雨#3

ピート

 クラスに一人はいるお調子者、それが山川孝治だった。

私の彼に対するイメージが変わってしまったのは、あの雨の日からだ。


 それは一週間前、塾からの帰り道の事だった。

 予報で天気が崩れるとは言っていたが、ここ数日の晴天からは信じられないような土砂降りの雨だった。

「こんなに降るならママに迎えに来てもらえばよかったな」そんな事をつぶやきながら、駅へと急ぐ。

 折りたたみの傘ではしっかりと雨を防ぐ事ができない、背中のバッグはずいぶんと濡れてしまっていた。

 駅にもう少しというところでバス停に人影が見えた。

この雨の中、傘もささないでいるからびしょ濡れだ。

 !?……山川?

急いでいた足を止めると、山川の元へ戻った。

「なにやっ……」かけようとした声が止まる。

山川は私に気付いていない、放心した様子でただ泣いているようにも見える。

雨に打たれて、それが涙なのかどうかはわからなかった。

 あんな顔、初めて見た。いったい何があったんだろう?かける言葉がでてこない。

 ……でも、このままじゃ帰れない。

「はい!」呆然としたまま山川に傘を無理矢理持たせると、私は振り向きもしないで駅へと駆け出した。



 そして……風邪ひいて寝てるんだよね。

 山川も風邪ひいてないといいんだけど……。

連休が重なってしまって、学校を休んだままになってる。

授業進んでるんだろうなぁ……山川大丈夫かなぁ。

 うん?なんでアイツの事考えてるんだ?もしかして……。

違う!絶対に違う!!あんなお調子者なんか…………じゃないよな。

らしくない!こんなの全然私らしくない!!

 きっと体調悪いからだ。うんうん、そうに違いない!

もう寝よっと。



コンコン


 「美香~、お友達がお見舞いにきてくれてるわよ」

「ちょっと待って!」寝癖とかないよね?

鏡を見ながら慌てて身支度を済ませる。

「いいよ」

 !?由美の後ろにいるのって…な、な、なんで!なんで山川が来てるの!?

「美香ちゃん、具合はどう?」何事もないような顔で由美が話しかけてくる。

「う、うん、もう大丈夫だよ。週明けからはちゃんと学校行けそうだし」

「そっか、無理しちゃダメだよ。ほら山川、ボッとしてないで座るなりしたら?」

「あ、あぁ。その佐久間、もう大丈夫なのか?」

「さっき私が聞いたじゃんか。大丈夫、山川?」

 不思議そうに由美が山川を見つめる。

「あ、うん。ごめん、聞こえてなかった」

 ちらちらと私を見ては表情を暗くしたりしてる。

 何か言いたいのかな?……あの夜の事?

「でも、珍しいコンビでお見舞いに来てくれたんだね。ありがとう」

「私は家の前で山川と出会っただけだよ。ね、山川?」少し面白そうに山川に話しかける。

「堂島!内緒にしとくって言ったじゃんか!!」

 慌てて由美の言葉を遮りたかったみたいだけど、聞こえてるよ、山川。

「さてさて、美香ちゃん元気みたいだし、はい、プリントと休み中のノートのコピー。じゃ、お邪魔しちゃ悪いから帰るね。山川、寝込み襲うなよ~」

 バタバタと鞄から荷物を取り出して、机に置くと、あっという間に由美ちゃんは帰っていった。

「……」困ったような顔で山川は黙ったままだ。

「……」どうしろって言うのよ。由美が変な事を言うから妙に意識してしまう。

「佐久間……傘、ありがとな」ボソっと山川がつぶやいた。

「私って気付いてたんだ」

「声でわかった。濡れたせいだろ、風邪ひいたの?ごめんな」

「違うよ、それは関係ないから気にしないで」山川は風邪ひかなかったのかな?

「気にするに決まってるだろ?あんだけ濡れてんだから、俺の事なんか気にしないで帰れば良かったんだよ。……せっかく貸してくれたのに、こんな事言ってごめん」

「あんな雨の中何やってたのよ?それに、あんなにずぶ濡れなの見て無視して帰れるワケないでしょ?」

「……」山川は押し黙ったままだ。

「話したくないならいいけどさ。山川は風邪ひかなかったの?」

「うん、俺バカだからさ。風邪ひかないって」笑顔でそう言う山川の表情は、どこかぎこちない。

「ならいいんだけどさ」

「……」会話が続かない。

「私ね、休んでる間、ずっと山川の事考えてた。学校で見てる山川と、雨の日の姿がどうしても重ならないんだもん。もしかして普段は無理してるのかなぁ、とか、いろんな事考えてた」

「別に、無理なんかしてない。俺はみんなの楽しい顔見るのが好きなんだ」

「ふ~ん、そうなんだ。でね、そんな事考えてたら」

「言うな。俺は……お前とも誰とも付き合う気はない」

「何か勘違いしてない?」

「ならいい。俺は誰かを好きになったり、好きになってもらえるような人間じゃない」

「あの夜になにかあったの?」私の知ってる山川は、こんな事を言うヤツじゃなかった。

「なにもないよ。元気そうで安心したから帰る。また学校でな」山川はそう言うと部屋を出ていった。



 なんなのあの態度!

山川に対するドキドキした気持ちはすっかり消えていた。

 ……気持ちって、こんなに簡単なものなのかなぁ。

なんだか自分の気持ちの変化に悲しくもなる。

 あの雨の日、山川になにがあったんだろう?

学校での山川は今まで通りなのかな?

……気付くと山川の事を考えてる。

 でも、これは『恋』ではないと思う。

ただの『好奇心』なのだ。

 いつもと違った彼の姿の興味を持ってるだけなのだ。

なんか、よけい寂しくなってきたな。

 あの夜、本当に何があったんだろう?


Fin

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雨#3 ピート @peat_wizard

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