第6話 WIN×WIN‐ウィン×ウィン‐

 いじめってのはいじめられる方が悪いと言い続けてきたこのオレも、さすがに我が妹がいじめに遭っていると知れば、冗談でも「妹が悪い」とは言えなかった。


 いじめる方が悪い。当たり前だ。


 妹にどんな落ち度があったところで、暴力でこそないものの、部屋に引きこもるくらいの心の傷を負わせたのだ、顔を殴るよりも罪深い。


 妹が部屋に閉じこもって一週間だ。

 いつも通りのわがままに拍車がかかったと思い込んでいたオレは、この件に関して完全に出遅れてしまっていた。


 親は知っていたようだが、なぜオレに教えなかった!? と詰めると、

「アンタは手が出るでしょ」と言われ、自分のことながら確かに、と納得した。


 妹をいじめたヤツを、オレは間違いなく殴るだろう。

 問題がさらにややこしくなることを承知の上で、だ。


 相手の言い分も聞くべきだが……。聞くにせよ聞かないにせよ、妹の言い分を全面的に信用するだろうな。妹を信じない兄がどこにいる? 

 妹が非を認めるのであればもちろんオレだって報復の自重はするが、あの妹が素直に認めるはずもない。


 いじめられただけで不登校……その上、部屋に閉じこもっている今の状況も怪しいものだ。


 さて、遅ればせながら、我が妹から事情を聞いてやろうかね――。



 妹の部屋は鍵がかけられるようになっているが、家族全員が合鍵を持っている。

 鍵付き扉の意味がないが、たとえば妹が着替え中に、誤って扉を開けてしまう、と言った事故が防げるのだ。いつもいつも妹の部屋の合鍵を持ち運んでいるわけでもないしな。


 使いどころと言えば、今みたいな、妹が部屋に閉じこもった時(もしくは意識を失った時など、妹が自力で扉を開けられない状況の時)に活躍する。


 せっかくあるのだから使うべきだ。オレは合鍵を使い、扉を開けると――、


 暗い部屋の中、スマホの画面の光に照らされている、妹の顔が見えた。


 ニヤニヤと、悪巧みの末の結果に満足しているような……。

 男だったら間違いなくエロ動画を見ている時の顔だろ、それ。


「おい」

「!? あ、兄者あにじゃ!?」


 ベッドの上で飛び跳ね、掛け布団を頭から被って隠れる妹。

 まあ、元気そうでなによりだが……、


「ど、どうして兄者が、わざわざわっちの部屋に……?」

 

 恐る恐る、布団をめくってこちらを覗く妹。

 未だに完全完治とはいかない特徴的な喋り方が、いじめられる原因なんじゃないか? と思ったが、だとしたら今更な感じがあるな。

 各家庭での親の呼び方が十人十色であるように、妹がオレを兄者と呼ぼうが自分のことをわっちと呼ぼうが、各家庭の特徴だ。


 よそはよそ、うちはうちを貫いた結果、抜けない癖になっているらしい。



 親の遺伝もあるが、まあ、日々の生活の中での洗脳のせいだな。

 オレも完治するのに苦労した。……たまに出る時もあるが、妹ほど酷くはない。


 閑話休題。


「お前、いじめられてるんだって?」

「いじめ……? あ、うんうん、そうなのだ、わっちはいじめられているの」


 おいおい、忘れてたよな……?

 実際は、いじめられていない……、というわけではないか。学校でも小さいが、問題にはなっているようで、親が呼び出されたのだ。

 ここまで手の込んだ、オレを騙す嘘にしては、苦労に値するリターンが少ない気がする。

 だからいじめられては、いるのだろう。


 ただ、妹が特に問題視していないだけで。

 

 いじめられているのは事実……、その事実を利用し、

「いじめられているんだから部屋に閉じこもってもいいよね?」と正当性をアピールしたのか。


 ただのサボりだと、すぐに連れ戻されるから、いじめを利用した――。

 我が妹ながら、強か過ぎる。


「兄者は気にしなくていいよ、すぐ落ち着くと思うし」

「意外だな、存分に引き延ばすかと思ったが」

「ううん、いじめとは違うけど、本命が解決したから――」


 本命。いじめを理由に閉じこもって妹がしていたことが、他にある。


「そういや、お前はさっきニヤニヤしてたよな? 

 なんだよ、昆虫同士の捕食動画でも見てたのか?」


「見るかそんなのっ! 兄者だけだよあれを見て喜ぶの!」


 そうか? 面白いけどなあ。


「違うの。ほらこれ――」

 

 妹が見せてきたのは預金残高だった。

 ……は? バイトもできない中学生にしては貯金額がおかしい……、散財するタイプの妹は、毎月のようにオレの財布を目当てに色仕掛けをしてくるっていうのに……。


「……この金、どうした。違法の匂いしかしねえが」

「珍しくもないよ? だって広告収入とか、今では当たり前でしょ?」


 かもしれないが、オレにはさっぱりだ。


「兄者が捕食動画を見ただけで、動画投稿者にお金が入るの」

「へえ。じゃあお前も、その動画投稿をしたのか?」

「ううん。違うよ。わっちがしたのはこれ――」


 見せられたのは、妹がご執心しているSNSだ。

 毎分のように呟かなければいけないのか? とサイトのルールを疑ってしまうが、妹がおかしいだけだ。


 SNS依存症。


「で、これがなんだよ」

「色んな人からのコメントがね……」


 いじめよりも、妹の傷はこっちの方が大きいらしい。


 SNS上における、誹謗中傷の数々。最近、話題になったばかりだな。匿名による、攻撃的な言葉で、最悪、自殺にまで追いやられた若者が多い。


 人の粗を探して、過去の過ちを掘り返し、叩いて、炎上させ……、

 そんなことばかりが毎日毎日、繰り返されている気がするな……。


 もちろん他の、もっと刺激的なニュースもあるが、そればかりが際立っているように見えるのだろう。SNSが広く浸透し、誰もが使っているからこそ(言ったオレはやっていないが)身近に潜む暗黒面に誰もが興味を示すのだ。


 スマホの画面をスクロールさせ、コメントを読み終え……、ないな。

 次々に更新され、出てくるコメントコメントコメント……、なんだこいつら暇なのか?

 オレの妹を袋叩きにして楽しいのかよ。


「よし、こいつら見つけ出して、ぶっ殺そう」

「ま、待って兄者! 大丈夫だから、もうこの人たちの言葉には旨味しかないから!」


 旨味?


「……どういうことだ?」

 

 忘れていたが、これと妹の預金残高がどう繋がるのか。


「最近できたサイトなんだけどね……、誹謗中傷だと思ったコメントを報告すると、それが認められた場合、わっちにお金が入ってくるの。

 定型批判コメントで、あらかじめ決められた金額があってね……あとは、前後の文脈とか状況を見て、金額が変わるの。言葉によっては一文で百円とか貰えるんだよ!」


 アカウント登録をすることで、そのアカウントに寄せられた批判コメントを自動分析し、言葉に潜む悪意によって貰える金額が変わってくるシステムのサイト……。


 なるほど、悪意を振りまく側を罰するのではなく、悪意を受け取った側に得をさせる方式か。これで全ての人が満足する、というわけではないが、それでも手も足も出ない状況から、いくらかは前進できたのかもしれない……、受けた心の傷を、収益という形で救済する。


 コメント一つで、仮に百円とすれば、積み重なっていけばいくほど儲かる。

 しかしそうなると、わざと批判コメントを貰おうとするヤツが出るだろ。


「あ、そういうのは対象外だよ。コンビニのおでんを指でつついたり、回るお寿司のお皿を取らずに食べたりとか。そういうのは自業自得だもんね」


 まあ、そうか。救済措置が利用されたら本当に困っている人が利用できなくなる。

 追い詰められて自殺してしまう人を減らすための餌としてなら、ありか?


「対象になるのは、悪意がない発信に対して寄せられた批判コメントだよ。ほら、不謹慎だー、とか、そういう意味で言ったわけじゃないのに、悪い意味に取られたりして、こっちがとりあえず謝らなくちゃ収束しないようなものとかだね」


「あー、ニュースでもやってたな、そういうの」

「細かいクレーマーとかも対象になる場合もあるよ」


 不快な思いをしたから撤去しろ、とかか。

 見なければいいのに、とも、企業は言えないわけか……。


 撤去した分の損失分を、このサイトで一部分を取り返す……そういう使い方もあるわけだな。


「うん! ほら、意見を言う自由はあるじゃない? それをやめろ、って言っても、どうせ聞かないし……、匿名だからね、言いたい人はいつまでも言い続けるんだよ。

 だったら受け取る側が得するようにしてしまえば――これってウィンウィンだよね。向こうは言いたい、こっちは言われた分だけ儲かる! うんうんっ、わっちは満足なのだー!」


「で、お前に支払われるお金はどこから出てるんだ?」


 企業ではないだろう。

 これで利益が出るとは思えない。


 ということは――、政府が関与している、としか……、つまり、


「うーん……みんなが払った税金じゃない?」



 ……だから最近、消費税が上がったのかよ……。

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