TETSU童話集
TETSU
飼われネコのウィリアム
ぐわあお、ごろごろ。飼われネコのウィリアムはご婦人のひざの上で大きなあくびをすると、そこからゆかへ飛び下りました。ウィリアムがこんな風にそっけない態度をとるとご婦人はきまって「まったくネコってば気まぐれなんだから!」と言いながらにこにこ笑い、それからウィリアムの気を引こうとして美味しいチーズを出してくれるのです。ウィリアムはそれを良く知っていたので、この日もそうやってご主人をよろこばせてやったのでした。
ウィリアムはこうしてチーズにありつくことも好きでしたが、それよりも窓から外をながめている時間の方がずっと好きでした。カーテンと窓ガラスの間にある小さな空間がウィリアムのお気に入りで、そこからとなりのお家のブロックべいや、ガレージに留めてあるきいろい車なんかをじいっと見つめるのです。空が青色からきいろがかってくる頃まで動かないこともしばしばありました。ウィリアムがそうやって夢中で外をながめているときには、ご婦人が何をしてもウィリアムを振り向かせることができませんでした。ぱんぱんと手を叩いても、ちちちと音を出して呼んでみても、ウィリアムにはまるで何も聞こえていないようなのです。チーズを取り出してもウィリアムはちらりと顔を向けるだけで、お気に入りの場所からはぜんぜん動かないのです。こんな調子ですから、ご婦人はいつからか、外をじいっと見ているウィリアムにちょっかいをかけることをしなくなったのでした。
ある日のこと、ご婦人はお部屋の空気を入れ替えた後に窓のかぎを閉めるのを、うっかり忘れてしまいました。かしこいウィリアムはそれに気がつくと、ご婦人が寝静まったころを見はからって窓を押し開け、ひょいと外に飛び出しました。地面がお部屋のフローリングよりもずっとひんやりしているのにおどろく間もなく、ウィリアムはきいろい車の下へ一直線に向かいました。それからそのきいろい車のボンネットに飛び乗ると、ウィリアムは注意深く足元のにおいをかぎました。
「そこで何をしているの?」
うしろから声をかけられて、ウィリアムは振り返ることなく答えました。
「ぼくねえ、このおっきなチーズがくさってないかたしかめてるの。もしもくさっていたら食べられないから」
するとまたうしろから声がしました。
「おっきなチーズなんてどこにあるのさ」
ウィリアムが答えます。
「こんなにおっきいのにわからないのかい?」
するとうしろから返事がきます。
「きみの言うチーズとはずいぶんかたくてごつごつとしたものなんだねえ」
ここではじめてウィリアムは、自分の足元がやけにかちかちしているのに気がつきました。かあっと顔を赤く染めながらおそるおそるウィリアムが振り返ってみると、そこにはみすぼらしいぶちネコが一匹、しずかに座っておりました。
「きみ、飼われネコでしょう?」
ぶちネコは事もなげにそう言いました。「そうでもなけりゃ車とチーズをまちがえることなんてないし、チーズがくさるなんて思いつきもしないもの」
ウィリアムは何も言い返すことができませんでした。車とチーズをまちがえたのが恥ずかしくてたまらなかったのです。
「外に出るのもはじめてだろう? もし良かったらさんぽがてらに色々おしえてあげようか」
ぶちネコはこんな風にウィリアムを誘いました。いつもならこんなこと言わないのですが、たまには世間知らずの飼われネコを連れて歩くのもわるくない、と、この日ばかりはそう思ったのです。
「ほんとう? うれしいなあ! そんならぼく、行ってみたいところがあるのだけど、そこへ行くことはできるかい?」ウィリアムがお月さまのような目をきらきら光らせて言いました。
するとぶちネコがたずねます。「どこへ行きたいんだい?」
「うんとね、ぼく、おそとの端っこへ行ってみたいの。そこで丸くなって眠るのはたいへんに気持ちの良いことだろうなあ」
ぶちネコはあきれて答えました。
「外の端っこになんか行けるもんか! 空を見てごらんよ、こっから端っこなんてひゃく日歩いてもまだ足りないくらいだろ」
「ほんとうだ。おそとってとっても広いんだねえ」ウィリアムはずいぶん感心して言いました。
「ああそうさ。だから端っこへ行くのはあきらめて、他に行きたいところはないのかい?」
ウィリアムは少し考えてこう言いました。
「うんとね、ぼく、お腹いっぱいチーズが食べられるところへ行ってみたいな。ぼくのご主人はいつもそこへチーズをとりに行ってるみたいなんだ」
ぶちネコはまたあきれて答えました。
「そんな夢のような場所になんて行けやしない! ぼくらの食べるチーズといえば、せいぜいそこらのゴミだめに捨てられたカビだらけの切れっぱしくらいなんだから」
ウィリアムはこれを聞いてたいそうがっかりして、わかりやすくうなだれてしまいました。
「そう落ち込まないでおくれよ。他に行きたいところはないのかい?」
ぶちネコはしんぼう強くたずねました。ウィリアムはまた少し考えましたが、もう行きたいところはありません。そのかわり、やってみたいことが一つ思いつきました。
「うんとね、ええと。ぼく、おさけが飲んでみたいの。ご主人がすごく気に入ってるものだから、それでね……」
ウィリアムが言い終わらないうちに、ぶちネコはすっかり気を悪くしてしまいました。
「おさけなんて聞いたこともない! ばかにするのもたいがいにしてくれ!」
そう言ってぶちネコが立ち去ってしまうと、ぴゅううっとするどい風が吹いてにわかに雲があつまってきました。
「わあ、ゆきがふってきた」
ウィリアムは大あわてで家の中に飛び込みました。まっすぐお部屋の端っこに向かい、ゆかの上に寝そべると、ぶちネコのことなんてもうさっぱり忘れてしまいました。
ネコはやっぱり気まぐれなものですね。
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