第3話 キアの夢、逃げた魔王



 俺の屋敷には「ごっしゅじーん!」と鳴く、うるさいわんこ奴隷がいる。


 そいつの名前は、キア。


 どういう理由があってかは知らないが家出娘らしい。

 それで、奴隷商人の元から逃げ出したところを、俺に拾われた。


 これまでの一か月間、あいつはこの屋敷の一員として「わふわふ」言いながら働いて(たまに遊んでいたが)過去についての話は、あまりした事が無かった。


 だが、俺にとってはどうでも良い事だった。


 今のあいつが労働力として使えるなら、他の事など。







 しかし、


「うちのキアちゃんを知りませんかしら?」


 ある日唐突に、身なりを良くした淑女がこの屋敷を訪ねてきて、心臓に悪い想いをした。


 それは、俺じゃなくても普通そうなる。


 あの、わんこ奴隷の身内(?)らしき女性は、貴族のような恰好をしている。


 肌の血色も良い。

 髪の毛の通夜も良い。

 

 所作も洗練されている。


 付け焼刃で、貴族のふりをしている、ようには見えなかった。


 つまり、正真正銘の貴族。なら、キアも貴族?


 状況を把握しようとしたが、そこに面倒な存在がやってきた。


「ごっしゅじーん。遊んでくださ(一時停止中)」

「あっ」

「あっ」


 この「あっ」は押しかけ貴族の女性と、我が屋敷のわんこ奴隷だ。


 そのまま、両者は見つめあって、数秒後に追いかけっこを始めた。


「この馬鹿娘がーっ!」

「ひいいいっ、許してーっ!」


 おい、俺を置き去りにして、話を進めないでくれ。






 数十分後、落ち着いてから両者から話を聞くことにした。


 こちらに押しかけて来た貴族(本当に貴族だった)女性の名前は、シア。


 キアの母親らしい。


 なんでも、この二人。大層な親子喧嘩していたとか。


 それで、キレたキアが家を出て、その先で奴隷になったとか。


「ご飯が食べられなくて、苦しくてそれで、ぼうっと歩いていたら、怪しい人達に攫われて奴隷になってました。人生なんてちょろいってなめてました」


 今までずっと貴族として生きてきたんだから、家出して自分一人で生きていけるわけがないだろう。


 俺は後で、人生の見通しが甘いキアを、お仕置することに決めた。


「でも、良い人に拾われました。感謝してます。はい。ありがとうございます」


 機嫌をとるな。

 今、俺の額には、消えない青筋が浮いているぞ。


 いつものごっしゅじーんはどうした。


 あほっぽい言動はどうした。


 猫かぶり、か。


 さっきからずっと、やけに大人しいなこいつ。


 そして、シアのターンがやってくる。


 平謝りの保護者。


「うちのキアがとんだ迷惑を。とりあえず今日のところは連れて帰りますので、お詫びはまた今度に」

「ちょっと待て」


 しかし、さすがに、ただ黙って聞いているわけにはいかなくなったので、ストップをかけた。


「つれて、帰ると?」


 すると、シアは困惑顔。

 何か変な事でも、みたいな顔。


 こんなバカ娘を置いていたって、何の役にも立たないでしょう。みたいな顔だった。

 なぜか少し苛立った。


「拾ったという経緯があるので落し物は持ち主に届けるべきなんだろう。しかし、キアはもう、うちのもの、いや人間だ。仕事ではそれなりに役立ってる。勝手に連れていかれては困る」

「そうなのですか?」


 とてもそうは思えませんけど。みたいな顔になるシア。


 まあ、貴族の娘が力持ちで足が速くても、役に立たないしな。


 今まで役立ってなかったのに、そんな事言われてもピンとこないのだろう。


 シアは続ける。


「実は、こちらにも事情がありまして」


 娘の為といわないあたり、普段の関係が透けて見えるが、とりあえず脇にどけておく。


 何か、キアを連れて帰らなければならない理由があるらしい。


「都で行われるパーティーに出席すると決めてしまって、もう招待状ももらってしまいました。何の理由もなく断るのは避けたいのです」

「そういう事か」


 都。

 王都で行われるパーティーは、年一回開催されている。数千人が参加するため、規模が大きい。


 それに招待されるという事はかなり名誉な事だった。


 だから、正当な理由なく欠席する事は、失礼だと言われている。


「ドレスの選別や、マナーの教育。予定がたくさんつまっているんです」

「仕方ないな」


 俺の方にもそのパーティーの招待状は来ている。


 重要性が分かる身分としては断れない話だ。


「というわけで、キア。帰れ」


 すると、キアは「がびーん」とした表情でこちらを見た。


「ええっ、そんなご主人。私を捨てるんですかっ?」


 うるうるとした目で見られるが、ここで引き留めたら、俺のためにもキアのためにもならない。


 欠席で評判が落ちたら、お前の家が潰れてるかもしれないんだぞ。


「嫌です。捨てないでください。何でもするから捨てないでくださいご主人!」

「うるさいな。分かったから、ちゃんと後で拾いなおしてやるから、いったん帰れ」

「絶対ですよ! 約束ですよ!」


 そういうわけで、波乱万丈親子は、俺の屋敷から出ていった。


 うるさい奴がいなくなった屋敷の中は急に静かに感じられた。







 そして、数週間後。


 俺達は王都のパーティー会場で再会した。


 やけに時間が長く感じられたが、出会ってみれば何ともない。


 なんか、バカバカしい事を気にしていた気分になった。


「ごっしゅじーん」


 俺は、走り寄ってくるキアを避けて、さっそくそいつの頭を叩いた。


「いたっ、何するんですかっ」

「貴族の令嬢が、ご主人なんて言ってたらおかしいだろうが」

「でもでもっ、私にとってご主人はご主人なんでっ」

「お前はよくても俺が困るんだ。あと、母親も困るだろう。ご主人呼びは禁止だ」

「えー」


 えーじゃない。

 隙あらばわんこになろうとするな。


 物好きな奴だな。


 普通の令嬢は、そんなもんになろうとすらしないんだが。


 俺は、ドレスを着たキアを見つめる。


 なかなか似合っていた。


 言動のせいで、大人っぽく気品ある令嬢、には見えないが、いずれ咲きほこる愛らしい将来性のあるご令嬢、くらいには見えた。


 女性のドレスアップは、まるで魔法のようだな。


 すると、キアはドレスの裾をつまんで、その場をくるり。


 動きにつられて、ふわりとスカートが広がる。

 それが慎ましく咲く花の姿を連想させた。


 身動きの影響か、香水の甘やかな匂いまで鼻に届いた。

 少しだけ、どきりとしてしまったのは秘密だ。


「ご主人っ、どうですか!」

「まあまあだな」

「がびーん! そうですか。似合ってませんか」


 真に受けたキアがしょんぼり顔になる。


 ちょっと虐めすぎたか。


「ちょっとだけ似合っているぞ。ちょっとだけだがな」

「やったー。ありがとうございます!」


 単純な奴だな。

 その後は、互いの近況についてあれこれ話した。


「お前、そもそも何で家出なんてしたんだ」

「夢があったんです。そのために独り立ちしようと思って」

「貴族の身分を捨ててか?」

「それは、そのう。夢を叶えたら戻ろうと」

「都合の良い話だな」

「そっ、そうですよね。現実を知らない子供でした」


 まあ、実際に奴隷として売られかけたんだから、自分がどれほど甘い見通しで行動していたのかは、他ならない自分が良く知っているだろう。


「で、どんな夢を叶えたかったんだ」

「都で働く夢です。戦争調停者として、和平の使者になろうかと」


 けれど、適当に聞いた話に胸をつかまれた。


 それからキアは、どうしてそんな夢を抱いたのか色々語ったが、俺はあまり聞いていなかった。


「一人でも、人を助けたい。そのために、危険だと反対されても、夢を叶えたかったんです」

「そうか」


 なぜだか、逃げ出した事を卑怯者と罵られているような気分になった。


 俺は悪くない。

 裏切ったのは、他の奴らの方なのに。







 そのまま、ご令嬢との会話というには、かなり騒がしすぎるひと時を過ごした。


 パーティーが終わった後、キアが俺に話しかけてきた。


「ごしゅじんっ、またお屋敷に戻っていいんですよね。約束しましたもんねっ」

「本当に戻る気だったのか」


 なんで、わざわざ自分の身分を下げたがるんだ、この少女は。


 奴隷になって、かなり苦しい想いをしただろうに。


「当たり前じゃないですかっ。ご主人の所で働きたいんですっ」


 ああ、なるほど、金の為か。

 納得したが、なぜかそれと同時に残念な気持ちになった。


「母親はなんて言っている。他の貴族と対立してまでお前を置いておくのは面倒だぞ」

「大丈夫です! 諦められました!」


 それは大丈夫と言っていいのか。


 将来を悲観されてないか?


 ともかく、障害はないようだ。


 ぶっちゃけて言うと、キアがいてくれた方が助かる。


 他の使用人や召使にはできない事を、こいつは軽々とやってのけてくれるからな。


「まったく、嫌だと言ってもそう簡単には手放してやれんぞ」

「望むところです! これからもよろしくお願いしますねご主人っ!」


 その後、キアは宣言通りうちの屋敷へ戻ってきた。


 元通りの騒がしい日常が戻ってきて、時間の流れもなぜだか元に戻ったような気がした。


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