かくことについて

Planet_Rana

★かくことについて


 創作は、一人でするもの。

 そういう思い込みが、私にはある。


 友達が居なかった私の、ほぼ唯一と言っても過言ではない趣味は今現在重たい足かせになって、私の今日をしばりつけている。来る日来る日も待ち受ける締め切りとデットライン、予定が未来にある以上、避けることはできない。


 残された時間は僅か、私に残された選択肢は二つ。書くか、諦めるか、である。


(……キャラクターが動かない)


 千文字進めたと深夜テンションで騒いでいた昨夜が遠い昔のようだ。つまるところ想像力の欠如といえばいいか、現実から目を逸らしすぎた弊害か。書籍化もした事が無いアマチュア創作家の十指では、達成もぎりぎりな投稿スケジュールに合わせて物語を書くのが精一杯になってしまって、登場人物の心象描写や立ち回りまで手が回らないのである。


(……こんなんじゃ駄目だ)


 やる気とは、やり出さねば出ないものである。パソコンを駆使して執筆を行う以上、寝床を片付けて椅子を引き、それからデスクトップの電源を入れて本体を起動させて、マウスやらキーボードやらをセットして。そうしてログインした画面には某青い鳥SNSが両翼を広げて待っているのである。とんだ待ち伏せだ。私は蜘蛛の巣にかかるスズメだろうか。


 今まで生きてきての経験上、私が集中する方法は大きく分けて三つあるように思う。


 目の前の作業から逃げずに、一時間以上取り組んだ場合。

 そもそもやり出すことに迷いが無く、好きなことをしている楽しさが勝つ場合。

 やらなければならないことがある時に、それ以外の作業を始めてしまった場合。


 三つ目は避けなければならないと思う矢先に、カーソルが滑ったのは青い鳥のアイコンである。ああ、これだから毎日投稿なんて夢のまた夢なのだ。


 けれど、三時間ほど液晶の光に晒された疲れ目は滑るように作業を無視してにぎやかなタイムラインへ潜水していく。現実とさほど変わらない人間関係。文字として浮かび上がる思考の羅列。見えない部分は計り知れないが、何も見えないよりはましの様に思った。


 一、二時間だろうか。ようやく脳味噌が満足したのか、タイムラインを更新する指が止まる。さて、作業に戻らないと。机の上を整理しようとして、積み上げていた資料が雪崩を起こした。まだ指ひとつも触れていなかったのに、なんてタイミングの悪い。


(あー、あー。設定資料がぐしゃぐしゃだ……書き直す? いやでも、いつもの投稿時間まで、あと六時間だし……)


 Web小説投稿をする以上、作品の公開には規則性を持った方がいい――二年かけてようやくたどり着いた、今できる精一杯のことだ。その更新すら難しくなってきたとなると、とうとう私の脳内には老廃物が蓄積してきて、物語のプロットと共に臨終する用意を始めたという事なのかもしれない。流石にそれは悔恨の念が残るというものである。


 心臓の音がおかしい。血液の流れが不規則。身体の何処かが痛い。目も痛い。眠い。


(不健康にもほどがある)


 書くために夜更かしし、朝起きて仕事に行き。また書くために夜更かしし、朝起きて仕事に行き。たまに夜勤を挟めば立派な不眠脳のできあがりである。このような生活を続けていては、長生きを望むなど到底無理だろう。


 床に散らばった資料を片端から集めて整える。今書いている作品のプロットや登場人物の資料、世界観設定から地形やそれに伴う気候と海流の設定。作中世界を成立させる為に必要なあれこれが、溢れている。


(作品で説明するのは、その内の数パーセント。それでいい)


 長々とした説明は、物語の全体に散りばめるしかない。書きたい物語を書くという事は、読まれる事と決してイコールで結びつきはしない。


(……まるで、如来を木から彫り出すような自問自答よな……)


 私は人と話をすることが、そこそこ苦手である。創作に関する話をしようにも、興味のない事項に関して人は極めてそっけない反応を返すものだ。そういう訳で、長編をひたすら書く生活の中、読み手は居ても創作仲間というのはあまりいない。


 ……いたけれど、今は海の向こう側だ。元気にしていると嬉しい、それだけの関係である。


(他人の創作には口出ししたくないし、自分の作品に口を出されるのも嫌だ)


 しかしそんな事を言っていては論争は愚か作品が日の目を浴びることすらできはしない。今では人の意見を受け入れるために、修行の一環として作品を公開している面もあるように思う。

 自分以外の人間が書く作品に対して、意見しようと思わないことに変わりはないけれど。


(……自分のことながら、冷たい)


 結局私は自分の話をしたいだけなのだ。何も意見してくれなくていい。聞き流してくれて構わないから、ただ私の話を聞いてくれる誰かが居て欲しいと思うだけ。そんな最低な人間に友達は多くない。自分から連絡を取る友達は、ほぼ居ない。


 それを、優しいという言葉で片づける人も周りにはいたことがある。どうだろう。きっと、自分よがりで周囲に気が配れていないだけの、コミュニケーション能力未成熟人。多分それが私なのだろう。パッと見て真面目で普通なのに、話してみると変な人。


(…………)


 唯一の味方である筈の自分は、自問自答するうちに世界で一番自分を嫌いになっていた。そのお蔭で昔よりは無謀をしなくなったことも、周囲の目や反応を気にするようになったことも、多分成長の一環に組みこまれているのだろう。


(多分、アイデンティティの確立が上手くいってないんだな。私が生きる理由、私が死ぬまでに何をしたいか。私という人間は、どういう生き物なのか――見つけられずに捜している)


 遥か昔、始めて創作の為に鉛筆をとった小学生の頃を思い出す。私はどうして、こんなに重い鎖を身体全体に巻きつけるに至ったのだろうか。重いと分かっていながら、身動きが取れなくなると知っていながら、どうして振り払う事もできなかったのか。


 ――凄く、面白い物語を書く人が居た。結局、その人を超えることはできなかった。

 ――凄く、へんてこな作品を書く人が居た。結局、その人を超えることはできなかった。

 ――凄く、真摯な人間を書く人が居た。結局、その人を超えることはできなかった。

 ――凄く。――凄く。――凄く。


 ……捨てられなかった数えられない憧れが、こんなにも手放しがたいものとは。


 やる気とは、やり出さねば出ないものである。パソコンを駆使して執筆を行う以上、寝床を片付けて椅子を引き、それからデスクトップの電源を入れて本体を起動させて、マウスやらキーボードやらをセットして。


 つまるところ私はその行動に鍵をかけることができないらしい。書き出した理由は羨望だ。研鑽を積む理由は嫉妬だ。創作を辞めない理由は――辞められないからだ。


 カクヨムコンのテーマがまた一つ、発表された。お題は「私と読者と仲間たち」。一人で創作を行う私にとっては、今まで私を支えてくれた僅かな友人と、今の読者としかいない。

 彼らを仲間と呼んでいいか、彼らにとってどう思われているか、私には分からない。自分のことすら十分に理解できない人間が、他人の全てを知りたいなどおこがましいとすら思う。


 切れかけた糸が紡がれていく。どうやら、本日の執筆は山場を越えたらしい。


 だから目の前の締め切りに、まずは向き合うことにした。

 今週はお休みしますと。勇気を振り絞って。




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