第17話 恐るべし蛮族
「あ……あ……いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
「だっ! 誰ですかっ!!」
茂みから突然現れた謎の蛮族――当然、中身がヘレナだということを知らない彼女らは全力で戸惑っていた。
特にシャルロッテの混乱は激しい。いつも気が強く、落ち着いているように思えるけれど、こういった不測の事態には弱いようだ。
そしてシャルロッテの叫び、フランソワの強い口調に、眠っていたはずの三人もそれぞれ目を覚ます。
「何か、あったの……? はぁっ!?」
「ひっ! さ、『山賊国』の蛮族!?」
「な、何よ! 何なのよっ!」
マリエル、クラリッサ、アンジェリカ共に戸惑っており、しかも寝起きということで頭も回っていない。
残念なこと極まりない。一流の戦士ならば、起きたその瞬間に戦闘に入らなければならないというのに。睡眠と戦場を別のものとして未だ捉えているのだろう。
これが、最後の
ヘレナは無言で、その右手に持った石斧を振り上げる。勿論、本物だ。本物に見えるようで殺傷力の低い、精巧な偽物を作れるほどヘレナの技術力は高くない。
つまり、石斧を決して彼女らに当てないように、しかし恐怖を刻むような行動をしなければならないということだ。
教官である限り、生徒である彼女らに危害を加えてはならないのだから。
ゆえに、その石斧が落ちるのは一箇所。
五人が囲む、焚き火――その側面から叩く。
ヘレナの石斧が落ちると共に、火花が散って焚き火が散ってゆく。勿論、その火のついた薪は誰にも当たらないように。
されど、火花は飛ぶ。
「熱っ!」
「せっかく焚いた火が!」
「許しません!」
「あ、あ……ああ……いやぁぁ……」
そして、そんな謎の襲撃者へと最初に行動をしたのは、フランソワだった。
背中の大弓を取り、素早く矢を番え、ヘレナへ向けて放ってくる。ろくに照準を定めてもいないというのに、その放たれる矢は一直線にヘレナへと迫ってくる。
されど、そんな矢で怯むようなヘレナではない。石斧を持っていない左手――そちらを一払いすることで、あっさりとフランソワの矢を叩き落とす。
そして、ゆっくりと迫る。いつでも全員が逃げ出せるように、余裕を持ってだ。
「くっ! クラリッサ! 槍を!」
「はいっ!」
「アンジェリカは何でもいいから投げて!」
「ええっ!」
そして、ようやく寝起き三人組が臨戦態勢をとる。
こちらはヘレナ一人だ。そして、謎の襲撃者の正体がヘレナだと分かっていないのだから、数に勝るマリエルたちが有利と思うのは当然である。
にやり、とヘレナは笑みを浮かべた。
これで蜘蛛の子を散らすかのように逃げられては、こちらも落胆するというものだ。もっとも、現状で腰を抜かしてしまって身動きの取れないシャルロッテについては、既に落第点である。
「やああああっ!」
そして、そんな三人の臨戦態勢を待たずに、フランソワが次々と矢を放ってくる。
ヘレナはそんな矢に対し、時には叩き落とし、時には払い落とし、時には兜で敢えて受け、全てを対処する。弓兵が一人だけ奮戦したところで、何の意味もないことを教えてやるのだ。
さらに、今度は揃って棒を構えて、同時に向かってくるマリエルとクラリッサ。クラリッサの装備は木剣だったけれど、恐らくマリエルが持ってきていた短く収納できる予備なのだろう。
槍の才においてはマリエルの方が勝るが、身体能力においてはクラリッサが勝る。それが逆に功を奏し、二人の攻撃は同じ程度の鋭さだ。
こうでなくては困る。
「はぁっ!」
「やぁっ!」
だが、いつも訓練で気合を入れているからこそ、出てくる隙。
確かに最初の
されど、ここは夜の山中。
そんな静寂の中で声を上げることは、相手に『今から攻撃します』と宣言しているようなものだ。
ゆえにヘレナは、まずマリエルの棒を石斧で叩く。側面から与えられた衝撃は棒を伝ってマリエルの腕を痺れさせた。
そして逆方からくるクラリッサの棒は避け、そのまま蹴りを叩き込む。手加減はしているものの、その蹴りはクラリッサの棒を抜け、防御をする暇も与えず、その腹へと叩き込まれた。
「く、あっ……!」
「ご、ふっ……!」
「このっ! うりゃうりゃうりゃうりゃああああっ!!」
そして今度は、アンジェリカの投擲。
あまりにも遅い。
投擲術そのものは、極まっている。今回は
アンジェリカは今回、
だが、それは愚策。
敵が一人で、その能力も何も分かっていない状態から、己の補給を始めるなど愚かなこと。
投石を避けながら、ヘレナは少しずつ退く。
怯んだわけではない。これ以上応戦する必要がないというだけだ。
「ふぅ……」
そのまま、ヘレナは背を向けて、茂みの中を走り去る。そして、少しだけ離れた場所で蛮族の衣装を脱いだ。さすがに夜半とはいえど、これを着用すると随分と暑い。
そして、決して一人も傷つけることなく恐怖だけを刻まなければならないという今回の試練――割とヘレナもきついのだ。全力で手加減をしながら、五人に対して効果的な行動をしなければならない。それが、割と枷になっているのである。
衣装を背中の袋へと戻し、そのまま無音で五人の野営地へと近付く。
マリエルが腕の痺れからようやく復活したのか、周囲の警戒をアンジェリカと共に行っていた。クラリッサの方は、少々強めに蹴りを入れたためか、横になってフランソワに介抱されている。
「一体、何だったんですの……?」
「ロッテ……まさか、あなたそこまで役立たずだったなんて……」
「ち、違いますの! あ、あれがいきなり現れたから、わたくし驚いて……!」
「わ、わたしもびっくりしました! 仕方ないです!」
「それでも、ずっと腰を抜かしてるなんて……あなた、立ち上がれるの?」
「……無理ですの」
どうやら、シャルロッテは本当に不測の事態に弱いらしい。
正面から一対一で当たれば、格闘術においてはリリスにも及ぶ素質を秘めているというのに。
まぁ、こうして自分の欠点を知ってゆくのも、訓練の醍醐味である。
「あれ……『山賊国』の蛮族なんでしょうか……?」
「そうでしょう。あんな野蛮な格好をしている者なんて、あたくし『山賊国』の蛮族くらいしか知りませんわ」
「そ、そうなんですか! わたし、見たことなくて!」
「あたくしも、見たことはありませんけど……」
ちなみに、ヘレナもない。用意した格好は、「なんか蛮族っぽいの」ということでヘレナが自分で作ったものである。思いの外騙せているようだ。
さて、あとは何をしてくれるか――。
「とにかく、あいつがどこにいるか分かりませんわ。とにかく警戒をしないと……」
「や、やっと、立てましたの……」
「ロッテ、あなたねぇ……」
「も、もう大丈夫ですの! さっきは少しだけ驚いてしまっただけですの!」
「でもあなた、そんなに――」
「ちょ、ちょっと二人とも、黙ってください!」
マリエルとシャルロッテの諍いに、そう口を挟むのはクラリッサだ。
そう。
諍いなど起こしている暇などないのだ。
グルル、と周囲を囲む唸り声。
夜闇の中にその身を隠しながら、しかし音と臭いによって五人を完全に捉えている群れ。
「か、囲まれています……!」
「――っ!」
鬼のような蛮族が現れ、野生動物から身を守るための火を失うことになったのであれば、考えるべきこと。
それは、それまで火を恐れて近付いてこなかった相手が、来るということだ。
夜営において、警戒しなければならない相手。
野犬の群れである。
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