第18話 最初の課題
五人の方針が、間違っていたというわけではない。
野生動物は火を恐れるから、常に火を絶やさずに焚いておくべきだというのも一つの真実である。事実、今まで野犬の群れは周囲にいたのだろうけれど、全く手を出してこなかったのだから。
だが、そんな彼女らの生命線でもある焚き火――それは、ヘレナにより絶たれた。彼女らにしてみれば、ヘレナにやられたという認識ではなく、謎の『山賊国』の者が突然現れて暴れたという認識になるだろうか。
もっとも、そんなこと今は気にしている場合ではあるまい。
何せ――五人の周りには、十を超える野犬の群れがいるのだから。
「ど、どどど、どうしましょう!」
「ちっ……わたくし、本気を出すしかありませんのね」
「ええ。先程役立たずだった分、ここで見返してほしいものですわ」
「うるさいですの、マリー!」
シャルロッテとマリエルがそう言い争っているが、今はそんな場合ではないだろう。
だが、ヘレナは助けない。今の五人ならば、十を超える野犬の群れ――一人二匹くらいならば、十分に対処できると思っているのだから。
いざとなれば助けるつもりだが、そうなった場合は失格である。彼女らは、ヘレナの
ヘレナの与えた試練――それを、いかにして乗り切るか。
「全然、見えません……! どこに、敵がいるのでしょうか……!」
「フランの矢が頼りなのに!」
「恐らく、機を伺っているのでしょうね……」
「愚かに突撃してくれればいいですのに……」
野犬とて、決して馬鹿ではない。
マリエル、シャルロッテ、クラリッサがそれぞれ背中を守る形で、フランソワとアンジェリカが武器を構えながら警戒する。そして、先程まであった焚き火の火に慣れている彼女らの目は、まだ暗闇に慣れていないのだ。
ゆえに、そこにいる野犬――それが、どこにいるのか分からない。
だからこそ警戒を続けるが、人間というのは延々と警戒を続けることにも疲労が発生するのである。
野犬の群れは、そんな人間の感情に敏感なのだ。
「こ、こちらから攻め込むというのはどうでしょう!」
「悪手ですわ。今は、一丸となって戦うべき……」
「それは、どうですの? わたくし、一人で暴れてきてもいいですの」
「わ、私はシャルロッテさんの意見に賛成です。この状態が続くと、仲間を呼ばれるかもしれませんし……」
「これ以上増えられたら困るわ!」
「……それも、そうですわね」
ふむ、と眼下にいる五人を見ながら、ヘレナは眉を上げる。
野犬が仲間を呼ぶ可能性を示したのは、クラリッサだ。案外、この五人の中では最もサバイバル力があるのかもしれない。事実、そうなのだから。
だが、まだ正解ではない。シャルロッテが暴れて野犬を抑えながら、なんとか群れを殲滅したとしても、点数としては及第点というところだ。サバイバルにおいて、最も必要なのは知識と知恵なのだから。
この状態を、いかにして乗り切るか――それが、見せどころである。
「やぁっ!」
「えっ!?」
「フラン!?」
フランソワが、唐突にそう矢を引き絞って放った。
当然ながら、矢は真っ直ぐに暗闇へと向かってゆき、そのまま野犬の一匹が悲鳴を上げる。フランソワの矢が、恐らく刺さったのだろう。そして、鏃を外している矢が野犬に当たるということは、それだけ正確に放つ場所を見極めたということだ。
それは、眼球。
野犬とて、目で視界を確認していることには変わらない。優れた嗅覚と聴覚があり、人間に比べればその依存度は低いけれど、目があることは事実なのだ。そして眼球というのは、体の中でも柔らかい場所の一つなのである。
それを正確に射抜いた、その射撃の腕は素直に賞賛するべきものだ。
「やっぱり!」
「ど、どういうことですの!?」
「何がやっぱりなのよフラン!」
「しっかり、見てください! 暗闇の中に、光るものがあります! あれは野犬の目です!」
「――っ!」
そう。その通りだ。
目というのは光を反射する性質を持つ。暗闇の中とはいえ、中天には月光がある状態だ。少なからず、その眼球は月光を反射するのである。全容を捉えようとせず、その一部の情報で野犬の場所を知ればいいのだ。
ならば、あとはどこにいるのか分かる。
「わかったわ! あそこね!」
「アンジェリカ!」
「うりゃっ!」
アンジェリカが
それは、野犬の眼球が輝いた先。そして場所の正確性という意味ではフランソワに劣るアンジェリカは、敢えて刺さるであろうフォークを選んだのだろう。
フォークの先端は間違いなく野犬の頭に突き刺さり、小さく悲鳴が上がる。
「なるほど、そういうこと……!」
「はいっ! やれます!」
「ロッテ! クララ! フランとアンジュを全力で守るわよ!」
「承知ですの!」
「はいっ!」
正解だ。
あくまで、この場において必要なのは『敵の殲滅』ではなく『危機の脱出』。
それにおいて、するべきことは野生動物に対して己の力を示すことなのだ。十匹の群れであっても、十匹全員を殺さなければならない道理などどこにもないのである。
それを考えずに、先程シャルロッテが言ったように自ら進んで行っても、少々の傷くらいで済んだだろう。だけれど、フランソワとアンジェリカの二人に遠距離からの狙撃を任せ、その二人を守るという形をとることが、この場合における最善である。
「グォォォォォッ!」
「はぁっ!」
そして、堪え切れずに現れる野犬の一匹。
それがシャルロッテに襲いかかると共に、しかしシャルロッテの天性の勘はその程度の攻撃に揺るぐことなく、逆に拳で野犬の横腹を打つ。
キャインッ、と犬らしい悲鳴をあげて、シャルロッテの一撃に倒れる野犬。
それと共に、ゆっくりと。しかし確実に。
野犬たちの唸り声は、彼女らから遠ざかっていった。
「……もう、大丈夫ですの?」
「恐らく……」
「よ、良かったぁーっ!」
「フラン、あんまり大声は出さない方が……さっきの奴、まだ近くにいるかもだし……」
正解。割と近くの、木の上にいる。
本来ならば、これほど近くにいるヘレナのことも、気配で気付いてほしいものだが。もっとも、ヘレナも全力で気配を隠しているし、音も殺しているのだから、そう簡単に見つかるつもりもないけれど。
だが、どうにか第二ラウンド――野犬の群れに対しても問題なく対処できていた。これは後ほど、褒めるべきところだろう。
さぁ、残る課題はもう一つ。
「……ごくっ」
「フラン、どうしたの?」
「いえ、あのっ! ふと思ったのですが!」
「え、ええ……」
マリエルの疑問に、フランソワが目をきらきら輝かせながら返す。
蛇を食べようと、最初に言いだしたのはフランソワだ。そして恐らく、彼女は腹が減っている。何せ朝から今まで、水以外の何も口にしていないのだから。
そんなフランソワの目の前に転がっているのは、貴重な蛋白源である。
味は決して美味いものではないが、それでも貴重な食材なのだ。
「
「え……」
そんなフランソワの提案に。
彼女以外の四人は、揃って顔を青くしていた。
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