第64話 弟子たちの昼餉

 昼。

 朝一番から始まった武闘会だが、当然ながら令嬢という名の戦闘狂である彼女らも腹は減るし、そこに昼食休憩が挟まれるのも当然である。それに加えて、全員が全力で戦いを果たしたのだ。そこに生じる空腹は言うまでもない。

 とはいえ、食べるものはあくまで後宮の姫としてのそれだ。テーブルを十一人で囲んでいるという状況が普段と違うそれだが、あくまで食べているのは侍女がわざわざ後宮から持ってきた、彼女らの昼食である。


「はー……惜しかったなぁ……」


「ふふんっ! わたくしの勝利は決まっていたことなのよ!」


「……あたくしから見れば、完全にアンジュの負けのように思えましたけど」


 クラリッサの呟きに、嬉しそうに高笑いを上げるアンジェリカ。しかし、その勝利があくまで偶然であるということを知っている面々からすれば、溜息しか出ないものである。

 とはいえ、そこに敗北に対する悔しさはあっても、お互いに対する嫌悪や侮蔑、嫉妬といった負の感情はない。戦士として、闘技場の上で全力を尽くして敗北したのだ。悔しさを抱く相手は己の実力だけであり、互いを好敵手として尊重するのである。

 ゆえに彼女らにしてみれば、この戦いは普段の訓練の延長線上に存在するようなものだ。少しばかり舞台が派手で、少しばかり観客が多いというだけの。

 だからこそ、そこに褒賞を求めたつもりなど、どこにもない。


「しかし、驚きましたわ……まさか、陛下があのようなことを仰るなんて」


「いやー。びっくりですねー。わたしには関係ないからいいですけどー」


「……完全に、カチューシャは他人事と思ってますね」


「わたしは負けましたからねー。勝ち残った人たちはー、頑張ってくださいねー」


「私に、もっと力があれば……ごめんなさい……」


「いいんですよー。むしろ良かったのですよー」


 えへへー、と笑うエカテリーナと沈痛そうな面持ちのタニア。

 確かに、タニアがもっと強ければエカテリーナの指示を待つことなく、自分だけで戦うことができたのかもしれない。だけれど、これはそもそも『まだ実力の劣る三期生』であるがゆえのタッグだ。これでタニアが、一人でシャルロッテと戦えるだけの実力を持っているのならば、そもそもこのタッグ自体が成立していないのだから。

 それはカトレアと組んだウルリカもまた同じ気持ちであるらしく、悔しそうに奥歯を噛み締めている。そして、そんなウルリカの頭をぽんぽんと叩くカトレアはというと、逆に落ち着いた様子を見せていた。


「ええ。エカテリーナの気持ちは、分からないでもありませんわ」


「ですよねー。カトレアさんー」


「正直わたくし、負けて良かったと思いましたもの。一期生の方々はまだしも、わたくし、まだ実力不足と思っていますから」


「己の実力をちゃんと理解していることには好感が持てますの。カトレア」


「……おや、何か言いまして? 『月天姫』様」


「随分と懐かしい呼び方をしますの」


 ばちばちっ、とカトレアとシャルロッテの間で飛び散る火花。

 この二人は、元は派閥の主と阿る女、それを経て師と弟子、そして現在は徒手格闘同士ということで、どことなくライバル視している部分があるのだ。

 まぁまぁ、と大抵そこで止めに入るのが、ほぼクラリッサやレティシアといった常識人である。彼女らの苦労も偲ばれるというものだ。


「まぁ、いいですわ。わたくしも負けた身ですし、残りは観客として楽しませてもらいますわ。『月天姫』様、地べたに這い蹲る姿を見物させていただきますわね」


「……よく回る口ですの。前哨戦にあなたの相手をして差し上げても良いですの」


「まぁまぁ。ひとまず、喧嘩はやめましょう。私たちは、今後のことを話し合うために集まったわけですから」


 相変わらずいがみ合うカトレアとシャルロッテの間に、レティシアが口を挟む。

 ここに集まる十一人、そのうち、次の戦いが決まっている者は五人だ。

 一回戦で敗北したフランソワ、カトレア、ウルリカ、クラリッサ、エカテリーナ、タニアを除く五人。


 そんな、次の戦いを控えているはずの五人、なのだが。

 その表情は、一様に固い。


「そうですわ。ひとまず、次の戦いについて作戦の一つでも練っておかねばなりませんもの」


「でも、どうするのよ。兄様が変なこと言ったせいで、わたくしたち全員ピンチよ」


「正直、逃げ出したいですの」


「それは私も同意見なのですけどねぇ……そうは問屋が卸してくれないでしょうし」


「私は楽しみでもありますけど。ネードラント商会が卸している武器を、どれだけでも集めてみせますわ」


 マリエル、アンジェリカ、シャルロッテ、レティシア、ケイティが続けてそう言う。

 この五人こそが、二回戦に残った全員であり、これから試練を受けねばならない五人でもある。

 その代表――僅かな差であるとはいえども、最もヘレナから手ほどきを受けた者の一人であるマリエルが、小さく溜息を吐く。


「ひとまず、アンジュとケイティには後方支援をしてもらいますわ。アンジュは石で、ケイティは連弩。レティシアは悪いけど、前衛に回ってもらいますわ」


「……仕方ないですね」


「おやー。レティシアさんにしては珍しくー、覚悟を決めているようですー」


「覚悟なんて決めてませんよ。土下座して命乞いをする心の準備はできてますけど」


「……そんな準備をされても」


「当然でしょう……」


 はぁぁぁ、と大きく溜息を吐くレティシア。

 そんな溜息は部屋の中に波及し、全員の口から盛大な溜息が漏れる。


 彼女らは、ヘレナに手ほどきを受け、これだけの強さを得た。

 誰よりも近くでヘレナから教えを受け、その考えも生き方も、ヘレナを全ての参考とした。

 だからこそ、分かっている。

 ヘレナがこれから、どんな行動に出るのか。


「ロッテ、止まるかどうかは、まずあなたとの近接戦闘にかかっていますわ」


「正直、後宮でならず者を相手にしていた様子を思い出すと、今でも寒気がしますの。わたくし、あのように早死にしたくはありませんの」


「後ろから、あたくしとレティシアが援護しますわ。アンジュとケイティも、必要に応じて遠距離から阻んでくれるはずです」


「……私正直、相対した瞬間に土下座する自信がありますけど」


「そんなこと言わないで、レティシア……まぁ、あたくしも恐ろしいですけど」


「でも、絶対に来る未来しか見えませんの」


「ええ……」


 マリエルが再び、小さく溜息を吐く。

 だけれど、それは悲愴というよりは、覚悟を決めたがゆえの溜息。

 そしてマリエルは本来ならば敵、しかし恐らく、次の戦いでは味方となるであろう彼女らへ向けて、告げる。


「お姉様は、絶対に参戦してきますわ」


 ファルマスの告げた、将軍という地位。

 それを喉から手が出るほど欲しがっているヘレナが、この戦いに参戦してこないはずがない。


 ヘレナが手ずから育てた弟子たちはそんな風に、ヘレナのことをよく分かっていた。

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