夕暮れの影
夕日で赤茶けた放課後の校庭。
下校時刻を告げるチャイムが涼しげな空を震わせた。
北村穂乃果は上機嫌だった。谷本新太の薄い手のひらをギュッと握って、喉の奥から嬉しそうに声を弾ませる。待ちに待ったゴールデンウィークが明日に迫っていたのだ。二人は初日にディズニーランドへ行く約束をしていた。
「ねぇ新太、うさたまのスタンプ入れてよ!」
穂乃果は上目遣いに新太の顔を覗き込む。
「ん、何それ?」
「ランドのキャラクターだよ! いっぱい居て、可愛いんだから!」
穂乃果は自慢げにアイフォンの画面をかざした。卵の殻を履いたウサギのようなキャラクターが手を広げている。
こんなポケモンがいたような……?
新太は苦笑いを浮かべた。特に可愛いとは思わず、興味が湧かない。
「へぇ、そうなんだ」
「可愛いでしょ? スタンプ買おうよ!」
「うーん」
「可愛くないの?」
「それよりもさ、明日のお昼どうしよう? まだ決めてなかったよね?」
「……それよりもって何よ」
途端に、穂乃果の表情が翳る。
新太は焦った。また何か地雷を踏んでしまったのだろうか?
「いや、あのさ……、お昼どうするかも大事かなって……?」
「明日決めればいいじゃん」
「そ、そうだよね? じゃあお昼は明日決めよう! それで、なんだっけ? うさピヨ?」
「……もういい」
穂乃果は拗ねてしまった。新太の手を握る力も弱くなる。新太は離れていってしまわないようにギュッと手を握りしめた。
気まずい沈黙が流れた。西日に揺れる二人の影は一つに重ねって、夕焼けに染まる家の壁に淡い線を伸ばしている。
「……ねぇ、そのスタンプ入れよっかな?」
「もういいってば」
「でも、そのキャラってディズニーランドにいっぱい居るんでしょ?」
「……居るけど」
「そんなの見ちゃったらさ、絶対、僕そのキャラクター好きになっちゃうよ」
「……そう?」
「うん、だって何だかワクワクするし。だから先にスタンプ入れときたいな?」
穂乃果は少し機嫌を取り戻した。新太の手に伝わる彼女の温もりが微かに強くなる。
ラインのスタンプは百二十円だった。だが、新太は缶ジュースを買っているような気分にはならなかった。
穂乃果ちゃんってちょっと面倒くさいよな……。
新太は沈む夕日を見つめながら、ため息が出そうになるのをグッと堪える。
恋はシャボン玉より儚いの? 忍野木しか @yura526
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