157.二人分の本物

 暗幕で仕切られた小さな個室。「占いの館」と示されたここは妖しげな雰囲気が漂っていた。


「むむむむ……。あなた達二人は交わるはずのない運命。なのに恋人という奇跡。恋愛運は皆無のはずですが……この奇跡の前では運勢なんてあてにならないでしょう」


 占い師っぽい衣装の女子が水晶玉に手をかざしながらそんなことを言った。

 それっぽい雰囲気を感じさせるけど、これはあくまで文化祭の出し物だ。本職の占い師さんではないので運命やら未来やら知るはずもない。……だよね?

 交わるはずのない運命ってのは、前世のことを言っているのであれば当たっていると言えなくもないか。まあ今は前世の運命とか関係ないけどね。


「……」


 だから瞳子さんや。関係ないんだからそんなに顔を青くする必要はないんだよ。


「コラーーッ! お客様に向かって『恋愛運皆無』ってはっきり言う占い師がいるか!!」


 占い師のクラスメートなのだろう。怒った顔の女子が個室に入ってきた。あなたもはっきり大声で言ってますけどねー。


「でも、私占いには自信があって──」

「おだまり! アンタはただお客様にとって耳に心地いいこと言ってりゃあいいのよ! 占いなんかどうとでもとれるようなことさえ言ってればみんな満足してくれんだから!!」


 この人大声でなんてこと言いやがるんだ……。

 こんなにも大声で占いを否定するものだから、せっかく行列ができていたのに一気に客がいなくなってしまった。自分の発言には気をつけたいものである。



  ※ ※ ※



「占いって本当に水晶玉使うんだな。俺初めて見たよ」

「そ、そうよね。本格的だったわね……」

「まあ中身は適当にいいこと言っていればいいやって感じだったけどな」


 瞳子は笑ってはいるものの、ぎこちなさが残っていた。「恋愛運皆無」と言われたのがショックだったのかもしれない。

「気にするな」と言うのは簡単だけど、それで気が晴れるわけでもない。何か他に興味をそそられるようなものでもあればいいのに……。


「そういえば瞳子のクラスって演劇やるんだったよな。もうすぐ始まる時間だし行ってみないか?」

「あたしは生徒会で文化祭実行委員の仕事があったから、クラスの方にはあまり関われてはいないけれど……。ううん、関われなかったからどうなっているのかって気になるわね」

「よし決まり。じゃあ一年F組へ行こう」


 瞳子と手を繋いで一年F組へと向かう。堂々と手を繋げるのも文化祭ならではだった。

 一年F組の教室に辿り着くとけっこう人が入っているのが見えた。見た限りだと女子がかなり多い。


「あっ、木之下さーん。おっ、着物かわいいねー。どこで着せてもらったの? おお? しかも着物男子を連れちゃってまあ……。もしかして彼氏とデート?」


 受付の女子がにこやかに話しかけてきた。

 クラスが違うから詳しい様子はわからないけれど、瞳子はクラスメートと仲良くやっているのだろう。なんだか安心するのは親心みたいなものかもしれない。


「ええ、そうよ」

「えっ!?」


 あっさりと肯定する瞳子。自分から聞いたはずの女子はびっくりしたみたいに仰け反った。


「……そう言えるような関係になりたいから。あまり冷やかさないでもらえるかしら?」

「う、うん……変なこと言ってごめんね」


 受付の女子にチラチラ視線を送られる。ああは言われても気になるよね。

 こういう時こそ堂々と胸を張る。瞳子の隣にいても違和感を持たれないようにしたい。今の俺はカッコ良い着物男子なのだ。


「本当は彼氏なのに、嘘ついちゃった」


 中へと通され、客席に着いたと同時に瞳子が口を開いた。


「まあ、中学の時みたいに変に騒がれるのも嫌だしな。……二股かけてる俺のせいなんだけど」

「ううん。俊成があたしと葵のために秘密にしようって言ってくれたのを知っているもの。だから悪いなんて思っていないし、急かすつもりもないからね」


「でも」と瞳子は続ける。


「文化祭くらいはいいわよね? 葵も、昨日は俊成に甘えてたらしいし」

「う、うん」


 そっと、彼女が俺の手の甲に触れる。そのサインを正しく受け取り応える。

 指と指が絡み合う。さっきみたいに堂々とではなく、俺達はこっそりと手を繋いだ。

 室内が暗くなる。ステージにだけ明かりが集中する。そろそろ演劇が始まるようだ。


「ジュリエット。もう一度、君の声が聞きたい」


 本郷が登場すると観客から女子の黄色い声が響き渡った。

 女子の人数が多いとは思ったけど、みんな本郷目当てだったらしい。一年にしてサッカーで高校最強と呼ばれているだけじゃなく、誰もが認めるイケメン。そりゃあ注目度が違うよな。しかも無難に演じてやがる……。

 演目は「ロミオとジュリエット」か。高校の文化祭としては定番の一つだろう。

 ロミジュリの流れで物語が進んでいたと思ったら、突如ステージにもう一人のロミオが現れた。予想していなかった登場人物に、劇の雰囲気が一変した。


「ジュリエット! そいつは偽物のロミオだ。騙されちゃあいけない」

「なんだと! 貴様こそ偽物だ。ジュリエット、あいつの言葉に耳を傾けるな」

「貴様っ。ジュリエットに近づくな!」

「貴様こそジュリエットに近づくんじゃない」

「こうなったら」

「こうなったら」

「「決闘だ!」」


 てなわけで、二人のロミオが戦い始めた。互いに剣を抜いて本格的にやり合うようだ。

 キンキンキンキンキンキン! 二人のロミオが剣を交える。効果音が迫力を演出していた。剣がぶつかる音まで準備しているとは感心させられる。


「『ロミオとジュリエット』をやるとは聞いていたけれど、こんなアレンジしていたなんて知らなかったわ……」


 ぽつりと呟く瞳子。まあこれはこれで新鮮でいいと思うよ。

 それに本郷の動きは迫力があって目を惹く。瞳子も高校生の演劇とは思えないほどダイナミックなアクションシーンに目を奪われていた。……ちょっとジェラシー。


「ああロミオ……。私はどうすればいいの」


 ジュリエットは二人の間でオロオロしていた。いきなりロミオが二人になって戦い始めたら、そりゃあうろたえもするよなぁ。

 ロミオの剣が弾き飛ばされる。どっちかじゃなくてどっちもだった。相打ちってことか?


「やるなロミオ」

「お前もなロミオ」


 ロミオがロミオの健闘を称えている。いやもうこれわけわかんねえな。ロミオがゲシュタルト崩壊しそう。

 二人のロミオは固く握手を交わした。戦いを通じて友情が芽生えたらしい。この場面でも観客席から黄色い声が聞こえていた。


「「ジュリエット」」


 二人のロミオに見つめられ、ジュリエットは照れたような仕草をする。照れるところなのかジュリエット。


「「僕達と愛の逃避行をしよう」」

「はい。喜んで」


 喜んじゃうんだジュリエット……。

 ロミオ(複数形)とジュリエットは三人で幸せになって終わった。ハッピーエンドが受け入れられたのか、大盛況のうちに幕が下りた。



  ※ ※ ※



「みんな喜んでいたわね」

「一応大団円だったからな」

「……あの台本、本郷がけっこう口出したらしいわね」

「本郷……。ロミオ役だけじゃ満足できなかったのかよ」


 演劇が終わって、一年F組を後にした俺達は再び模擬店を見て回っていた。

 瞳子は演劇に関われなかったためか、少し落ち込んでいるようにも見える。その分生徒会の仕事をがんばったんだからいいじゃないかと思うんだけど、彼女の心はそういうわけにもいかないらしい。


「でもまあ、瞳子のジュリエットが見られなかったのだけは残念だったな」

「え?」

「ほら、ジュリエット役の人がドレス着てたからさ。俺は瞳子のドレス姿が見たかったよ」


 目を瞬かせる瞳子。それから彼女は微笑んだ。


「そうね。あたしも俊成のロミオを見られなくて残念だったわ」

「俺が二人目のロミオになれと?」

「二人分のロミオをがんばればいいじゃない」

「分身でもしろと? それはさすがに無茶すぎでは……」

「なら決闘は絶対に勝ってね。あたし、俊成以外は嫌だから」


 澄んだ青い瞳が俺をしっかり捉えていた。

 ぎゅっと胸を締めつけられる。瞳子の気持ちはとても強くて、俺は覚悟を試されているように思えてならない。


「あの、瞳子……。今日なんだけど」

「聞いてる。葵に、俊成との時間を分けてほしいって言われたわ」


 葵は隠すつもりはないようだった。ちゃんと瞳子に伝えていた。そのうえで俺に選択肢を持たせていたのだ。


「葵は俊成に何かを伝えるつもりよ。その内容はわからないけれど、想像くらいはつくんじゃない?」

「大事なこと、だよな」

「ええ。きっとあたし達にとって大切なことね」


 瞳子の目が俺から逸れる。強い印象を抱いていたのに、今の瞳子は少しだけ弱く感じられた。


「あたし達は、決闘でもしないとどうしようもないのかもね」

「……」


 俺は何も言えなかった。俺が口にできることはあまりにも少ない。

 その少ない選択肢は、どれも間違っているような気がして。どうしても示すことができない。


「文化祭が終わる三十分前。葵は屋上で待っているわ」

「瞳子……」

「行ってきなさい。葵のため以上に、俊成にとって必要なことになるだろうから」


 瞳子は微笑む。感情を読み取らせないようにしているのか、その笑みは貼りついて剥がれそうにない。


「その分、時間まではあたしに付き合ってもらうわよ。まだまだ行きたいところがあるんだからね」

「ああ。……ありがとう瞳子」


 俺が小さく口にした感謝は、瞳子の耳に届かなかった。いや、聞こえていてあえて聞かないフリをしていたのか……。それは本人にしかわかりようがない。

 瞳子の手を握る。今、楽しそうにしている彼女が本物であってくれと願った。


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