39 勝負!
征士くんと石田さんの試合の、約束の日曜になった。
若竹くんがコートの予約を取ってくれて、同期生全員が試合を観に来ていた。勿論私も、何にも知らない顔で混ざっていた。
玲子ちゃんが石田さんとともに現れた。全員が挨拶をした。
「お久しぶりです、石田さん。今日は試合、頑張ってください」
私がそう言うと、石田さんは苦笑いした。
「玲子の話だと、瀬戸が俺に勝ったら、好きな子にお願いを聞いてもらえるんだろう? 瀬戸の友達の虹川が、俺を応援するのか?」
「……そんなお願いの為に、石田さんを呼び出してすみません。一応瀬戸くんの応援もしますけど、石田さんの応援もします」
征士くんと石田さんが着替えてコートへ戻ってきた。ラケットのガットを確認している征士くんに、友達が話しかけた。
「瀬戸くんの好きな人は、観に来ているの?」
「当然、来ていますよ。先輩達の間から観に来てくれています。僕にはしっかり姿が見えています」
「それならいいけど。しっかり格好良いところ、観せてあげなね」
ウォーミングアップをして、試合を始める。審判は若竹くんだ。
「瀬戸が好きな子へのお願いの為だって、俺は手を抜かないからな。覚悟しろよ」
「望むところです、石田先輩。僕だって、全力以上に頑張ります」
ラケットを回してサービスの順番を決める。最初は石田さんからのサービスだ。
ものすごいアンダーからのトップスピンサーブ。すかさず征士くんはライジングでリターンした。
お互いネットへ詰めてのボレー合戦。鋭いアングルへボレーを打ち続けている。
そのゲームは征士くんが取った。しかし、次のゲームは石田さんが取り返した。
ゲームカウント5─5まで持ち込んだ。真冬なのに二人とも汗だくだ。
第11ゲーム目。征士くんが飛び上がってスマッシュを決めてポイントを取った後、よろけた。少し足を引き摺っている。
「虹川、消炎剤! 瀬戸が足を攣りかけている!」
若竹くんが叫んだので、慌てて私は消炎剤を持って、征士くんのところへ駆け付けた。彼の足に消炎剤を塗る。征士くんは足以外も疲れて辛そうだ。
「大丈夫? 棄権した方がいいんじゃ……」
「大丈夫です。虹川先輩に手当てしてもらったから治りました。絶対勝ちます」
そう言って立ち上がる。治ったという割に、足取りは覚束なそうだ。それでも執念で征士くんはこのゲームを取った。
第12ゲーム目。このゲームを取れば、征士くんの勝ちだ。それでも何度も、足を伸ばしてストレッチしている。足が攣りかかっているのは間違いない。
「棄権しなくて大丈夫か、瀬戸。俺は手加減なんて出来ないぞ」
「絶対棄権なんかしません。このゲームさえ取れば、僕の勝ちなんですから」
ゲームポイントは40─40のデュースだ。石田さんが高く打ち上げたロブを、ネットに詰めていた征士くんが必死に追う。攣った足で倒れ込みながら、サイドからものすごい角度のドライブショットを放った。ボールはベースラインぎりぎりに落ちて、征士くんのポイントになり、アドバンテージを取った。
もう私は涙ぐんでいた。こんなすごい試合、観たことがない。征士くん、頑張ってと心の中で応援する。
石田さんが鋭くクロスへ打ち込んでくる。足を引き摺っての、深い場所でのラリーは辛そうだ。それでもボールを必死に追いかけて、何とかネットへ詰める。偶然来た甘い球をドロップショットでネットの向こうへ落とした。ボールは落ちた途端軌道が変化して、石田さんとは反対方向へ転々と転がった。石田さんは対応出来なかった。
「ゲームセットアンドマッチ瀬戸! 7─5!」
征士くんが勝った。征士くんは何とか石田さんと握手して、ありがとうございましたとお礼を述べた。そして力尽きたように、その場へ座り込んだ。
「おい、瀬戸! 大丈夫か?」
若竹くんが審判台を降りて駆け寄った。私も消炎剤を持って、皆と走り寄る。
「大丈夫、です。足が攣っただけ……」
「おい、虹川! もう一度、消炎剤!」
私は足に消炎剤を塗った。石田さんが来て、征士くんの足を何度も引っ張り、治してくれた。
「ありがとうございます、虹川先輩、石田先輩。何とか治りました」
それから疲れ果てた顔で、私へ笑いかけた。
「僕、石田先輩に勝てました。きっとこれで、お願いを聞いてもらえますよね」
「勿論に決まってるじゃない。すごい試合だったわ。必ずお願いは聞いてもらえるわ」
皆も口々に言った。
「まさか本当に、石田さんに勝つなんて……。その足でよくやったよ。俺、男だけど、今の試合観ていたら惚れるよなー」
「そうだねー、そんなに満身創痍になってまで。余程その人のことが好きなんだね」
「最後のドロップショットは見事だったね。きっと、好きになってくれるよ」
最後に近づいてきた玲子ちゃんも、征士くんに微笑んだ。
「石田さんが負けちゃって、私は悔しいけど。おめでとう、瀬戸くん。これで名前で呼んでもらって、お弁当も作ってもらえるね。いつかきっと、結婚出来るよ」
「ありがとうございます、神田先輩。結婚してもらえるように頑張ります」
石田さんはびっくりしたように言った。
「何だ。その歳で、結婚まで考えているのか?」
「はい。お婿にしてもらうのが僕の夢です」
「ははっ、婿入りか。それはいい。そのうち瀬戸って呼べなくなってしまうな」
面白そうに、皆笑った。私も笑った。
そうね、お婿さんに来てもらうのは、こんな一生懸命な征士くんがいいかしらね。
そう思った、冬晴れの日だった。
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