44 再び婚約

 翌日、チェックアウトの際、ホテルの従業員さんに薬指の指輪を見られてしまった。左手に光るダイヤモンドを見て、おめでとうございますと言われた。

 私は恥ずかしくて、お礼を言うと、そそくさとホテルを後にした。



 約束していた平家の末裔の方にお会いして、菓子折りを渡し、お話を聞いた。資料もたくさん見せてもらった。わざわざ時国家や金沢へ来るなんて、大学院へ行くつもりかと尋ねられた。私は洋食店へ内定していることを明かし、ここにいる征士くんと結婚するつもりだと話した。将来頑張れと励まされた。

 家へ帰ると、時国の方から膨大な量の資料が送られてきた。これで卒業論文は、ばっちりである。


 ♦ ♦ ♦


 プロポーズを私が受けて、父はとても喜んだ。早速瀬戸家のご両親と話し合って、結納の日を決めてしまった。次の征士くんの誕生日の四月二日は大安だったので、グループ関係のホテルへ結婚式と披露宴の予約までしてしまった。あまりにも早回しの展開に、私はついていけない。

 式はホテルについている綺麗なチャペルだという。ウェディングドレスのデザインを決め、仮縫いを始めてもらった。お色直しのドレスは、可愛い薄紅色にした。ドレスは当日まで征士くんには秘密だ。その代わり、披露宴については一緒に色々相談した。きんきらりんの場はあまり好みではないので、家庭的な雰囲気で、テーブル花やテーブルクロスの色は抑え目にした。招待状も紙質から決めなくてはならず、料理のメニューやBGMまで、考えることが多すぎだ。

 それでも征士くんと一緒に決めていると楽しい。あっという間に、結納の前日になった。


 私は前々から考えていた。最初に征士くんと婚約した理由。予知夢に関しては、普通虹川家の婿になってから明かされる。絶対の秘密事項だからだ。

 しかし征士くんは、そんな打算など知らず、純粋に私を好きと言って婿に来てくれる。結婚前に『資質』について話さないと卑怯な気がする。私は内密に征士くんを呼び出した。



「何ですか? 内密の話って」

「とても秘密の話なの。絶対他言無用でお願い出来る?」

「月乃さんが言うなら勿論です。誰にも話しません」


 私はもう一度、自室の扉がしっかり閉まっているか確認した。窓も全て鍵をかけてある。話し声は漏れないはずだ。


「征士くんを信じて話をするわ。もしこの話を聞いて失望したなら、勿論結納も結婚も取り止める」

「今更どんな話を聞いても、絶対に月乃さんと結婚します」

「どうかしら。あのね、最初に全く他人だった征士くんへ婚約話が持ち上がったこと、不思議じゃなかった?」


 私は声を潜めて話し始めた。征士くんも真面目な顔で聞いている。


「そう言われれば不思議でした。面識もないし、十三歳の僕が、何でいきなり婚約なんだろうって……」

「そうでしょう。征士くんが選ばれた理由はね……」


 私は予知夢について全て話した。征士くんは信じられないような顔をしていた。


「未来予知の夢、ですか……。あまり信じられない話ですが。それで僕と結婚して、娘が生まれれば、予知夢の的中率が九割ですか……」

「私の的中率は悪いわ。『資質』のあるお婿さんを迎えなきゃ駄目だったの。予知夢の為だけに、征士くんが選ばれたのよ。失望した?」


 征士くんは、すぐに首を横へ振った。


「失望なんかしません。むしろ僕にそんな『資質』があって良かった。月乃さんと出会えたから良かった」

「こんな打算的な結婚、嫌じゃない?」

「全く嫌ではありません。こんなに人を愛せる切っかけがあって、良かったです。月乃さんは打算ではなく、僕のこと愛していますか?」


 黒々とした瞳に覗き込まれる。吸い込まれそうだ。


「……予知夢と関係なく、征士くんを愛しているわ。だから結婚前に、この予知夢の話をしたの」

「そうですか。愛し合っているならば、結婚に何の問題もないでしょう? 更に未来予知の特典までついているなんて、素晴らしいじゃないですか」


 私は軽く笑った。


「予知夢のせいで、色々振り回されちゃったわ」

「ああ、志野谷と付き合っている夢を視たんですね。だから、なかなか信じてもらえなかったんですか」

「そうよ。征士くんが熱烈にキスしていたり、志野谷さんと笑い合っていたり」


 征士くんが、そうですかと呟いた。


「それはハズレの夢でしたね。月乃さんの的中率は五、六割なんでしょう? 自分に関しての夢は視られないなんて、致命的ですね」

「だって、そういうものなんだもの。最近では経済に関しては、当たるようになってきたわ」

「それでは僕が婿入りしたときは、是非夢の話を聞かせてください。虹川の家を、僕達でもっと大きくしちゃいましょう」


 明るい声で征士くんが、そう提案した。


 ♦ ♦ ♦


 翌日、結納は滞りなく行われた。

 着物姿の、征士くんのお母様は涙ぐんでいた。

 聖士さんも、良かったなと征士くんの肩を叩いていた。

 征士くんのお父様が渡した目録を父が改め、結納は恙なく終わった。


 ♦ ♦ ♦


「月乃さん、やっぱりその紫色の振袖、似合いますね」

「美苑カラーよ。征士くんの中等部のときのテニスウェア、格好良かったわ」

「そうですか。では結婚式のとき、ブーケもブートニアも紫の花にしましょう」

「それはいいわね。私達は美苑へ通うところから、一緒になったんだもの」

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