第41話 三期生-ウルリカ-

 ウルリカ・セルエットは、一応伯爵家の出自である。

 だが、一般的な貴族令嬢とは多少異なる部分があることは否めない。それは、その生まれた家――セルエット家の、ある種特殊な貴族家としての成り立ちである。


 ガングレイヴ帝国において、貴族位は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の五階位に分かれている。

 だがそれ以外に、名誉貴族として一代限りの貴族位を授けられることがあるのだ。例えば戦争において活躍をした人物であったり、技術の発展に大いなる貢献をした人物だったり、だ。近年で言うならば、平民出身の八大将軍は、遍く『将軍』という貴族位を授けられるのである。

 そしてセルエット家――ウルリカの生家は、ウルリカの祖父である先代の『黒烏将』ガイウス・セルエットの与えられた、一代限りの名誉貴族位をその成り立ちとするものである。


 名誉貴族は本来、その与えられた本人にしか名乗ることができない。息子が貴族令息、娘が貴族令嬢と名乗ることはできないのだ。あくまで名誉的に与えられただけの地位であり、本人が亡くなれば地位は国に返上しなければならないものだからだ。

 だが、ウルリカは伯爵家の令嬢を名乗っている。その理由は単純で、祖父であるガイウスが名誉貴族となった後も戦果を重ね、最終的に『総大将軍』という立場になったからだ。当時、小国であったガングレイヴ帝国をこれほど巨大にした、理由の一つとして存在する伝説の将軍なのである。

 その当時、世界の全てが恐れ慄いたとされる『殺戮幼女』と並び称される、大英雄だったのだ。


 そんな祖父は名誉貴族から男爵位、子爵位、伯爵位とどんどんその爵位を上げてゆき、現在では最も歴史の浅い伯爵家として国内では認識されている。


「はぁっ!」


「甘いっ!」


「くそっ!」


「まだまだっ!」


 そんなウルリカは、幼い頃から貴族令嬢として教育を受けてきたわけではなかった。

 立場的には『大将軍の孫』だが、ガイウス自身の出自は平民である。当然、その息子であるウルリカの父、レオニートも平民だ。現在でこそガイウスが退いたために伯爵家の当主となっているものの、元々はパン屋を営んでいた男だ。その感性は、完全に平民のそれである。

 今でさえ、伯爵位という貴族としての立場は持っているものの、名誉貴族からの成り上がりでしかないために領地を持たず、財政源も全く存在しない家なのだ。ちなみに父レオニートは、現在もパン屋を営んでいる。伯爵家の主な財源がパン屋の売り上げであるという、謎の貴族家がそこにあるのだ。

 そんな家に生まれたウルリカは、正直言って後宮に入るまで、自分が貴族令嬢という自覚が皆無だった。


 子供の頃から、近所の子供達に混じって遊んでいた。

 山を駆け上ったことだって何度もあるし、野原を走り回るのは毎日のことだった。当然、馬など持っていないから自分の足だけである。

 当時の最も仲が良かった男の子が、自分のことを「オレ」と言っているのが格好良く思って、真似をしていたら伝染ったくらいに、お転婆な娘だった。


 だから、後宮にはどうしても馴染めなかった。

 走ることのできる場所はないし、遊ぶ場所もない。ただ毎日、だらだらと部屋の中で過ごすだけなのだ。他の貴族令嬢に知り合いなんかいなかったし、毎日毎日暇で暇でたまらなかったのである。

 そんな折に、噂を聞いたのだ。

 中庭で、訓練をしている一団がある、と。ちなみに教えてくれたのは、後宮に入ってから唯一仲良くなった、隣の部屋に住んでいた相手であるタニア・ランドワースだった。


 タニアもまた後宮に馴染めておらず、仲の良い友人はウルリカくらいのものだったのだ。

 ここで仲の良い人でもできれば、という風に誘われて、ウルリカもまた訓練を見に行った。最初は、貴族令嬢たちがお遊戯でもやっているのではないか、と見下しながら行ったのだが。

 その、レベルの高さに驚いた。

 まるで、武術の達人ばかりが揃ったのではないかと思えるほどに、全員が洗練された動きで訓練をしていたのだから。


「うらぁぁぁっ!!」


「くっ……! やりますわ! はぁっ!」


「ぎゃあっ!」


 そして現在、ウルリカはカトレアと手合わせをしている。

 最初、何も知らなかった頃には、まるで次元の違う強さを持っていたカトレア。その強さに、少しでも追いつくことができればと必死にウルリカは努力した。何度も筋力トレーニングに心折れそうになりながら、自分だって強くなるのだと、石に噛り付いてでも頑張ると誓ったのだ。

 その結果。

 まだまだ勝率は低いが、カトレアともまともに手合わせができるようになっている。

 自分で、自分の進化が恐ろしいほどだ。


「はぁ、はぁ……さすがカトレアねーさん! すげぇ!」


「ふぅ……ウルリカも、随分と成長したものですわ」


「オレももっとこう、ねーさんみたいにやぁっ、ってやってどかーんってやりたい!」


「抽象的すぎますわ」


 ふふっ、と微笑むカトレア。

 貴族令嬢としての気品もそこにありながら、絶対的な強さもそこにある。相棒バディとして共に訓練をし、教えてくれている師という理由も勿論あるけれど、カトレアはウルリカにとって理想の女性そのものだった。

 ウルリカのように粗暴でない、気品のある口調。

 ウルリカのような矮躯でない、均整のとれた背丈。

 鍛え抜かれた足技で翻弄するカトレアの戦い方もまた、ウルリカにとっての憧れだ。


「さて……ではウルリカ」


「はいっ、ねーさん!」


「武闘会、必ず勝ち抜きますわ」


「オレも頑張ります!」


「ええ。ですが、そのためには三日しか時間がありませんわ。そのためにも、作戦を練らなければいけません」


「作戦……?」


 ウルリカはあまり、頭の出来が良い方ではない。

 カトレアから師事を受けたことも、なんとなく体で覚えている感じだ。なんとなく最適な体の動きを、本能的に行っているだけである。

 戦いにあたっての作戦となると、この残念な頭はあまり働いてくれないだろう。


 だが、それはカトレアも同じだ。

 後宮に入るまでこのように、戦いをしたことなど一度もないらしい。

 そんな二人が頭を巡らせたところで、答えなどどこにも出ないだろう。


 はっ――と、そこで、天啓のようにウルリカは閃いた。


「じゃ、じゃあ! オレ頑張ります! ちょっと待ってください!」


「あら、作戦がありますの?」


「はいっ! オレは、オレの使えるものを使います! ちょっと失礼します!」


「ちょ、ちょっと、ウルリカ!?」


 カトレアの声にも振り向くことなく、ウルリカは訓練室を足早に出て自分の部屋へと走った。

 女官に言って、手早く紙と筆を用意させる。幸い、後宮における面会制限は変わったばかりだ。皇帝ファルマスからの達しにより、『肉親の女性のみ』という縛りは失われた。

 つまり、ウルリカは『肉親の男性』であっても会うことができるということ。もっとも、さすがに面会室の中だけだろうけれど。

 だが、少しでも、役に立つのであれば。

 身内くらいは、利用しなければ――。












「ふむ……それが、儂を呼んだ理由か」


「じーちゃん、お願い!」


「良かろう。貴様らの実力を余すことなく発揮するための作戦、この儂が考えてやろう。まずは立てぃ。貴様らの実力を見てやろうではないか」


「やったぁ!」


「なんで、こうなったの……?」


 そんな風に、翌日。

 ウルリカが手紙を出して呼びつけた、前『黒烏将』ガイウス・セルエットに何故か二人は直接の教えを受けることになった。


 引退したとはいえ、元八大将軍が一人にして英雄、ガイウス・セルエット。

 彼の考えた作戦を手に、カトレアとウルリカは武闘会に備える――。

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