「へっくしっ!」
「ヘレナ様、風邪ですの?」
「いや、風邪など生まれてこの方罹ったことがないのだが」
「……どれだけ健康ですの」
アレクシアにそんな影響を与えた主人は、首を傾げていた。
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