38 和風喫茶での名案

 喫茶店は空いていたので、無事七人が腰掛けられる広い席へ案内された。

 注文をして待っていると、それぞれすぐに運ばれてきた。私はクリームあんみつだ。匙ですくってクリームを食べる。甘くて美味しい。


「ねえ瀬戸くん。さっきから思ってたんだけど、何だか綺麗になってない? もともと格好良いけど、髪もつやつやしてるし、肌もすべすべだし、唇もうるんだ感じだし」


 友達がそう言ったので、改めて征士くんを眺めてみた。確かに前に見たときより肌も滑らかになって、綺麗ですっきりした顔をしている。


「そうですか? ありがとうございます。兄がスキンケアとかに詳しくて、教わってみました」

「それ以上格好良くなって、どうするの~? モテモテでしょ?」

「そんなことは……。僕の好きな人が、僕の顔が好きと言ってくれたので、手入れしただけです」


 確かに私は言った。征士くんの発言に、女子は色めきたった。


「やっぱり付き合っている人がいるの? それだけ格好良いもんね」

「いいえ、付き合ってはいません。僕のことを好きになってもらえるよう、鋭意努力中です」

「それだけ格好良くて、テニスもすごく上手で、頭もいいって評判なのに、好きになってもらえないの? ちゃんと好きって伝えた?」

「何回も伝えています。でもまだ、振り返ってもらえません」


 私はあんみつの白玉が喉に詰まるかと思った。慌てて抹茶で流し込む。


「それで顔の手入れとかして、努力してるんだ。でも瀬戸くんの顔だけ好きって、贅沢な話ね。いつも穏やかで性格もいいし、テニスを丁寧に教えてくれて、思いやりもあるのに。それだけじゃ足りないのかって話だね」

「そうだね。瀬戸くんは若竹と違って、ちゃんと女の子の格好も褒めてくれるし。私の彼もこれだけ気が利いていればなあって思っちゃう」

「でも顔が好きって言ったってことは、多少脈があるんじゃない?」


 征士くんはわらび餅を食べながら淡々と言った。


「そうですね。多少意識してもらっていると思います。文化祭のときに、僕が他の女の人に写真を撮られて、少し嫉妬したって言ってくれました」


 隣で玲子ちゃんが、笑いを堪えるように震えている。私は皆から見えない位置で玲子ちゃんのことを小突いた。若竹くんが豆大福をほおばりながら言った。


「そんなに好きなら、こうがばっと男らしくキスでもしちまえよ。そうすりゃ瀬戸なら、一発で落ちるだろ」

「それ、やってみました。でも、そういうことをする人は嫌って言われてしまいました。どうしたら好きになってもらえるでしょうね」

「そうだねー。例えば瀬戸くんはテニスが上手だから、テニス姿でアピールしてみたらどう? 玲子も石田さんのことを、テニスが上手いからって、憧れて付き合い始めたんでしょう?」


 友達がそう言ったので、玲子ちゃんは真っ赤になってしまった。征士くんは驚いたように、玲子ちゃんへ尋ねた。


「神田先輩は、石田先輩と付き合っているんですか? 石田先輩がテニス上手だから、好きなんですか?」

「……石田さんと付き合っているのは本当だけど。でもテニスが上手なところばかりじゃなくて、優しいし、親切だし……」

「でも、いつもテニスの試合姿が格好良いって、見惚れていたじゃない」


 玲子ちゃんはますます赤くなってしまった。着物から見える項まで赤い。


「テニスでアピールですか……。そういえばその人、僕がテニスしてるのに憧れてテニス始めたって言ってましたしね」

「そうなんだ。じゃあテニスのルールは知っているだろうし、試合姿を見てもらったらいいじゃない。ただ若竹相手じゃ、若竹が弱すぎて、アピールにならないかもね」


 くすくすと笑われて、若竹くんは不機嫌になった。


「確かに俺は、瀬戸に負けてばっかりだけど……。瀬戸といい勝負が出来るなんていったら、それこそ石田さんくらいしかいねえだろ」


 若竹くんがそう言い放つと、友達が名案を思いついた、と言った。


「じゃあ玲子に頼んで、石田さんを連れてきてもらったらいいじゃない。それで試合してもらって、瀬戸くんが勝ったら付き合ってもらえるようにお願いするとか」


 とんでもない提案をされ、私が内心焦っていると、征士くんがこちらを見た。


「そうですね……。どう思います? 虹川先輩。僕が石田先輩に勝ったら、付き合ってもらえると思いますか?」

「…………さあ、それはどうかしらね」

「ですよね。じゃあせめて、僕が勝ったら二人のときに名前で呼び合うようにしてもらうとか、時々お弁当を作ってもらうとか、それくらいならお願い出来ると思います?」


 問われて少し考えてみる。それくらいの条件ならば構わないだろう。何より征士くんが石田さんに勝てるとは思えない。


「そうね。そのくらいのお願いなら、聞いてくれるんじゃないかしら」

「そう思いますか!? それならば早速、神田先輩。僕と石田先輩が試合してもらえるように是非頼んでください! お願いします!」

「必死だね~、瀬戸くん。しかも勝ったときの条件がそれだけなんて、謙虚すぎない? 先輩達、健気すぎて、全力で瀬戸くんのこと応援しちゃうよ」


 友達があまりにも一途すぎる征士くんに同情していた。玲子ちゃんは巾着から携帯を出して、石田さんへメールを送った。やがて返事が来たらしい。


「今度の日曜なら空いているから試合してくれるって。いつもの大学の第二テニスコートでいいかって」

「勿論大丈夫です。神田先輩、ありがとうございます」

「どういたしまして。是非勝って名前を呼んでもらったり、お弁当を作ったりしてもらってね。月乃ちゃんも瀬戸くんを応援するよね?」


 玲子ちゃんが意味ありげに笑いかけながら、返事を促してくる。絶対面白がっているに違いない。


「……そうね。でも玲子ちゃん、石田さんへ絶対手は抜かないで、全力で試合してもらえるよう伝えて頂戴。手を抜かれて勝っても瀬戸くんは嬉しくないでしょう」

「そうですね。正々堂々勝負して勝ちたいです。それで絶対、お願いを聞いてもらうんです!」


 征士くんの意気込みに、私以外全員がエールを送っていた。

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