第22話 今後の方針
「……どういたしましょうか」
「わたくし、物凄く無理難題を言われている気がしますの……」
「ほんと、そうですね……」
ヘレナが目の前から去っていき、途方に暮れる五人。
現状、ようやくまともに行軍ができるようになったところだ。問題なくとは言い難いものの、やっと五人でまともに行軍をすることができ、ヘレナに肉の解体について教わった。七日という縛りはあるけれど、これでヘレナから与えられた課題についてはこなすことができると、そう考えていた頃合いだったのだ。
まさか、別々に行動しろと言われると思わなかった。
「まずは、状況を整理しますわ」
「ええ」
「あたくしたちはこれから、地図にあった一本杉を目指さなければなりません。その一本杉に向かうにあたっても、誰が最初に辿り着くことができるか、という競争ですわ」
「そうですね!」
マリエルの言葉に、元気よく答えるフランソワ。
だがそんな風に元気なのはフランソワだけで、他の面々は沈んだままだ。それは今まで、ヘレナが競争という形を取らなかったためである。
全員での模擬戦こそ、行ったことがある。誰の得意分野が一番強いのか、と戦ったこともある。だがこんな風に、ヘレナ自身から競争という形を与えられたことは今まで一度もないのだ。
つまり、初めて彼女らは同輩たちと争わねばならないということ。
「お姉様は……順位を競うと仰いましたわ。ですが、一番に到着した者が一位というわけではありません」
「……」
「範囲を狭めながら全員で包囲すること……それを求められましたわ。つまり、いかにしてお姉様を足止めしながら、友軍を一本杉まで辿り着かせることができるか、です」
「……そのあたりの足止めを、どのように役割分担するか、ですの」
マリエルの言葉に、そう言ったのはシャルロッテ。
だが、その表情は苦々しい。
それも当然だ。ヘレナという最強すぎる暴力をどうにか止めなければならないのだから。
「先に言っておきますの。わたくし足止めは嫌ですの」
「わ、わたしだって嫌です! ヘレナ様相手にするとか無理です!」
「私も無理ですよ!
「わたくしだって嫌よ! 殺されるわ!」
「……まぁ、あたくしもお姉様を一人で止められるとは思いませんわ」
つまり。
ヘレナの足止めをするとか無理、である。
全員でかかるならばまだしも、少人数でとにかく足を止めさせて誰かに抜けさせるとか、そんなもの不可能だ。
「ですが、お姉様の試練ですわ。どうにかして越えなければいけません」
マリエルの言葉に、答える者はいない。
全員、考えているのだ。何をどう頑張ればこの試練を越えることができるか。
そして、その度に思うのである。
無理、と。
「あたくし、少し思いましたわ。ヘレナ様は、純粋に一番に到着した者を一位とするわけではない……そう仰いました」
「ええ」
「ですが、戦場においては『一番槍』という言葉もありますわ。そして、一本杉が敵の本陣であると仮定するのであれば、そんな敵本陣に一番に到着することはこれ以上ない功績となるのは間違いありません」
「……」
順位を競うと、そう言われた。
だが、何をどう順位の基準とするか――それは曖昧だ。
ならば、そのあたりを手探りで行う他にない。
マリエルが、小さく笑みを浮かべる。
「つまり……一番に到着する者のために、死兵となる者が必要になる――お姉様の言いたいことは、そういうことではありませんか?」
「……」
全員が、複雑な心境でお互いを見る。
この五人は、仲間だ。最初はいがみ合いもあったけれど、今では誰よりも信頼できるチームとなっているはずだ。
だけれど同時に、切磋琢磨するべき好敵手でもある。
誰もが考えているはずだ。一番に到着したい、と。この中の誰にも、負けたくないと。
それでも。
マリエルは、口を開く。
「ロッテ」
「ええ」
「あたくしは、一本杉に一番に到着するべきはロッテだと思っていますわ」
「……何故ですの?」
「どうしてよ! わたくしだって一番に行きたいわ!」
「わ、わたしもです! わたしも一番になりたいです!」
「お待ちなさいな。ちゃんと、理由はありますわ」
猜疑的な視線を向けてくるシャルロッテ。
そして、そんなマリエルの声に反発するのはアンジェリカとフランソワだ。
何をいきなり意味の分からないことを――そう三人が反発するのに対して。
頷き、肯定を示したのはクラリッサだった。
「なるほど、そういうことですかマリエルさん」
「クララには分かったのかしら?」
「確かに、武器を持たないシャルロッテさんが一番身軽ですね。走るのも早いですし、私たちの中で本陣を目指すにあたっては、最も適していると思います」
「ええ、そういうことですわ」
「……それは、納得いきませんの」
むう、と眉を寄せるのはその本人であるシャルロッテだ。
マリエルの提案は、つまりシャルロッテを一本杉に向かわせるために、四人で足止めをするという形だ。シャルロッテ一人をどうにか向かわせるためだけに。
シャルロッテのために、残る全員が死ぬ覚悟で――。
「訓練だから命を取られることはありませんの。それでも、わたくしのために全員を犠牲にするというのは……納得いきませんの」
「それでも、一番効率的だと思いますわ。敵の本陣に無手で入っても、問題なく戦果を挙げることができそうなのはロッテしかいませんもの」
「……」
シャルロッテには、何も返せない。
確かに無手の実力ならば、シャルロッテがこの中では頭一つ抜きん出ている。そして、他の面々には少なからず武器があるのだ。
武器を持たないシャルロッテが最も早く到着できるというのは、間違いない事実である。
「ロッテ」
「……ええ」
「あなたが一本杉に到着することが、わたくしたち全員の勝利を意味しますわ。あなたを辿り着かせるために、わたくしたちは全力で援護をいたします。あなたは、わたくしたちの代表として向かうことが使命ですわ」
「……」
強引な言い回しではあるけれど。
それでも、本陣を急襲するにあたって、シャルロッテ以上の適材がいるとは思えない。
納得はいきかねるが、それでも理解はできる。
「それでは、作戦を練りますわ。これは競争、されど協力……お姉様は、結果ではなく過程を大事にしてくれる方ですわ。全員、ロッテを本陣へ向かわせるために、全力を尽くしましょう!」
「はい!」
「分かりました!」
「よく分かんないけど分かった!」
若干一名、理解に乏しい者はいるけれど。
それでも彼女らの決意は決まった。
ヘレナという最強の暴力を前に、どうにか抜けてみせる――と。
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