29 クラスメイトの事情説明

 土曜は休みなのでつい朝寝をしてしまい、起きた後、遅い朝ごはんを食べた。

 食休みに部屋で本を読んでいると、豊永さんが扉をノックして入ってきた。


「月乃さんにお客様がお見えになっています。美苑高等部の一年A組の所属だそうで、一応学生証は見せていただきました。深見さんという男性の方と、志野谷さんと山井さんという女性の方ですが……。お約束もないので、お引き取り願いますか?」


 深見くんと志野谷さんが? 意外な組み合わせに驚いた。山井さんという方は知らない。

 来客のことを聞きつけたのか、父も部屋へ来た。


「志野谷さん? 志野谷さんという人は、征士くんの恋人になった女性のことだろう。その人が征士くんの友達と来るのは、どういうことだろうな」

「そうですね。山井さんという方は知りませんが、深見くんは瀬戸くんの仲の良いお友達で、私もお世話になりました。一応、会ってみます」

「征士くんの恋人が元婚約者に会いに来るなんて、尋常ではないな。私も同席しよう」


 父もともに会うことに決めて、豊永さんに三人を応接間へ通してもらうようお願いした。私達も服装を整えて応接間に行くと、座っていた高等部の制服姿の三人が立ち上がった。


「こんにちは、虹川月乃です。こちらは父です」

「初めまして、深見といいます。今日は突然お邪魔して、申し訳ありません」

「初めまして、志野谷といいます」

「初めまして、山井といいます」


 深見くんは前に会った時よりも若干顔色が悪く、志野谷さんは明らかにやつれていた。山井さんという女の子はおさげの気の弱そうな子で、おどおどとしている。


「初めまして、月乃の父です。取り敢えず皆、座りなさい」


 父がそう言って、三人が座卓の手前側、私と父が奥側に座って相対した。豊永さんが五人分のお茶を持ってきて、それぞれの前に置いた。

 豊永さんが去ると、父が口を開いた。


「それで皆は瀬戸征士くんの級友と聞いているが、何の用事かね。こちらはもう瀬戸くんとは縁がないのだが」


 父の問いかけに、深見くんが躊躇いながら答えた。


「はい、それは何となく知っています。ただ僕は瀬戸くんの友達として、虹川先輩と虹川先輩のお父さんに、今回のことでお話したくて来ました」

「今回のこととは何の話だ?」

「はい。虹川先輩と瀬戸くんが婚約解消した件で、ここにいる志野谷さんが嘘を言っていたことです」


 嘘? 疑問に思って、私と父は顔を見合わせた。


「嘘、とは何だね?」


 父の発した疑問に、志野谷さんは身体をびくっとさせて、震える声を出した。


「……はい、私が瀬戸くんと好き合っていると言ったことです。私、美苑の高等部に入って、瀬戸くんに一目惚れして……。彼は優しくて、勉強を教えてくれたり、帰り道雨が降って傘がなくて困っていたとき、わざわざ家まで送ってくれたりして……。何回も好きだって言ったんですけど、父親関係で紹介された婚約者がいるからって断られて、それなら婚約者がいなくなれば私を好きになってくれると思って嘘をつきました」


 俄かには信じられず、父が問いを重ねる。


「しかし、きみと瀬戸くんが口付けをしている写真があっただろう。口付けをするような仲ではないのか?」


 すると今度は、山井さんがデジカメを座卓の上に出した。


「あの写真は……私が志野谷さんに頼まれて撮ったものです。志野谷さんがわざと瀬戸くんに顔を近づけて、キスしているように見えるアングルで……。ここにデータが入ったデジカメがあります。証拠として、デジカメごともらってください」


 山井さんがずいっとデジカメを差し出したので、私と父は画面を覗き込んだ。データを見ると何枚か連写してあって、志野谷さんと顔を重ねた前後に、正面にびっくりしたような顔の征士くんが写っていた。

 尚も志野谷さんは言った。


「キスしたように見える写真と、瀬戸くんのパスケースに入っていた虹川さんとの写真を破いたの、両方を封筒に入れて、瀬戸くんの字を真似して虹川さんのところへ写真が行くように、大学に手紙を回しました」

「…………」


 私と父は呆然として、少しの間言葉を失った。


「……何だって、そんな真似を」

「そこまでしたら、婚約を解消してくれると思ったからです! 私が虹川さんに電話したとき、わざとクラスの用事を瀬戸くんにやらせて、鉢合わせないようにしました。ごめんなさい!」


 最後は涙声で、志野谷さんは言い放った。

 父はしばし考え込んでから、比較的冷静そうな深見くんに尋ねた。


「今の話が本当かどうかはわからないが、何故きみ達はそんな話をしに? 婚約解消したなら、その志野谷さんという子と恋人になるはずだったのだろう?」

「それはありえません。僕達が話に来たのは、瀬戸くんを見ていられなかったからです」

「見ていられなかった?」


 話の途中で、いきなり志野谷さんが大声で泣き始めた。


「私が、私が余計なことをしたから、月乃さんに嫌われた、お前なんか大嫌いだって、瀬戸くんに教室の真ん中で顔を引っぱたかれて……。もう絶対話しかけるなって言われて。あんな怖い瀬戸くん、見たことなかった……こ、怖かった……」


 山井さんが付け足すように言った。


「私達内部生は、中等部のときから瀬戸くんが虹川先輩のことを好きなのを知っています。だから、志野谷さんに好きになるのはやめた方がいいって何回も言ったんですけど、志野谷さん聞かなくて……」

「ちょ、ちょっと待って。瀬戸くんは、私のことが好きなの?」


 慌てて私は言葉を挟む。すると、深見くんは呆れたように言った。


「気が付いていないとは思っていましたよ。あんなに瀬戸はわかりやすく虹川先輩のことが好きなのに。中等部一年のときの『僕の大好きな月乃さんのお弁当』で有名ですよ」

「…………それが、『伝説のお弁当』?」

「そうです。中等部一年から、あいつはずっと虹川先輩のことが好きです。何故気付かないのか、僕にはわかりません」


 今度こそ本気で、私は絶句した。

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