第184話 vsクラリッサ 後

 いくら攻めても揺るがぬ城塞――きっと、エカテリーナから見れば、現在のクラリッサはそんな相手なのだろう。

 クリスティーヌがあっさりと沈んでから、引き続き三対一の戦いは続けられ、レティシアとカトレアが左右に分かれてクラリッサへと攻撃を始めた。

 最早盾役がいない、ということを分かってか、攻撃を加えると共に僅かに距離を取る、という形でのヒットアンドアウェイだ。

 だが――その程度の攻撃でクラリッサは揺るがない。

 鎧を着用しているがために反応しきることができず、速度で翻弄してくる相手を冷静に待ち構えながら、的確なタイミングで一打を与える形で戦っている。

 現在のところはレティシアもカトレアも、この二週間で鍛えられた速度でどうにか対応しているが、恐らく綺麗な一撃が入ればその瞬間に勝負は決まるだろう。

 エカテリーナも支援に、と矢を放つが、全て重厚な全身鎧に阻まれている。


「いやー……通じませんねー」


「エカテリーナ! これからどうするの!」


「どうするもなにもー」


 ひゅんっ、とエカテリーナから更なる一射が発せられ、それをクラリッサが叩き落とす。

 だが、そんなクラリッサの表情の見えない兜の先に向けて、にやり、とエカテリーナは笑った。


「戦うだけ、ですよー!」


「……っ!」


 ひゅんひゅんひゅんっ、とエカテリーナの連射が、クラリッサに向けて放たれる。

 フランソワのそれに比べれば、狙いは甘い。だが、僅か二週間でこれほどの域に達している、というのは素直に賞賛できるものだ。

 だが、当然のようにそれはクラリッサの全身鎧の前に、突き刺さることなく落ちる。

 鏃を外した矢で戦おう、という時点で、そもそも難しいのだ。


「ちぇー」


 矢を放っても叩き落とされ、鎧の前に落ちてしまう状態に、エカテリーナが舌を出す。

 どうすればこの城塞を突破できるのか、その未来は全く掴めないだろう。


 だが、もしもエカテリーナがフランソワならば。

 その落ちる木の葉を正確に狙い撃つ一射で、クラリッサの鎧の隙間にすら矢を当てるだろう。全身鎧(フルプレート)とはいえ、関節の可動域や視界を保つための隙間など、そこには少なからず狙い撃つ場所がある。そして、フランソワならば動きながらでも、間違いなくそこに当てることができるだろう。


「はっ! 死ねぇっ!」


「……っ!」


 カトレアが、変幻自在の足技でクラリッサの頭を蹴りつける。

 だが蹴りが決まったと共にバランスを崩し、それと共に繰り出されるクラリッサの一撃に対して、完全に反応できていない。今のところは鎧のクラリッサと軽装のカトレアということで当たっていないが、カトレアの体力が僅かにでも途切れたら、それで終いだとさえ思える。


 だが、もしもカトレアがシャルロッテならば。

 その天性とさえ呼べる紙一重の回避を用いて、ヒットアンドアウェイで距離を取らずとも、ゼロ距離で全てを避けてみせるだろう。そして攻撃をシャルロッテに集中させることで、他の攻撃線を妨害させることのない、変則的ながらも盾役をこなすことができるはずだ。


「いきますっ!」


「……っ!」


 レティシアが、カトレアに気を取られたクラリッサの後ろから双剣を振るう。

 木剣はクラリッサの鎧に当たるが、軽すぎる一撃は鎧を揺らすのみで何の痛痒も与えない。逆にその攻撃を目印に、クラリッサからの反撃を受けているようにすら思える。今のところは速度のおかげで対処できているが、それだけだ。カトレアと同じく、長くは持たないだろう。


 だが、もしもレティシアがマリエルならば。

 槍の極みとも呼べるほどの連撃は、クラリッサに反撃をする隙を与えないだろう。クラリッサが下手に鎧を装着しているがゆえに、鈍重な動きで躱しきることができず、マリエルの一方的な攻撃が延々と続くはずだ。中距離という特性を上手く使いこなして、絶妙に距離を保ったままで戦うことができるだろう。


 だが、ここにいるのは。

 エカテリーナとカトレアとレティシアであり。

 フランソワとシャルロッテとマリエルではない。


「きゃあっ!」


「レティシア!」


 そして、ついにその戦いにも終わりが訪れる。

 何度となくクラリッサの攻撃を避けてきたレティシアだったが、掠めたり軽く当たる攻撃などは貰っていた。それが次第に疲労へと繋がり、動きに精彩を欠いたのだろう。

 クラリッサの一撃がレティシアの肩に当たり、思い切りその体を吹き飛ばす。

 自ら後ろに飛んでダメージを削減したのだろうけれど、それゆえに飛びすぎ、距離を取りすぎてしまう。

 結果。

 クラリッサの前に残るのは、カトレアだけである。


「くそっ!」


「……っ!」


 カトレアが蹴りを繰り出すが、しかし死角からでもなく真正面からの攻撃など、クラリッサに止められないはずがない。

 長い足を繰り出したカトレアだったが、その足をクラリッサは掴む。


「ひっ!」


「……」


「きゃあああっ!」


 そして――結果、カトレアは宙に投げ出され、そのまま飛ばされる。

 どうにか頭から落ちることだけは回避したようだが、思い切り背中から落ちたせいか、げほげほっ、と噎せ込んでいた。

 これで、残るは一人。


「いやー……」


「……」


「無理ですねー、これー。でも諦めるわけにはー、いかないんですよねー」


 エカテリーナが弓を捨て、背中から木剣を取り出す。

 距離はどうせ詰められる。ならば、近接戦に勝負をかける、といったところか。

 その覚悟は良し。

 クラリッサが、そのエカテリーナの覚悟を受け止め、その歩みを進め――。


「やぁーっ!」


「――っ!」


 クラリッサの拳と、木剣が激突。

 激しい音と共に、エカテリーナの木剣が、その手から離れ、宙を舞う。

 あまりの衝撃に手が痺れて、そのまま離してしまったのだろう。

 そんな分かりやすい隙を逃すクラリッサではなく。

 がら空きの体に、思い切り拳を――。


「はぁっ!」


「っ!?」


 だが――そんな拳の動きは。

 クラリッサの体を覆う全身鎧(フルプレート)――その、肩関節の繋ぎ目。

 鎖で補強してあるとはいえ、そこに少なからず隙間があるそこに。

 一本の矢が突き刺さり、止まった。


 それを放ったのは――フランソワ。


「フラン!? 何をやっていますの!?」


「ちょ、ちょっと! お姉様の邪魔を……!」


「ごめんなさい、皆さん!」


 フランソワはしかし、真剣に、じっとヘレナを見る。

 そして、ヘレナは沈黙だけでそれに応えて。


「ヘレナ様!」


「うむ」


「今回の模擬戦は! わたしたちの鍛えた者だけで行わせる、と仰いました!」


「うむ」


「ですがっ! ヘレナ様は仰いました! わたしたちにとって、相棒(バディ)は誰よりも信じなければならないと! 誰よりも協力しなければならないと! わたしはっ! エカテリーナさんをっ! わたしの相棒(バディ)だと思っています! だからこそ手を出しました! どのような咎でも負います!」


「うむ」


 フランソワの主張に、ヘレナは頷いて。

 そして、小さく首を振った。


「いいぞ、フランソワ」


「へ……!?」


「完全なる二人一組(ツーマンセル)、それこそが相棒(バディ)だ。そして、いくら私の命であるとはいえ、相棒(バディ)の敗北を看過できない――その気持ちこそが、大切なのだ」


「ええと……?」


 混乱している面々に、ヘレナは溜息を吐く。

 確かに、何のヒントも与えず気付け、と言うのも奇妙な話かもしれないが。

 だけれど、一人くらいは気付いても良かったのではなかろうか。


「私は言っただろう。まとめてかかってこい、と」


「え……?」


「お前たちに手を出すな、などとは一言も言っていない。そもそも、最初から地力に違いがあるのだ。そう簡単に勝てるわけもないだろう」


「どういう、ことですか……?」


「……マリエル、この鎧の中にいるのが、誰か分かるか?」


「えっ!」


 唐突に話を振られたからか、マリエルがそう素っ頓狂な声を上げる。

 そしてヘレナを見て、全身鎧(フルプレート)を見て、そして再びヘレナを見て、首を傾げた。


「いえ……分かりませんけど。あたくしの知っている方ですか?」


「ああ。もういいぞ、面を取れ」


「はい」


 ぴくり、と眉を上げるフランソワ。

 えっ、と眉根を寄せるシャルロッテ。

 は、と口を開けるマリエル。

 意味が分からずきょろきょろするアンジェリカ。


 そんな四人の前で。

 照れながら頬を掻きつつ。


「えーと……みんな、久しぶり」


「クラリッサぁぁぁぁぁぁっ!!!???」


 中庭に、絶叫が響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る