勇者の物語

@chauchau

笑顔で


 泣くな。


「諦めろ」


 泣くな。


「我が力に屈しろ」


 泣くな。


「はァ……! はァ……! はァ……ッ!」


 魔王が腕を振るう。

 たったそれだけの動作で巨大な火の玉が勇者たちを襲う。魔法使いが咄嗟に唱えた防御魔法も一つ、二つ、三つと火の玉がぶつかって霧散する。


 盾を構えた戦士の焼けていく肌を神官が奇跡で回復させる。


「ぎィ……ッ! らぁぁぁああ!!」


 戦士の背中を踏み台に、勇者が前へと飛び出した。身の丈を超える巨大な聖剣を手足の様に操り、一寸の間にて七つの斬撃を生み出しても魔王が張る防護壁を崩すのが精一杯だった。


「ぅおりゃァァ!!」


「極大火炎呪文!」


 空中で身動きが取れない勇者を戦士と魔法使いが援護する。

 魔王と魔法使いの火の玉がぶつかり合う衝撃で石畳がめくれ、吹き飛ばされていく。勇者を受け止めた戦士が馬鹿力で彼を投げ飛ばす。


 泣くな。


「無駄な足掻きだ」


 魔王に唯一届くのが聖剣であったとしても、当たらなければ意味がない。五年の旅路で磨かれた勇者の剣筋もあと少しで魔王には届かない。


 泣くな。


「身体能力向上の奇跡!」


 一日に一度が限度とされる能力向上の奇跡がこれで三度目。すでに勇者の身体は、動くたびに内部から破壊されていく。それを、神官が無理やり回復の奇跡でなかったことにする。


「いつまで持つかな」


「お前を……ッ! く……ッ! お前を殺すまでッ!!」


 魔王が笑う。

 圧倒的な力を身に宿し、必死に明日を求める者を嘲笑う。


 勇者が、

 魔法使いが、

 戦士が、

 神官が、


 誰もが明日を求めて手を伸ばす。

 強大な壁を前にして、それでも折れることなく前を向く。


 誰もが、


 私以外の、誰もが。


 与えられた役目を全うするために、

 私は彼らを助けない。


 五年間一緒に歩んだ仲間たちを、私は助けない。


 泣くな。


 勇者はたった一歩の踏み込みで、数メートルを移動する。

 完全に背後を取った一撃を、魔王は見もせずに身体を捻ることで回避する。それだけで終わることなく、捻った動きで戦士へ重い一撃を振り下ろす。


 竜の一撃すら耐え抜いた自慢の鎧が、魔王の小さな一撃で破壊される。


「か、ハ……ッ!?」


 祈る時間も許さない追撃を勇者が辛うじて間に入ることで止める。

 普段は後衛位置から動くことのない魔法使いが、痛みに嘔吐する戦士を必死になって引きずっていく。


 泣くな。


 神官の奇跡で戦士が戦線復帰するまでに有した時間は十秒間。

 たった十秒を稼ぐために勇者が剣を振るった回数は、百を優に超えていた。


「弱き者に救いはない。明日はない。選択などはありはしない」


 勇者の旅路を後世に残す。

 啀み合う多数の種族が魔王という脅威を前に手を取り合った事実を記す。


 私は私に与えられた役目を果たす。

 信じた仲間に背中を預けない。


 泣くな。


 絶望を前にして。

 不可能を前にして。


 勇者は折れない。

 勇者は死なない。

 勇者は、負けない。


 だから。


 泣くな。

 泣くな。


「極大拘束呪文!」


「くそがァァ!!」


「身体能力向上の奇跡!」


 泣くな。


 魔法使いの呪文が魔王を捉え、

 戦士の馬鹿力で抜け出せないように抑え込み、

 神官の奇跡が勇者を限界の向こう側へと連れて行く。


「ぁぁぁあああ!!」


 全てを投げ打った一撃が、


「勇者」


 勇者の剣が、


「――あとは、よろしくね」


 私の胸を貫いた。



 ※※※



「やっぱりここにいた」


「暇かよ」


「あんたに言われたくないわよ」


 人里離れた美しい丘の上で、勇者は読んでいた本を閉じた。ずかずかと歩いてきた魔法使いは、遠慮なく勇者が読んでいた本を奪う。


「読んだ感想は」


「よく出来てるよ」


「サイン入れてよ、高く売れる」


「まだ儲け足りないのかよ」


 帰還後、魔法使いが発表した一冊の本。

 五年間の旅路をまとめた本の内容は、幾分脚色されながらも、恐ろしい脅威を、絶望を、それに打ち勝った勇気を世界中に広めていった。


「約束だからね」


「そういう意味で言ったんじゃねえと思うんだけどなぁ」


 本は語る。

 勇者と三人の仲間たちのことを。


 そこにもう一人居たことを隠して。


「あら心外。誰よりもお金儲けが好きなのは誰? そう、あたし! 売って売って売りまくってあたしは大金持ちよ!」


「あいつもどうしてこいつに日記を渡すかね……」


「あれだけまとまっていた分かり易い日記すらもまとめて本にすることが出来ない自分たちの頭の弱さを恨むのね」


「はぁ……」


 物語の悪徳商人のように大笑いする仲間の姿に漏れたため息は、吹いた風が連れて行く。


「そんなに金儲けして何がしたいんだよ」


「決まっているじゃない。この土地を買うのよ。買って、ここにあの子のお墓を建てるのよ」


 思わず勇者は、笑い続ける魔法使いの顔を見てしまう。

 勇者と視線があった魔法使いは、より悪そうに笑うだけだった。


「それは……、良いな」


 勇者システムは繰り返される。

 人類が手を取り合うことを忘れ、自ら滅びの道を進もうとした時、神は勇者を生みだし、魔王を生み出す。


 勇者一行と魔王しか知らぬシステム。

 人類のために小さな悲劇を生み出すシステムはそれでも必要だった。


 だからこそ。

 変わらないシステムに、今生の魔王は手を打った。


 次なる悲劇の発生を少しでも遅らせるために。

 永久に起きることがないように。


「泣くなって、言われたじゃない」


「泣いてはいねぇよ!」


「あらやだ。最後の戦いの時に鼻水垂らしながら大泣きしてたのはどこのどいつかしらね」


「人のこと言えねぇだろ、お前だって!」


 言葉には未来を変える力がある。

 願わくば、


「笑ってんじゃねぇぇえ!」


 彼らの未来に、幸多からんことを。

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