167.運命の日

 今日は十二月二十四日。つまり運命の日である。

 これまで何度もクリスマスを葵と瞳子と過ごしてきた。毎年三人でどんなクリスマスにしようかと相談して、楽しいイベントにしてきたものである。


「今回ばかりは二人に相談するわけにはいかないけど……」


 けれど、自分なりの答えを出したつもりだ。

 目が覚めて顔を洗ってご飯を食べる。特別な日だからって、緊張しすぎも良くないだろう。朝はいつも通りを心掛けた。

 当日になっても自分に問いかけずにはいられない。本当にこの答えでいいのか? この答えで本当に葵と瞳子は納得してくれるのか? 不安が一切ない、と胸を張れるわけではなかった。


「だからって、ここまできて弱音なんか吐いてられないよな」


 時間はたくさんもらった。これ以上中途半端な関係を続けるわけにはいかない。そんなのは彼女たちも、俺も、誰も望んではいないことのはずだ。

 葵と瞳子。身も心も美しい二人の女性に愛されている。

 どちらも俺には勿体なさすぎる女の子だけど、この状況を望んだのは他の誰でもなく俺自身だ。まさか二人の美少女から好かれるとまでは思っていなかったけれど、初めから好意を寄せられるためにと行動したことは否定できない。

 だからこそ、きちんと答えを出す。人生をやり直して、彼女たちと関わってきた。自分のやってきたことの責任を果たさなければならない。

 できるだけ心を落ち着けてから外出の準備を始める。身だしなみを何度もチェックして、デートプランを暗記したと断言できるくらい読み返した。

 約束の時間が刻々と迫ってきている。まだ二人に会ってもいないのに、心臓が張り裂けそうなほど強く鼓動する。


「どんな結果になっても、これが俺の答えだ……。今度こそ、胸を張って伝えてみせる」


 小さく呟く。言葉が体に沁み込むように、震えていた指先が次第に収まっていった。


「……よし。行こう」


 最終チェックを済ませて、俺は家を出た。彼女たちとの長い付き合いに決着をつけるために、俺は覚悟を決めていた。



  ※ ※ ※



 待ち合わせ場所の駅前に到着。心を落ち着ける時間が必要だろうと思って早めに来た。


「トシくんお待たせ。てっきり私が一番かと思っていたのにー」

「早いわね俊成。待たせちゃったかしら?」


 まずは深呼吸でもしようか。そう思った矢先に葵と瞳子に声をかけられた。……二人とも早いね。

 驚いたことを悟られないように、俺は笑顔を二人に向ける。


「いいや。俺も今来たところだよ」


 本当にね。こういうのって本当は待っていたけど、そんな風に見せないっていう男のカッコ良さが問われる場面じゃないの?

 そんなわけで、待ち合わせ時間よりもだいぶ早く、俺達のデートは始まった。


「じゃあ、早速行こうか」


 さりげなさを装って、葵と瞳子に視線を走らせる。

 葵は上に暖かそうなニットに、フレアスカートという組み合わせ。黒ストッキングを履いており、可愛らしいのに体のラインが強調されている服装だ。ピンクのコートがさらに彼女の魅力を引き立てている。

 瞳子はウエストベルトに大きめのパールが連なった上品なワンピース姿だった。タイツとヒール付きブーツが大人っぽい印象を抱かせる。淡い青色のコートが大人っぽさだけではなく、可愛らしさを主張していた。


「二人ともおしゃれしてくれてありがとう。とっても似合っていてすごく可愛いよ」

「う、うん……。ありがとうトシくん……」

「そ、そう……。俊成もカッコ良いわよ……」


 葵と瞳子はいつもと違ってぎこちない。ただ歩く動きでさえ硬さが見えた。

 ……それもそうだよな。俺だってずっと緊張したまま今日という日を迎えたんだ。二人からすれば俺以上に緊張していたっておかしくない。

 きっと、まともに眠れなかったのだろう。だから早くに家を出た。たぶん葵と瞳子は話し合って決めたわけではないのだろうが、同じような気持ちだった二人は待ち合わせ場所に到着した時刻が重なった。

 ……やっぱり、俺達三人は気が合う。今日がどんな結末を迎えるかはわからないけれど、それでも今日一日のデートは最高に楽しめたらと思う。


「「あ……」」


 両手の指先で、葵と瞳子の手のひらをくすぐる。二人は白い吐息を零しながら俺を見つめた。


「えへへ、今日はトシくんがエスコートしてくれるんだもんね。どこに連れて行ってくれるか楽しみだよ」

「ふふっ、期待しているわよ俊成。楽しいデートにしましょうね」


 左に葵、右に瞳子。二人は俺の手を握り歩き始めた。その足取りからはもうぎこちなさを感じない。


「どこへ行くのか聞いてもいい?」


 葵が笑顔で尋ねてくる。今回は当日までデートプランは秘密にしていたのだ。


「ゆっくりイルミネーションを見たいと思ってな。少し遠いけどいいか?」

「もちろんだよ」

「イルミネーションを見るなら遅くなるわよね。夕食はどうするの?」

「レストランを予約しているから問題ないよ」


 高校生にしては少し背伸びしたレストラン。けれど大人からすれば手が届かないというほどでもない。そんなレベル。

 そのくらいが今の俺達にはちょうど良いように思える。静かで落ち着いた場所で、大切な話をしたいから。少しの背伸びがちょうど良かった。


「……」


 いつも通りにと意識して振る舞いながら、内心ではドキドキが止まらない。

 優柔不断な自分のツケを払う時がきたのだ。人生をやり直したくせに、恋愛下手なままの俺。一度目も二度目も、みんなが一般的に経験するであろう「普通」にも達しきれてはいない。

 そんなことはわかっている。そんな自分に嫌気がさしていたのは誰であろう俺自身だったから。


「全部上手くいけばいいのに……」


 人生をやり直して無双する。そんな最強の俺を夢想していた時期もあった。

 でも、元から前世でダメダメだった男なのだ。いろいろなことを改善できたけれど、すべて思い通りというわけにはいかなかった。


「ん、トシくん何か言った?」


「いいや」と首を振る。

 それでも、こんな俺を好きになってくれた女の子がいる。それこそ夢ではないのだ。


「難しく考えなくてもいいわよ俊成。今日を最高に楽しむ。とってもシンプルな答えでしょう?」


「ああ」と頷く。

 しかも二人同時にだ。おかげでダメダメではなくなったと思う。


「葵、瞳子、二人ともありがとう」


 葵と瞳子に感謝している。今の俺がいるのは二人が隣にいてくれたおかげだ。そう断言できる。

 だから伝えよう。この気持ちが俺の本心であると。正直な気持ちが二人に届くように、決意した答えを伝えるんだ。


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