第100話 弟子達の成長
翌日、午前。
この一月ほどはファルマス、アーサー、ラッシュの三名に対する
「久しいな、お前たち」
「お姉様、ご帰還をお待ちしておりましたわ」
久しぶりに顔を出したヘレナに、代表という形でマリエルがそう言ってくる。
鍛錬の様子も、ヘレナが不在の間に随分と様変わりしたようで、一期生はそれぞれお互いと手合わせを行い、武闘会でペアになった二期生が三期生への指導を行っている。もっとも、指導という形をとっているのはカトレア・ウルリカ組とエカテリーナ・タニア組だ。レティシア・ケイティ組は指導というより、共に励んでいるような印象である。
ちなみに、中庭の端で響く「うりゃりゃりゃりゃあああああ!!」「ひぅんっ! いやんっ!」という光景は、以前のままだ。そして、ヘレナはそこに触れない。
「どれ……久しぶりだ。少しばかり、私が手合わせを見てやろう」
「まぁ! お姉様が!」
「それは光栄ですの。恥ずかしくない手合わせをさせていただきますの」
「ヘレナ様に見ていただけるのですね! がんばります!」
「是非、ご指導よろしくお願いします!」
ヘレナの提案に、マリエル、シャルロッテ、フランソワ、クラリッサがそれぞれ嬉しそうな声をあげる。
なんだかんだ、最近はこの四人を見てやることも少なくなった。主に人数が増えたこともあるが、この四人に指導の立場に回ってもらうことが多くなってきたからだ。
たまには、こんな風に指導をするのもいいだろう。
「では……そうだな。普段通りに手合わせをするといい」
「承知いたしました、お姉様。それじゃ……ロッテ、やるわよ」
「上等ですの」
「それじゃ、わたしたちは見てます!」
挑発的にシャルロッテを誘うマリエル。そして、どうやらフランソワとクラリッサは見学に回るらしい。
マリエルは木製の棒を回し、シャルロッテは両の拳に包帯を巻く。その動きには一つの淀みもなく、どれだけ毎日の鍛錬をこなしているか分かるほどだ。
適度な距離を開けて向き合った二人が、それぞれ構える。
マリエルは両の腕を伸ばして、棒の先端をやや低く構えた姿。
シャルロッテは右の拳を引き、左の裏拳を示しながら重心を低く構えた姿。
武器のリーチに差はあれど、それが互いにとっての十全。
「では……」
「……」
「……」
ぴりぴりと張り詰めた空気が、二人の間に過ぎる。
お互いの手を知っているがゆえに、そこには僅かな油断もない。ぴんと張った糸のように、少しの衝撃でもあればはち切れる闘気がそこにある。
ごくりと、思わずヘレナは己の唾を飲み込んだ。
「はじめっ!」
「おぉぉぉぉぉぉっ!!」
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
万全の気合と共に、二人が駆ける。
シャルロッテが低い姿勢のままで突き出した拳を、マリエルは素早い棒の動きで牽制する。それと共に体を捻り、棒の逆側で突きを放った。
無論、その攻撃も読んでいるシャルロッテは手刀で棒を叩き落とし、腰を捻って正拳突きを放つ。それは僅かに体勢を崩したマリエルの脇腹を狙うが、マリエルもそう簡単に受けてはやらぬとばかりに一歩退いた。
空を切ったシャルロッテの正拳突き――それを機とばかりにマリエルは再び一歩を踏み出し、棒で低い位置を薙ぐ。
しかしさらに、シャルロッテは棒を踏みつける形で回避。そして腕の伸びきったマリエルの隙を狙う形で、思い切り蹴りを繰り出す。
一瞬の逡巡ののちに、マリエルは棒を体の前面にやって蹴りを防ぐ。
たんっ、と。
そこまでの攻防を繰り広げてから、お互いに退くと共に開始位置へと戻った。
「ふぅ……」
「……相変わらず、やりますの」
お互いに、先程までの動きは準備運動のようなものなのだろう。
少しは体も温まったとばかりに、再び互いが構える。今度はマリエルが片手で棒を持ち、もう片手を腰だめに引いて。シャルロッテの方は低い重心をさらに低く、正中線を隠して左肘を突き出して。
ひゅうっ、と僅かに、この小さな戦場に凪ぐ一陣の風。
「さすがはシャルロッテさんです! 体の使い方がすごいです!」
「でも、まだロッテさんの連撃が出てないわ。連続攻撃に入ってからが、ロッテさん一番強いし」
「ですけど! マリエルさんも、まだ棒一本です! マリエルさんの棒二刀流はすっごい強いです!」
「確かにあの棒二刀流は強いけど、その分隙が大きくなるから……細かい動きをするロッテさんとは相性が悪いんじゃないかな」
「クラリッサは前に、棒二刀流にぼこぼこにされてました!」
「言わないで、フラン」
「……」
フランソワとクラリッサの評する言葉を聞いて、ふむ、と頷く。
確かに、あの動きはデモンストレーションのようなものだったのだろう。二人とも、まだ隠し持っている奥の手があるということか。
まったく、楽しませてくれる弟子だ。
「はぁぁぁっ!」
「おぉぉぉっ!」
再び、ぶつかり合う拳と棒。
マリエルは棒を己の手の延長であるかのように、自在に操り。
シャルロッテは天性の第六感で、あらゆる攻撃を躱し。
有効打が一つもないままで、まるで剣舞であるかのように、互いに合わせているかのような戦いが繰り広げられる。
「おぉ、ヘレナ。やっておるな。余も今日から、午前のみだがここで鍛錬に参加を……」
「……」
「お、おぉ……」
ヘレナは、二人の戦いから目を逸らさない。
このところ最近、全く彼女らの戦いを見てやることができなかった。だが、その間も彼女らは間違いなく鍛錬を続けてきたのだ。
その成果が、今ここにある。
そこから目を逸らして、何が師か。
「やぁぁぁぁっ!!」
シャルロッテが、息をつかせぬ連続攻撃を繰り広げる。
全身を余すことなく使った格闘術――その真髄を示すかのように、その全身を凶器として放つ。
「はぁぁぁぁっ!!」
マリエルが突きの壁を作るかのように、鋭い突きを幾度となく放つ。
突かば槍、払えば薙刀、打てば剣――その真髄を示すかのように、変幻自在な攻撃を繰り出す。
「……」
「ヘレナ、よ……」
ファルマスが、小さく呟く声が聞こえる。
それはヘレナよりも、遥かに驚いている声音。
一月という僅かな時間であれ、
今までは、「なんかよく分からんが凄い」くらいに思っていたはずのファルマスにも、分かるのだろう。リリスという師を得て、格闘術を学んだがゆえに。
今の、この二人の手合わせが、どれほど凄まじいものであるか。
「そなたは……後宮で何を飼っておるのだ……?」
「ええ……」
ふっ、とヘレナは僅かに笑みをうかべる。
確かに、弟子の成長は思ってもみないものだった。一般兵士と対等に戦える程度だと、そう思っていた。
だが、この武――将軍には及ばぬとも、一級の武官ともまともに戦える代物ではあるまいか。
「どうやら、私はとんでもない化け物たちを覚醒させたようです」
この武ならば、もしかすると。
いつか夢想した、そうなればいいと思っていた未来が、現実になるかもしれない。
老練の将軍たちが引退した、その席に座るのが。
ヘレナとその弟子たち――そんな、未来が。
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