10 バレンタインにおせんべいはいかが?
クリスマスプレゼントもそうだが、バレンタインは尚更手渡ししたい。
征士くんにメールすると、部活が休みの日なので、放課後良かったら自分の家に遊びに来てくださいという返事だった。私は二つ返事で了承した。
ご両親とお兄様がいらっしゃるそうなので、気合を入れてトリュフチョコレートを家族分作った。なかなか上手に出来たと思う。
当日、チョコレートと紅茶の茶葉も添えて瀬戸家を訪れた。
「いらっしゃいませ、月乃さん」
「お招きありがとう」
小さいながらも整頓された、綺麗な玄関で迎えられた。
通されたリビングも暖かな感じで趣味が良い。
「ご家族は?」
「両親は、今日は仕事で遅くなるみたいです。兄は……知りませんけど」
そんな話をしていたとき、玄関の扉が勢い良く開いた音がした。
「ただいまー。あー、今年も大量……って征士、そっちの女の子、誰?」
「兄さん! 失礼だよ」
兄さん……。征士くんのお兄様か。征士くんと同じさらさらの黒髪だが、切れ長の目の涼しげな感じの美形さんだ。両手に紙袋を持ち、その中にはチョコレートがたくさん詰まっている。
「お邪魔しています。虹川月乃と申します」
「あ、あー……。月乃さんですね。いつもお話は征士からかねがね。俺は征士の兄の
私は紙袋にちらりと目をやった。
「あの……。余計だとは思うんですけれど、お土産のチョコレートです。後、紅茶の茶葉の詰め合わせなんですけれど、良かったら」
「え、俺にもチョコレートを? ありがとうございます。もしかして手作りですか?」
「はい、一応」
聖士さんはラッピングを開けて、その場でトリュフチョコを食べてくれた。
美味しい、と顔を綻ばせる。
「褒めていただいてありがとうございます」
「月乃さんってお菓子作り上手なんですねー。髪もすごく長くて綺麗ですね。征士にはもったいない。俺に乗り換えません?」
「兄さん!」
征士くんが声を荒らげた。彼が感情を露わにするのは珍しい。征士くんはさっさと立ち上がると、僕の部屋へ行きましょう、と促してきた。
私は聖士さんに会釈して、征士くんの後についていった。
「ここです」
階段を上って、征士くんの部屋へ招き入れてもらった。六畳程度のフローリングの部屋。片隅にパイプベッドが置いてあって、その横のチェストの上にはいくつか小さいトロフィーが飾ってある。勉強机も整理されていて、全体的に明るくて落ち着く部屋だ。
「綺麗な部屋ね」
「いや、月乃さんが来るから大慌てで片付けたんですよ」
そして、征士くんは機嫌をうかがうように私を見た。
「あの……。先程は兄が失礼しました」
「失礼なんてされてないわよ。礼儀正しくて、面白いお兄様ね」
しかし彼は少しむうっとしたような顔つきをした。
「兄の言葉は本気にしないでくださいね。あの人はすごい女たらしで……。今日も誰かとデートでもしてくると思っていたんですけど」
「あはは。すごいチョコレートの数だったものねえ。お土産チョコにして失敗だったわ」
「あの……僕にもいただけますか?」
あ、そうだった、それが本題だったとトリュフチョコのラッピングを手にした。そのまま手渡そうとすると、征士くんは私の手ごと、チョコレートを包み込んだ。
「月乃さんの手、つやつや……。温かい」
「え、ちょ、ちょっと……」
チョコレートが溶けてしまう、と思うのに、彼の手を振りほどけない。かあっと顔が熱くなるのがわかった。
そのとき、入るぞーと声がして扉が開いた。私達はぱっと手を放した。
「月乃さんが持ってきてくれた紅茶淹れたんだけど……。もしかしてお邪魔だった?」
聖士さんの言葉に慌てて首を振る。
「いえ、チョコレートを渡していただけで……。あ、そうだ、これご両親にもどうぞ」
聖士さんに、あと二つチョコレートを渡す。
聖士さんは受け取ると、にやりと面白そうに征士くんを眺めた。
「ああ、そうそう。何故か納戸にチョコレートがたくさん詰め込まれていたぞ。俺のより多いんじゃないか?」
「え? ……ああ……征士くんの分」
私は聖士さんの言葉に納得した。征士くんは、去年もいっぱいチョコレートをもらっていたという噂だ。何も納戸に仕舞わなくても、と思う。
「そんなにチョコレートが多いならば、来年は私はおせんべいとかの方がいいかしら。同じものばかりなんて、飽きちゃうわよね」
私の提案に、兄弟二人はぎょっとしたような顔をした。
「いえいえ、来年からもずっと、僕はチョコがいいです!」
「そうですよ。本命からおせんべいなんて、何て男心が報われない……」
折角いい案だと思ったのに、兄弟に揃って反対されるとは……。何だか釈然としなかった。
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