第111話 シャルロッテの決断

「お前には今、三つの選択肢がある」


 ふぅ、と小さく嘆息するヘレナに、シャルロッテは思わず生唾を飲み込む。

 そして、この場にいる他の十一名も同じく、無言で事の成り行きを見守っていた。決して誰一人言葉を発することなく、ヘレナの言葉を待っているかのように。


「そもそも、ディアンナ以外の銀狼騎士団の者……名前は忘れたが、三名。シャルロッテはこの騎士たちに対して一方的に、謂れのない暴力を行ったとして報告されている。この事実は、陛下の耳にも入っているものだ」


「……そう、ですの」


「だが、これは表で起こった事件というわけではない。あくまで、後宮で起こった事件だ。表沙汰になっていない以上、握りつぶせる」


「……」


 それは、かつてクリスティーヌがファルマスへ薬を盛ったとき。

 下手にハイネス公爵家と揉め事を起こすわけにはいかないと、クリスティーヌの所業は外部に通達されることなく握りつぶされた――その事実は、シャルロッテも知っている。

 シャルロッテはそれほどの罪を犯したわけでないが、それでも罪過は罪過。その罪を、場合によっては後宮だけで留めることができるということだ。


「私は法の専門家というわけでないが、お前の罪は禁錮五年程度が相当だと考えている」


「禁錮、五年……」


「だから、だ。お前には今、選択肢が三つあると考えるといい」


 ヘレナが指を一つ立てる。


「一つ。銀狼騎士団の『是非もらい』に応える。禁錮刑は、国営の仕事に従事する形で代替する事例も多くある。大体は国内での炭鉱の仕事に就いたりすることが多いが……ティファニーの方からそのように要請を受けているシャルロッテの場合、銀狼騎士団で五年間の奉仕を行う形で罪を償う選択だ。騎士団も国営の仕事だからな」


「……」


「メリットとデメリットは自分で考えろ。私はそこまで教えない」


 ふぅ、ともう一つ小さく溜息を吐いて。

 ヘレナがもう一つ、二本目の指を立てる。


「二つ。大人しく禁錮刑を受ける。まぁ、あまり選ばせたくない選択肢ではあるが……帝都外れの刑務所で五年間、暮らしてもらうことになるだろう。大して今と変わらない生活だ」


「……それはさすがに、嫌ですの」


「だろうな。私もさすがに、この選択肢は勧めない」


 ヘレナが、三本目の指を立てる。

 これこそが本題である、とばかりに。


「三つ。後宮の女官として働く。後宮の世話係も、国営の仕事だ。今までのように後宮の側室として悠々自適な生活を送るわけではない。むしろ、他の側室の世話をしなければならない立場だ。初めは覚えることも多いだろうが、環境は変わらない形となるだろう」


「……」


「お前に与えられた選択肢は、以上だ。どれが良いかは、自分で決めろ」


 まるで、突き放すようなヘレナの言葉。

 そんなヘレナの言葉を受け止め、噛み締め、咀嚼し、嚥下する。銀狼騎士団の騎士になるか、後宮の女官になるか、それとも刑務所の囚人となるか。

 まず、どう考えても囚人は除外だ。まだ若い十六歳のシャルロッテも、五年の禁錮刑を経て出てきたら二十一歳――青春の日々を刑務所で送りたくはない。

 ならば残るは、銀狼騎士団か後宮の女官かのいずれか。


 ちらりと、マリエルを見る。

 当然のように目が合い、そしてマリエルの方も逸らさない。代わりに、その目が口よりも雄弁に語っていた。

 そんな選択肢を示されて、選ぶものなど一つだろう――と。


「……」


 考える。

 そして考える間、誰も席を外さない。とっくに昼餉の時刻だというのに。

 誰もが、分かっているだろう。シャルロッテが何を選択するのか。


 銀狼騎士団の『是非もらい』。

 それは軍属でないシャルロッテには分からないことだが、相当に名誉なことだろう。将軍直々に、シャルロッテが欲しいとそう言ってきたということなのだから。

 シャルロッテならば銀狼騎士団で、相応の成果を出すことができると信じてくれているのだ。その信頼は、その期待は、素直に嬉しいものである。

 そして軍に所属するのであれば、今よりも激しい訓練を行うことになるだろう。実戦経験も、今とは比べものにならないほど重ねることができるはずだ。マリエルがかつて味わったという、本物の戦場の空気を味わうことだってできる。

 つまり、銀狼騎士団に所属して鍛錬を重ねれば、今よりももっともっと強くなれるということだ。

 どう考えても、美味しい話なのである。


「……」


 だけれど、即答できない。

 銀狼騎士団に入団することは、間違いなくシャルロッテにとってプラスに働くだろう。ディアンナとだって、何度も手合わせの機会が訪れるかもしれない。そして何より、警護対象でなく同僚となれば、銀狼騎士団の騎士たちも本気で相手してくれるだろう。

 いいことばかりなのだ。少なくとも、もっと強くなりたいと希うシャルロッテからすれば。


「ヘレナ様」


「ああ」


 シャルロッテは、大きく息を吐いて。

 それから真剣な眼差しで、ヘレナを見据えた。


「ファルマス陛下とのご結婚は、いつ頃の予定ですの?」


「ああ………………………………………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 唐突に投げつけられた爆弾に、思い切り叫ぶヘレナ。

 かつて受けた新兵訓練ブートキャンプ、その後も重ねてきた訓練。武闘会――そんなヘレナと過ごしてきたシャルロッテの記憶の中で。

 おそらく今までで一番、ヘレナは狼狽していた。


「ちょ、は!? い、いや、シャルロッテ!?」


「わたくしの予想では、もうそろそろ発表してもおかしくないと考えておりますの」


「い、いや、す、少し、そんな話は出たが……い、いつとか、それは、その、えっと……!」


「その言葉が聴けたら十分ですの」


 にこり、とシャルロッテは微笑む。

 ある意味、このように慌てふためくヘレナを見ることができて満足だというのも理由の一つだが、それ以上に。

 ヘレナのその事実は、シャルロッテの選択を決定するのに十分すぎる。


「ヘレナ様。陛下に、お伝えくださいませ」


「あ、ああ……? な、何だ……?」


「わたくしを、後宮の女官として雇ってほしいと」


「……」


 シャルロッテの宣言に、ざわつく他の弟子たち。

 誰もが、シャルロッテは騎士団に所属すると考えていただろう。

 だが、シャルロッテには考えがあった。


「……良いのか? シャルロッテ」


「ええ。ヘレナ様の婚姻が近いのであれば、尚更ですの。陛下がご結婚されたのならば、寵愛している側室がいない以上、後宮は解体されますの。そうなれば、後宮勤めの女官は仕事を失いますの」


「ほう……」


「そうすれば、わたくしは自由の身ですの。違いまして?」


「む……?」


 それは、どうなのだろう。

 そのあたりの詳しいところはヘレナに分からないが、確かにそうかもしれない。

 ヘレナとファルマスが結婚するのも、もう時間の問題だ。そうなれば、後宮の解体と共に自由を得られる方を選ぶというのも、確かに間違いではないだろう。


「それに、わたくしはヘレナ様に鍛えてもらっている身ですの」


「ああ……」


「そんなに簡単に、師を変えるつもりなどありません」


「……」


 ふふっ、とヘレナから笑みが溢れる。

 そして小さく――やや嬉しそうな嘆息と共に、ヘレナが腕を組んだ。


「今は、しっかり休め」


「ええ」


「体が治ったら、またビシビシ鍛えてやる。覚悟しておけ」


「承知いたしましたの」


 これからも、また変わらずヘレナに薫陶を受けることができる。

 後宮の女官がどのような仕事をするのかは分からないが、それでも。


 現状が変わらないことを、まずシャルロッテは喜んだ。


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