優しい約束

あやえる

第1話

「おやっさーん!ラーメン!」

「あいよー!」


 俺は、ラーメン屋の店長だ。

 つっても、従業員は俺のみ。

 妻と結婚し、ふたりでこのラーメン屋をやってきた。下街のちいさなラーメン屋。


 妻がいた頃は、定食メニューや、酒のつまみも充実していた。

 しかし、五年前に妻に先立たれてからは、メニューは、ラーメンのみで運営している。

 俺も今年で七十歳。年金を貰いつつも、ほそぼそとラーメン屋を続けている。

 開店当時から変わらねえのは、ラーメンの味と朝十時から十五時までの営業時間。

 変わったのは、客層だ。

 昔は、サラリーマンや近くに大学寮があったから活気づいていた。

 しかし、時が経てば、街並みは変わり、駅前のチェーン店のラーメン屋に客は取られている。

 でも、それで構わない。


 俺ひとりでラーメン屋やってんだ。

 繁盛されても店を回せねぇ。

 客も、常連客が多い。


 店を閉めないのかって?


 閉めねぇよ。

 妻が、俺以上に俺の作るラーメンの味に惚れ込んでくれてたんだ。

 馴染みの客と、この命の限界がくるまで、この店の暖簾は降ろさねぇよ。  

 ……と、思っていたら、最近客が地味に増えてきた。

 


「おやっさん!今はネットの『食べログ』とか『Google』ってネットでお客さん集められるんだぜ!俺が店潰れたら困るから載っけておいたんだよ!」

「大きなお世話だな!難しくってわかんねぇよ。」  

「パソコンとか持ってないの?」

「んなもんあるか!携帯電話もないね。」

「うわ!本当だ!今だに黒電話かよっ!」

「新しくなくても使えるからな。」

「本当に絵に描いたような頑固親父だな。」

「うるせぇよ。」

「本当に、このラーメン屋。おやっさん。好きだぜ。どんどん世間様は変わっちまうが、無くなったら切なくなっちまう。」

「お前が大学受験の帰りに泣きそうな顔で店に入ってきた日が昨日のことのようだよ。」

「ははは!もう、落ちたかと思ってたからな。」

「でも無事に大学受かったって、また笑顔でラーメン食いに来てくれた時は本当に嬉しかった。」 

「そんな俺も今年で五十よ。あっという間だなぁ。」

「出ていった嫁さんは?」

「来月さ、娘の卒園式で。やっと連絡ついた。でも離婚だって。娘の親権も向こうに。もちろん卒園式には来るなって。」


 常連の客が、ラーメンを渋い顔で啜った。 


「かーっ!相変わらずラーメンがうめぇや!」


 新聞越しに湯気で見えないフリしてやってたが、きっとコイツは泣いていた。

  

「うめぇなぁ……。」


 普段はそのままラーメンを食べるのに今日だけ胡椒をやたらと掛けていた。


「当たり前だろ。」


 俺はなくとなく返事をした。


 しかしな、変わっちまうもんは、変わっちまうんだよ。

 

 実は先月、市役所から店の立ち退き要請延手紙が来た。どうやら、でっかいショッピングモールとマンションが立つらしい。


 俺は、それに抗うつもりはなかった。


 妻に先立たれ、ひとりでのラーメン屋の運営は、金よりも身体がしんどかった。


 本音を言えば、命尽きるまで暖簾を守りたかったた。

 しかし、立ち退き要請の手紙が届いた時に、きっと、妻とお天道様から「お疲れさま」って言われてる気がしたんだ。


 お疲れさま、か。

 

「おやっさん……。ラーメンうめぇよ。」

「……わかってるよ。」


☆★☆Fin★☆★


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