第2話 いつもと同じ日

 とある国の、小さな孤児院。


 子どもたちの朝は早い。


 孤児院を一人で切り盛りするシスターの助けをするために、年長の子ども達もいる。

 幼い者たちも、より幼い者の面倒を見る。


 本当にぎりぎりで成り立っているのだ。


 食事もそう豪勢ではないし、服や布団だって色んなものを使い回してなんとかしている。

 寄付や自立した者たちの善意から来る、少ないお金。

 それなりの年齢になって仕事ができるようになった者たちが頑張って稼いだ日銭をやりくりしていた。


 貧しい日々ではあるが、苦しくはない。


 皆が皆、お互いを家族だと信じているし、そうして助け合える状況は悪くなかった。

 皆には役割が与えられ、それをまっとうする。

 そうすれば日々誰かの役に立ち、生きられる。


 朝に起き、飯を食い、家事をし、働き、神に祈りを捧げる。


 その生活の中で優しさを学び、他人を助けるように動くことができるようになる。

 多大な苦しみはなく、無視すればいいだけの苦労しかない。

 大きな幸福などはなかったが、小さな幸せは溢れている。

 だから満足していたし、それだけで良かった。


 それがこの世界での貧民の常識。

 何よりも助け合うことを重視する、目に見えない縁を目に見せる、集団の世。



 もちろん悪い部分もある。


 何かと言えば、異端に対する風当たりが分かりやすいだろう。

 集団とは言っても、結局、もっと言えば弱者の集まり。


 分からないものは怖いし、それを排除しようと、連携とも衆愚とも言える行動を取ることもあろう。

 縁が強いとは言っても、その裏にはどうしても異端と判断させることへの恐怖がある。


 だから、皆が皆に合わせようとする。


 良く出来た仕組みだ。

 だって、そうしないと生きていけないのだから。


 朝に起きれば、始めに神へ祈る。


 それはどこででも同じルール。

 共感を強めるため、皆が行うルーティーンの一環。

 誰もがこのルールに従わざるを、




「こらー!またお祈りサボったでしょ!?」




 従わざるを、



「えー?だってメンドイじゃん?」


「ダメ!お祈りはしないといけないの!皆してるんだから、クララもしないと!」


「する意味ある?それ?」



 従わ、



「そもそも、神様なんて会ったことないし。会ったこともないような相手になんでそんな、」


「わー!バカバカ!そんなこと言ったらまたシスターに怒られるわよ!」



 ……………………



 ルールを破る。

 しかも平気で、しかも余裕で。


 驚くほどに冷めた目をして、黒髪の少女は金髪の少女に爆弾発現をかます。

 それに対して、発言主の黒髪の少女をたしなめる少女。

 二人の周りには誰もおらず、この会話が外に漏れることはない。


 ないが、思ったことをペラペラと口に出す神経はどうなっているのか?


 もし聞かれでもしたら大目玉だ。

 少し前もうっかり聞かれて大説教を喰らったのに、未だに懲りていないらしい。


 そんな彼女へ、言いたいことは止まらない。

 無駄だと分かってはいるのだが、どうしてもこの苦言は止められない。

 止められても続けている。



「もー!なんでしないの?神様はいつも私たちを見守ってくれてるんだよ?」


「見守ってるだけか……ならせめてお金とかくれないのかい?僕はそう思うよ、アイリス」


「またそんなこと言って。はぁ……」



 大きなため息。

 疲れた、と声に聞こえてきそうなほどのため息。

 ふざけたことを言う少女の頭をひっぱたき、首根っこを掴んでズルズルと連れて行く。


 おうぼうだー、という声は無視。


 変に真に受ければ、こちらが疲れるだけだ。

 長い付き合いからあしらい方は完璧である。



「本当に、なんでこんな娘に育ったのやら……」


「失敬な。僕はずっとはじめからこのままだよ?」


「余計嫌だ……」



 冷めた口調で、冷めた声で、冷めた態度で接する黒髪の少女、クララ。


 だが、この愛想の悪さを前にしても、金髪の少女、アイリスは構うのをやめようとはしない。


 同じ孤児院でも、二人は特に関わりが深い。

 というよりは、思い切り異端で、変人扱いの彼女の世話を任されているという方が正しい。


 その付き合いが生まれてからおよそ十年も続いているのだから、これは慣れだ。


 同じ日に、同じ孤児院に捨てられた二人。

 姉妹のように育った二人。


 アイリスは普通の少女。

 孤児院に拾われ、神に祈りを捧げながら生きる、それだけの少女。


 クララはな少女。


 孤児院に拾われ、神を信じる世界で神を信じず、記憶を持つ少女。



 二人の一日が、またもや始まる。



「はぁ……死にたくないなぁ……」



 この粘りつくような執念を感じさせるつぶやきだけは、いつもアイリスは触れない。

 いつも通りの、朝の出来事だった。


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