2 虹川家の秘密

 私は眠りにつく度、予知夢を視る。

 予知夢は断片的で、繰り返し視ることで流れを掴む。

 それでも私の予知の的中率は約六割だ。母が生きていた頃、その予知夢の的中率は約八割だったと聞く。祖母も八割。代々に比べ、私の能力は劣っている。


 虹川家の秘密。それは代々、直系の女子のみが受け継ぐ予知夢の能力。ただし自らの予知は出来ない。出来ていたら、母は事故に遭うこともなく未だ存命だっただろう。

 予知夢の能力が伝わるといっても、それは伴侶にも大きく影響される。


 身近な例が父と母だ。専門の占者に婚約者候補を立ててもらうが、母が選んだのは、その中でも序列が低かった父だ。一目惚れだったそうで、誰も母の熱烈さに反対出来ず、そうして結ばれた末に生まれたのが私だ。能力が劣っているのは、父の『資質』の影響が大きいのが否めない。


 予知夢は虹川家を支えてきた。


 あそこの会社は経営が傾きかけてきた。ここの会社の株価が上がりそうだ。将来的に鉄道が出来、あの土地の価格は跳ね上がるだろう。そんな予知の情報が、虹川家を資産家として繁栄させてきた。


 だから、予知の的中率が下がったのは致命的だ。


 繰り返しの予知夢でもしつこい程に視た、まだ確実と思える情報を提供しているが、圧倒的に量が少ない。資産は十二分にあるものの、母亡き後、父は占者達を緊急招集し、私の婚約者選びに熱を入れた。

 熱を入れて熱を入れて……時間と手間とお金を惜しみなく注ぎ込んで選ばれたのが、瀬戸征士少年だったそうだ。


 父は狂喜乱舞した。占者達によるとこれ以上ない伴侶だとか。彼と結ばれて娘が生まれれば、その予知的中率は歴代最高の九割を誇るかもしれないということだ。


 しかも彼は自社傘下の社員の息子。断るに断れないだろう。父は喜々として、急いで外堀を埋めにかかった。公立中学に行く予定だった征士くんを、裏から手を回し、美苑大付属中等部に入学させたのだ。私立として学力はそれなりに高いが、それ以上に学費が高い。ただその分、内部進学が出来る為、経営論を学ぶ時間はありそうだ。勿論、学費その他費用は虹川家持ちだ。


 婚約話を突然持ちかけた上、こんなこちらの都合で学校まで決めてしまって、瀬戸一家には本当に申し訳ない。特に征士くんは内情を知ったら怒るだろう。せめて仲良くなり不自由なく学校生活を送ってもらえれば、と切に願った。


 ♦ ♦ ♦


 瀬戸家の前に我が家の車を停める。

 これから一年間、私が高等部卒業まで一緒に登校だ。征士くんが部活に入るかもしれないので、下校は別。せめて卒業まで毎日顔を合わせてこいと、父のいらないお節介である。

 瀬戸家はごく普通の一軒家だ。周りも同じような住宅が立ち並ぶ。虹川家の中でも、一番目立たない車にして正解だった。


「お待たせしました。おはようございます」


 征士くんが車に乗り込んできた。まだ丈の長い、ぶかぶかの制服が初々しい。


「おはよう。昨日の入学式はどうだった?」


 昨日は中等部の入学式だった。


「何だか……大きな学校で、圧倒されました」


 私は美苑しか知らないが、学費がよそより高いと聞くだけあって、設備も差があるのだろう。入学式の後では学校案内も行われたはずだ。


「パソコンルームは最新式で広かったし、天体観測用の施設まであったし……プールが室内の温水で、野球場もサッカー場もハンドボールコートもめっちゃ整備されてて。体育館は二つもあったし……」


 彼は指折り数えて報告する。私はにこにこして訊いた。


「何が一番気に入った?」

「はい! テニスコートが六面もあったことです」

「テニスコート?」


 意外な答えに目を見張る。テニスコートは体育で使ったことがあるが、取り立てて変わった所はなかったはずだ。


「テニスに興味あるの?」

「そうですね。小学校のとき、近所でちょこっと習ってました。コートが六面もあるならたくさん練習出来るだろうし、ナイター設備もあったし。出来たらテニス部に入りたいです」


 線が細い美少年なので、まさか運動部志望とは思わなかった。でも、さらさらな黒髪を靡かせてテニスをする征士くんを想像すると、絵になる気がする。これから成長期だし、体力をつけるのは悪くないのではないか。


「そうなの。テニスはあまりルールとか知らないけど、頑張ってね」

「結構体力勝負なんですよ。まだ1セットの勝負しかしたことないんですけど」

「ふふ。無理しすぎないでね」


 話し込んでいるうちに、学校へ到着した。専用の駐車場に停め、私達は車から降りた。


「あ、これ良かったら。お弁当」


 もしかしたら持ってきているかもしれないなー、と思いつつ渡す。確認していれば良かった。


「え、わ、ありがとうございます。学食か購買にしようと思っていたので」


 彼は顔を輝かせて喜んでくれた。


「良かった。私は毎日お弁当だから、一緒に作るわ。いらない日があったら言ってね」


 私はいつもお弁当を作っている。一つも二つも手間は変わらない。


「ええっ! 月乃さんの手作りなんですか?」


 過剰な程驚かれてしまった。私が料理するのがそんなに意外だろうか。我が家は家風なのか、割と花嫁修業が厳しい。多分、どんなタイプの婿が来てもいいようにだろう。


「うーん。一応中等部のときから作っているけれど。口に合わなかったら、遠慮なく意見を頂戴」

「わかりました。ありがとうございます」


 中等部と高等部の校門は反対側なので、私達はそこで別れた。お弁当が重ならなくて良かったが、果たして征士くんの口に合うかどうか。期待半分、不安半分で私は高等部の門へ向かった。

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