第183話 vsクラリッサ 前

 中庭の中央で見合う謎の全身鎧(フルプレート)と、新兵訓練(ブートキャンプ)二期生四人。

 中身がクラリッサだと知っているのはヘレナだけであるため、恐らくフランソワ、シャルロッテ、マリエル、アンジェリカからすればそのような認識だろう。マリエルなど特に、「あの鎧、お姉様に手ずから指導を受けたというの……!」と分かりやすいほどの対抗心を燃やしている。

 フランソワやシャルロッテも心中穏やかでない様子であるが、ひとまず沈黙して五人の様子を見守っていた。


「さて、では始めよう」


「えーとー」


 ヘレナのその言葉に、まずそのように挙手をしたのはエカテリーナだった。

 相変わらず間延びした口調だが、しかしやる気がないというわけではないようだ。恐らく、どのような場面でも彼女はこの口調を乱しはしないだろう。

 そんなエカテリーナが、僅かに首を傾げる。


「わたしたちはー、この人を倒せばいいのでしょうかー」


「ああ。その通りだ」


「でもー、わたしたちはー、鎧を貫けるような武器を持っていないのですけどもー」


「ほう」


 確かにその通りだ。

 エカテリーナは木剣と鏃を外した弓矢、レティシアは短い木剣を二振りであり、カトレアとクリスティーヌに至っては何も装備していない無手である。

 その状態で、防御が完璧な全身鎧(フルプレート)と戦え、と言われるのは、確かに疑問を感じるかもしれない。

 だが、ヘレナは首を振る。


「つまり、こちらが鎧を装着しているのに、そちらがろくな武器もない、ということが不公平だ、とそう言いたいわけか」


「そうですー」


「ならば結構。辞退してくれて構わない」


「え……?」


 しっしっ、と腕を振る。

 やる気がないのならば、やらなければいい。それだけだ。条件の異なる戦いなどできない、などと言い出せば、どのような戦いでも行うことができないだろう。

 ゆえに、そうヘレナはエカテリーナを強く睨みつける。


「お前は、条件が全く同じ相手でなければ戦えないと、そう言うのだな」


「い、いえー……そういうわけではー……」


「ならば、戦場においてお前が武器を失い、その後に攻めてくる敵軍に対して、不公平だと説得をするつもりか?」


「……」


 戦場において、武器を失うことなどよくある。

 だからこそヘレナも、戦場で主に使うのは重量のある斧槍(ハルバード)だが、腰に常に長剣を差していた。それすらも失い、敵兵の槍を腕ごと奪ったことすらある。敵兵の手首から先がしっかりと握られているままで斬り離されたそれを、何の感慨もなく振るい続けた記憶すらあるのだ。

 武器を失ったから戦えない兵など、三流どころではない。存在するだけ害悪だ。

 エカテリーナの主張は、つまりそういうことなのだ。


「お前が不公平だとそう声高に叫んで、退いてくれる敵軍などいるものか。分かったならばさっさと準備をしろ」


「……はいー」


 明らかに不満そうな顔をしてこそいるが、納得はしたようだ。

 だが、ヘレナからすればこれは優しさである。敢えて鎧を着させたままで戦わせるのだから。


「ではー、ヘレナ様ー」


「うむ、どうした」


「わたしたちはー、作戦会議など行ってもよろしいでしょうかー」


「いいだろう」


 エカテリーナの提案に、そうヘレナは頷く。

 クラリッサは一人であるがゆえに、何の作戦も必要ない。だが、四人という集団である以上、そこには少なからず動きの確認などが必要になるだろう。

 それが上手く機能するかどうかは別として、作戦会議を行うくらいならば承認してもいい。


「ではー、皆さんー」


「ええと……どうするの?」


「はぁ……もう面倒なんだけど。早く終わらせましょう」


「あの鎧で打たれたら……はぅん……」


 一人だけ妄想の世界にトリップしているようだが、ひとまずエカテリーナを中心に作戦を練っているらしい。

 だが、作戦と言うのはプラスに働くこともあれば、マイナスに働くこともあるのだ。

 机上の空論だけで、作戦通りには運ばない。

 そのあたりの齟齬を、どのように調整してくるか――。


「そういうことでー」


「滾りますわ! さぁ! わたくしいきますわ!」


「……ええと、じゃ、それで」


「面倒だけど、やりましょうか」


 やる気が煮えたぎっているのは、クリスティーヌだけである。そしてレティシアとカトレアは明らかに乗り気でない。それを、無理やりにエカテリーナが作戦通りに動くように、という形にしているのだろう。

 作戦会議の終わった面々が、再び中央に集合する。

 ひとまず、中央でクラリッサと四人が睨み合うそこで、ヘレナが手を打った。


「では、はじめ!」


「……」


 まず、クラリッサが鎧の重量を感じさせない素早さで、後ろに退がる。まずは距離を取り、様子見を行う、といったところだろう。

 そしてエカテリーナが退き、他の三人が前に出た。

 先頭にいるのは――クリスティーヌ。

 なるほど、そのように配置してきたか。

 ここまで、二期生は相棒(バディ)に全て任せており、連携した動きなど練習してこなかっただろうから、その場凌ぎというのがよく分かる配置である。


「さぁ、いきますわ。わたくしに! もっと更なる苦しみを! 痛みを! 苦痛を!」


「仲間だけど気持ち悪い……」


「どうしてこうなったの……」


 クリスティーヌのそんな叫びに、引いているのはレティシアとカトレアである。

 どうしてこうなったのかと言われると、もうとある皇女が原因だとしか言えないのだが。

 だが、そのようになってしまったクリスティーヌを先頭にやる、と判断したのはエカテリーナなのだろう。

 盾役としてクリスティーヌを使い、近接においてのアタッカーとしてのレティシア、カトレア。そして遠距離攻撃要員として、万能のエカテリーナといったところか。各自の特性を活かした配置にしている、と言っていいだろう。


 だが、盾役とはつまり、敵の矢面に立つ、という役割だ。

 全ての攻撃を受け、その上で味方を守る、という役割を十全にこなせる者しか、盾役をすることはできない。

 そして。

 エカテリーナの立案した作戦におけるキーパーソンが盾役のクリスティーヌであるならば。

 既に――それは破綻している。


「さぁ! わたくしに! あなたの全力の一撃を!」


「……っ!」


 手を広げて、クラリッサへと詰め寄ってきたクリスティーヌ。

 当然、そのように無防備に寄ってくる相手だからといって手加減することはなく。

 正体がばれないように、と口を噤み黙ったままのクラリッサが、思い切りその腹へ向けて拳を突き出した。

 腕の先端まで鉄の鎧に包まれたそれが、クリスティーヌの腹へと突き刺さる。


「ご、あ、う、ふっ……!」


「クリスティーヌ!?」


「いやぁ……! これ、ダメなやつ……! ダメなやつ……!」


「何がダメなの!?」


 クラリッサの一撃に、クリスティーヌがぷるぷると震えながら倒れる。

 当然ながら、いくら被虐趣味であっても、人体の構造は同じだ。ただ「痛いことが快感に変わる」だけであって、攻撃を受けても何ともないわけではない。

 そして人体の構造上、無防備な腹に思い切り拳を叩き込まれれば、呼吸は止まるし足は立たなくなる。

 つまり、被虐趣味であったところで、盾役に向く、というわけではないのだ。むしろ、攻撃を受けたがる部分はマイナスにしかならない。


 さて。

 既に最初の一手は破綻した。

 果たして、ここからどう巻き返してくれるだろうか、と期待しながら。

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