予知姫と年下婚約者

チャーコ

本編

1 年下婚約者は美少年

「初めまして、虹川にじかわ月乃つきのと申します。美苑みその大学付属高等部の三年生です」

「は、初めまして。瀬戸せと征士まさし、です」


 広々とした和の応接間。私、月乃の横には父が座っており、漆塗りの座卓の向こうには、少年とその両親が正座していた。

 少年は美苑大付属中等部の制服を着ていた。ブレザーのネクタイの色は橙色。一年生だ。気の毒なくらい緊張しているのがわかる。幼さが残るが、大きな瞳、美しい鼻梁、綺麗な薄い唇は絶妙に配置されていて、将来有望そうなのが今から見て取れる。緊張のあまり蒼白になっているのを見ても、白皙の美少年かとやっかんでしまいそうだ。

 対する私の容姿は平々凡々。十人並みという言葉がよく似合うことは自覚している。唯一の取り柄といえば、念入りに手入れをしている長い黒髪くらいか。


「先日、申し入れた通りだが」


 私の父が重々しく口を開いた。


「そちらの瀬戸殿の御次男、征士くんを、私の娘月乃の婿として婚約していただきたい」

 

 父の言葉に、少年の両親は身体を縮こませて、こくこくと頷いた。


「も、勿論異論はございません。征士は次男ですし、婿入りしても全く問題ありません。ただ……。虹川会長の後継者としての素質があるのか、そればかりが心配になってしまうのですが……」


 少年の父親が汗をハンカチで拭いながらそう言うと、父はそれを笑い飛ばした。


「何、『資質』は充分だ。それにまだ十三歳とのこと、経営は追々学べばいい」

「はあ……」


 全く納得がいっていない様子の少年の一家。当たり前だろう。一体何でこんなことにと困惑を隠せていない。


 ♦ ♦ ♦


 私の家は代々伝わる資産家だ。グループで何社もの会社を運営している。そんな会社の中の一社、そのまた子会社の一社員の次男に、どうして突然私の婚約者としての白羽の矢が立ったのか。それまで全く関わりのなかった親会社の会長からの申し入れを、さぞ不審に思ったであろう。

 私はこっそり息をついた。


「まあ、月乃。征士くんと庭でも散歩しておいで」


 瀬戸一家の緊張を見かねたのか、父がそう提案してきた。私にこのガチガチの少年の心を解せと、そう言いたいのだろうか。いや、無理なんじゃないかしらね?

 また溜息をつきそうになったが、これも年長者としての務め。しかも唐突に親会社の権威を振りかざしたかのような押し付けの婚約話。非があるのはどう見てもこちらだ。


「そう、ですね。瀬戸くん、お嫌でなければ我が家の庭を案内しますよ」


 少年の様子をうかがう。顔を少しばかり縦に動かしたのを見て、私は立ち上がった。今日は私も制服姿だ。プリーツスカートの襞を僅かに直す。

 彼も立ち上がったのを見て、障子の外へと先導した。そのまま廊下を横断し、庭へ降りる石段へ向かう。元よりそのつもりだったのか、石段には私と少年の靴が並べられていた。

 庭に下り立ち、私は鯉のいる池へ足を向けた。終始無言の少年を気遣い、話しかけた。


「瀬戸くん、この先池があるんです。金の錦鯉が綺麗で、私は好きなんです」


 振り返って威圧感を出さないように、笑顔を心がける。少し間をおいて彼は口を開いた。


「征士、で結構です。あと、僕の方が年下なので敬語もいりません」


 ややきっぱりした物言いに私はちょっと驚いた。中学一年生にしてはしっかりしている。先程までと比べて、あまり物怖じもしていない。


「そう。では私のことも月乃と。よろしくね、征士くん」



 二人で池端にしゃがみこんだ。赤や金の鯉が思い思いに泳いでいる。


「ねえ、私との婚約話、突然だったでしょう。驚かなかった?」


 征士くんの横顔を見ながら問いかける。白い肌はつやつやで、こちらとしては女として面目が立たない。


「……驚かなかったと言えば、嘘になります」


 静かに、征士くんが答えた。


「せめて、兄の方が月乃さんにもう少し歳が近かったと思うのですが……虹川会長が、僕にしか資質がない、と仰って」


 資質って何でしょうか、会社経営なんて考えたこともなかったんですけど……征士くんの疑問に曖昧に微笑む。


 まだ、言ってはいけない。『資質』は、虹川家直系しか知らない秘密だ。


「虹川の家に巻き込んで申し訳なく思っているわ。征士くんに他に好きな人がいたり、会社経営に全く興味がなかったら、すぐにでも私に言って。私なら征士くんに悪くならないように何とでも言えるから」


 これは本心だ。まだ十三歳なのに、大人の都合で勝手に将来も結婚相手も決められて納得はしないだろう。しかも婚約者は五歳も年上の容姿平凡な女だ。

 征士くんはそれでも顔を横に振った。


「別に好きな女の子なんて今まで考えたこともなかったですし。将来も何となく父のような普通のサラリーマンになるんだろうな、程度にしか考えていませんでしたから。だから、今回僕を必要と言ってもらえて少し嬉しかったんです」


 はにかんだ横顔は年相応にいとけなくて、私は胸の痛みを押さえた。

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