第2話 わんこ少女、それなりに役立つ
陽気な気温が睡魔を誘ったようだ。
その日、執務に疲れた俺は、デスクで居眠りしていた。
見るのは昔の夢だ。
「魔王様!」
「おお、すばらしい」
「なんと頼もしい人だ!」
視線の先には、俺を持ちあげる者達が。
たくさんの部下達がいる。
しかし、次の瞬間。
その部下達は、手に凶器を持ってこちらに、にじりより始めた。
「あなたは王にふさわしくない」
「他の魔王を立てて、俺達を導いてもらおう」
「ここで終わりだ」
俺は必要な事をしていたはずだ。
なのになぜ、歯向かう?
恩知らずな奴め。
眠りから覚めると、俺の足元でキアがボール遊びをしていた。
人の気配が覚醒につながったのだろう。
何となくいらっとしたので、軽く蹴ってみた。
「あっ、ご主人様起きたんですねっ。仕事おわりましたっ。あーそびましょー」
こいつは悩み事とかなさそうでいいな。
恒例のボール遊び。
わりと遠くになげても、持ってくるのでボールがなくなったためしはない。
必ずキアがとってくるからだ。
「ほら、とってこい」
「見ててくださいっ。いきますよっ、ごっしゅじーん!」
意気揚々と、投げられたボールを追って走っていくキアの後姿を見つめる。
その足の速さは、かなりのものだった。
この屋敷で敵う人間はいないだろう。
道で拾った元奴隷わんこ少女、キアをしつけたら、わんこ犬耳系力持ち・俊足少女だった。
重宝している。
性格に難ありだが、買い物とはそういうものだ。
完璧に便利な商品などないのだから、うまく使ってやるのが持ち主の腕だろう。
そんな少女の首には鋼鉄の輪。
奴隷の名残だ、首にはまっている首輪は今までずっとつけっぱなし。
キアは、大切な物でもあるかのように、その首輪をいつもはめている。
普通は嫌がるだろうに。
まったく気持ちが分からなかった。
戻ってきたキアに聞いてみる。
「お前はなんでそんな首輪を大切にしてるんだ?」
「大切だからです」
オハナシにならん。
俺はさっさと会話を切り上げる事にした。
「他人から見たら、馬鹿げたものかもしれませんけど、これは私の命の恩人なんです。だから大切なんです」
「そうか」
どうせ、それも適当な話なんだろう、と俺は聞き流した。
次の日も俺は。妙に近い距離で接する少女に、今日もボール遊びをねだられる。
馴れ馴れしい奴め。
「ごっしゅじーん。遊んでくださいなー」
「いま、仕事中だ。後にしろ」
「はいっ。まだかなまだかな」
そわそわ。
普通は気を利かせて部屋から出ていくもんだが、そこらへん教育が行き届いていないようだ。
近くで待機するわんこ犬耳系奴隷はミミをぴくぴくさせている。
表情や仕草から感情がまるわかりだ。
その様は、
ご主人の帰りを待つ犬。
ご主人がかまってくれるのを待つ犬。
ご主人の様子を窺い続ける犬。
といったところだ。
「はぁ、俺はしつけ方を間違えたな」
認めよう、若さゆえの過ちというやつを。
何せ、資金がない所に、ちょうどよく奴隷が落ちてたもんだから、後の事を何も考えず拾ってしまったのだ。
次があったら絶対、奴隷のしつけ方を勉強してから、家に迎える事にする。
で、そんな元奴隷少女キア。
役に立っているか、というと。
まあまあといったところだ。
わんこ、と形容するのは態度だけが理由ではない。
普通の犬並みに、足も速くて体力もあるからだ。
一度冗談まじりに、屋敷の周りを走ってろと言ったら、日没までの数時間、延々と走ってたしな。
本気で言ったわけではない、本当に冗談だった。
なんてもったいない労力の無駄遣いをさせてしまったのか。
「ごしゅじんっ、何かする事ないですかっ」
「そうだ必要な物があったな。買い物に行ってこい。メモはこれだ」
「分かりました! 行ってきまーす!」
というわけで、厄介払い兼ちょうど思いついた事があったので、キアに頼んだ。
一人に任せるには結構な品数だったが、あいつなら問題ないだろう。
俺がやる時は、数回に分けて行う必要があったが、あいつなら一回ですむ。この点はあいつがいてくれて助かった。
と、思っていると、出ていったはずのわんこ奴隷が、扉をあけて、顔をのぞかせる。
「帰ったら遊んでくださいよっ、ごっしゅじん!」
「はいはい、分かったからさっさといけ」
「やったーっ!」
わふわふ。
どたばた。
足音と声、いや鳴き声が遠ざかっていく。
屋敷の廊下は、静かに歩けと言っているのに。
やがて、一仕事終えた頃に、わんこ奴隷が返ってきた。
前が見えないほどの荷物をかかえて。
「ごっしゅじん! ただいま帰りました!」
「買い物はちゃんと、あるべき場所に収納するまでが仕事内容だぞ」
「分かりましたっ!」
ばびゅん。
わふわふ。
どたばた。
なんて擬音がつきそうな勢いで、屋敷の倉庫やら厨房やらに向かっていく。
買い出し品の選別はこれが初めてじゃない。
いつもやってる事なんだから、わざわざ帰宅の挨拶をしにこなくてもいいのに。
「まったく、騒々しいったらありゃしないな」
あいつが何かして帰ってくると、「ご褒美まだ?」の視線でうるさくなるから、仕事が進まなくなる。
奴隷の行動に合わせて、仕事のペースが変わるなんて、主人としてどうかと思ったが、まあそれは俺の問題なので良いだろう。
戻ってきた少女が、何の遊びをねだるのか考えながら、俺は仕事道具を片付けた。
その夜。
屋敷の余った部屋に使用人が集まって話していた。
怪談話で盛り上がっているらしい。
そういった使用人同士の集いは、息抜きのために許可している事だ。
仕事ばかりだと、ストレスがたまるからな。
覗いてみると、キアが真っ青になって怖がっていた。
怖い話は、苦手のようだ。
やがて、「暗闇からわっと出てくるまっくろおばけ」の話になると、泣きわめきながら部屋を出ていった。
扉の近くに立っていたから、あやうく開け放たれた扉に顔がぶつかるところだった。
飛び出たキアは、俺の姿に気が付かなかったのだろう。
一目散にどこかへ向けて廊下を駆け抜けていった。
放っておけばいい。
そう思ったが、気まぐれをおこした。
俺は様子を見に行く事にしたのだ。
キアは、廊下の隅でメソメソしていた。
「明日に差し支えるだろ。さっさと寝ろ」
「ごっ、ごしゅじーん」
振り向いたキアは、泣きべそをかいていた。
怖い話が苦手なら参加しなければいいのに。
キアは、しゃくりあげながら、まったく関係のないことを喋りだした。
「お母さんと喧嘩して家を飛び出したら奴隷商人に捕まってしまったんです。それで、馬車につめこまれてどこかに運ばれてました。でも、友達ができたんです」
言われる内容は、脈絡もない話だ。
何を言いたいのかさっぱり分からない。
「友達は字が読めなかったので、私が教えてあげました。馬車の中で一緒にたくさん勉強しました。でも、ある日突然病気にかかって、朝、目が覚めたら」
キアが泣き出した。
つまり、死んでいたというわけか。
境遇から考えて貧しい家の人間だったのだろう。
そこにきて、ストレスの多い環境。
普通の人間が体を壊すのは無理もない事だ。
「だから、友達の事を忘れないように、交換したんです。この首輪を」
「外したのか首輪」
そこで、ようやくキアが首輪を大切にしている理由を知った。
しかし驚いた。
奴隷にはめられている首輪はかなり頑丈で、普通なら外せないものだというのに。
「ふんってやったらばきって」
キアは持ち前の力で壊したらしい。
普通は「ふんっってやったらばきっ」にはならない。
「で、それが夜更かしの理由になるのか? 愚痴が終わったならもう寝ろ」
「ご主人様、冷たいです」
今まで優しくしてきたつもりなどない。
だから、そんなものは今さらだ。
けれど、気が付いたら、しょんぼりしながらその場を去っていくキアに声をかけていた。
「お前がちゃんと寝るか分からないからな、寝るまで傍で見張っといてやる」
「ご主人! ありがとうございます!」
なんでそんな事を言い出しのか分からない。
キアは特別何か仕事をこなしたわけでもないのだから、過剰な褒美を与える理由はないはずなのに。
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