佐藤しおり様

我儘な女王様

 ●名前 相澤あいざわハルキ。

 ●年齢 二十五歳。

 ●誕生日 七月七日。

 ●血液型 A型。

 ●好きな女性のタイプ 『優しくて料理が得意な人』

 ●好きな食べ物 『唐揚げ、ビール、枝豆』

 ●自己PR 『話すより、聞くほうが好きです。いろいろ教えてください!』


 ***


「ふぅん? 写真では、まぁ、かわいい男の子ね。聞き上手なんだ? 悪くないかな~、ふふふん」


 佐藤しおりはプロフィールカードを読んだ後、すぐにまた写真に視線を向けた。すぐ近くに置かれたアイスコーヒーなど視界に入っていないのだろうか。氷は溶けて、水滴で紙製のコースターはびっしょりと濡れている。

 獲物をじっくりと物色しているような眼差し。空腹感を隠し、美食家グルメなように振る舞う猛獣ライオン。彼女の目線はそんな雰囲気を感じさせる。時々、白く細い指先で眼鏡の位置を何度も直す。そして、湿った目線で舐め回すように二枚の写真を交互に見つめる。化粧っ気のない顔に瓶底のような分厚い眼鏡をかけているせいだろうか。しおりは全体的に野暮ったい印象の女性だ。

 彼女は、ブランケット版の新聞紙が置けるほどの広さのテーブルに、目一杯写真を広げている。三つあるテーブル席のひとつを陣取り、店内に入ってから三十分以上も写真を見ている。何十枚もあるその写真には今時の若い男性達がカメラ目線で写っている。


「ビールに枝豆が好物って、おっさんじゃん。年齢は私より若いのに。意外性があるよアピールかな? まぁ、夢見さんがおすすめの男の子が相澤くんなんだよねぇ? 仕方ないなぁ。わかった。一回だけお話してもいいよ」


 しおりは目の前にいるこの店の店主の夢見ゆめみに『相澤ハルキ』の写真を見せながら微笑む。夢見も頷く。


「影がありそうな感じがいいね、相澤くん。でも、不思議な親近感があるのは何でだろう」


 写真の中の相澤ハルキは、カメラ目線で澄ました顔をしている。黒髪にゆるいパーマヘア、白いジャケットを羽織った服装。中性的な顔立ち。写真半分に写り込んだ細いジャケットの肩の線が鍛えあげられた身体を強調する。作り笑いも気取ったポーズもしていない。ちょうど店の席に座っていたところを撮影したのだろう。ただ頬杖をついた姿が物憂げに見える。それでも親しみを感じさせるのは写真越しからも伝わってくるハルキの雰囲気が等身大で自然だからだろう。


「でも、本当はこっちの男の子のほうがタイプかな。今、人気の俳優に似ているし……。それに雰囲気がすごく色っぽい。名前はジョシュ。ハーフかなぁ?」


 しおりは、もう一枚の写真を夢見に見せる。そこには、金髪にツイストパーマをかけた服装も派手な男性が挑むようにこちらを見つめていた。夢見は首を傾げる。


「はて? 新人かしら。うちのスタッフの在籍数はとても多くて私でも把握しきれていないスタッフは、確かにいるのですが……。とにかく相澤がたった今、出勤して参りましたので席に呼びますね」


 お待ちくださいませ、と言いながら夢見は店の奥に行ってしまった。そして奥の部屋で従業員名簿を確認している。

 夢見は、金髪の男の顔に全く見覚えがなかったのだ。


 ――クラブ『明晰夢』には様々なスタッフがいる。アルバイトで週に数回しか来ない者もいるし、名前だけ残してるような幽霊社員ならぬ、幽霊従業員もいる。

 面接に夢見が立ち合わない時は、だいたい店のマネージャーが面接をすることになるのだが。マネージャーは今日は休みだ。


 全くこんな時に……、と夢見が小さな声で呟く。そして手早く従業員名簿をめくる。


「はて? この底知れぬ違和感と嫌な感じは何だろう……。何か引っ掛かる。まぁ、いっか!」


 従業員名簿の最後のページに確かに金髪の男『ジョシュ』がいた。

 今日のお客さん、しおりが指名したのは『ハルキ』だ。


 夢見は従業員名簿を確認するとすぐに、ロッカーの前で身だしなみを確認しているハルキに話しかける。


「ハルキ、おはよう。一番テーブルに行ってあげて。初回様だけど、指名が入ったの」

「おはようございます。わかりました。どんなタイプのお客様ですか?」

「う~ん、正直、『極上』のお客様かな!」


 ――『極上』。

 クラブ『明晰夢』でも従業員だけにしか理解できない隠語。いわゆる業界用語が存在する。


 ここでいう『極上』とは――。

『極上級に注文が多いお客さん』を意味する。要は、面倒くさいお客さんということのようだ。


「ハルキが作り出す『夢』には透明感があって不純な混じり気がない。とても爽やかで甘酸っぱい。最高の時間を作ってくれる。ハルキはこの『明晰夢』の自慢のスタッフ。どうか、今日のお客様、佐藤しおり様が見る夢が幸せなものでありますように。ハルキ、任せたよ」

「はい」


 ハルキは、無邪気に笑い、一番テーブルに向かって歩いて行った。


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