156.着物は特別サービスなんだからねっ

 文化祭二日目がやって来た。

 今日も江戸時代喫茶で働く俺。着物にも慣れたからか、接客にキレが出てきた気がする。


「そこの俊成。注文をお願いするわ」


 名指しされて即座に反応。お客様の声に素早く耳を傾けることこそ接客に必要なことである。

 俺を呼んだのは銀髪ロングに吸い込まれそうな青い瞳をした美少女だった。そんな美少女、もちろん瞳子以外にいなかった。

 脚を組んで俺を待つ瞳子はとてもセクシーだ。彼女の美脚が強調されているし、何より様になっていた。


「はい。ご注文を承りにきましたよお客様」

「ふふっ。仕事熱心じゃない」

「そりゃもう、相手が瞳子だからな。全身全霊で接客させてもらうに決まってるだろ」

「それなら特別サービスでもしてもらおうかしら?」


 流し目を送ってくる瞳子。なぜだかドキリとさせられる。


「と、特別サービスって?」

「そうね……」


 ふむ、と考える瞳子。俺を上から下までじっくり観察し、ほわぁと小さく息を漏らす。

 瞳子が恐る恐るといった感じに俺の着物の袖をちょこんと摘まむ。


「俊成の着物姿って……なんだかとてもいいわね」


 瞳子は頬を朱に染めながら、ぽつりと言った。


「もしかして触りたかった?」

「ええ……。恥ずかしいけれど、俊成の、見ているだけでとてもドキドキしていたのよ」

「言ってくれればよかったのに。瞳子にならいつでも触らせてあげるよ」

「でも恥ずかしいじゃない。触ってみて、俊成の熱を感じるだけでなんだか別物みたいだわ」

「ただの着物だって。でも、こんなに触らせるのは瞳子だからだよ」

「ふふっ。特別サービスってことね」


 まあ着用しているからこその魅力があるってのは同意だ。葵のメイド服姿もやばかったしな。

 こんなんで特別サービスというのならかわいいものだ。興味津々の瞳子に身を任せることにした。


「あ、あのっ」

「「え?」」


 俺と瞳子は声に反応して顔を向ける。そこには視線を泳がせた望月さんがいた。


「そ、その……ここはいかがわしいお店ではないので……。自重してください瞳子さん!」


 望月さんはそう言い切ってから小走りで奥へと引っ込んでしまった。

 しばし固まる俺。瞳子も同じように固まっていたけれど、何かに気づいたのか、ばっと着物から手を離した。


「そそそ、そんなつもりで触っていたわけじゃないからねっ!」


 真っ赤な顔で瞳子が立ち上がった。けれどその行動は他の客から注目されるだけであり、余計に恥ずかしい思いをするはめになるのであった。



  ※ ※ ※



 俺のシフトが終わった。ここからの自由時間は瞳子とデートである。


「トウコ! 特別サービスしてあげるからこっちに来て!」

「クリス? な、何? 引っ張らないでよっ」


 と、その前にクリスのパワフルな一言で、瞳子は連行されてしまった。

 待つこと十数分。なんと次に現れた瞳子は着物を着ていたのだ。


「特別に貸してあげるわ。うんっ、トウコの着物姿を見たわたしはとっても幸せよ!」

「あ、ありがとうクリス」


 クリスは興奮でいっぱいになった表情で瞳子に見惚れていた。そしてカメラでパシャリ。どうやらレンタル代は写真で済ませてくれるらしい。


「と、俊成……ど、どうかしら?」


 瞳子が上目遣いで尋ねてくる。落ち着かないのか袖に触れてそわそわしていた。

 着物に合わせてなのか、長い銀髪を結っていた。透き通るような白いうなじが着物をアクセントにして色っぽさをこれでもかと増している。

 控えめに言って、かなり似合っていた。


「ん、そうだな……」

「う、うん……」


 なぜか言いよどんでしまう。やばい、顔が熱くなってきた。

 今さら彼女を褒めることに恥ずかしさを感じるなんて……。これが着物マジックか。胸がドキドキしすぎて声を発するのに時間がかかった。


「か、かわいいよ瞳子。すごく似合っていてかわいい……」

「ん~~!」


 瞳子がピクンと震える。びっくりして俺もビクンって肩が跳ねた。


「ど、どうした?」

「いえ、ちょっと……なんだか嬉しすぎちゃって」


 顔を赤くする瞳子は、それでも嬉しさが隠せないようで口元を緩ませていた。

 パシャリ! 意識していなかったフラッシュが俺と瞳子を襲う。


「これが青春……。高校の文化祭には青春が詰まっているというのは本当だったのね。青春の一ページを収めてしまったわ……」


 カメラを構えたクリスがうっとりしていた。また誰に何を教わったのやら。

 クリスがしでかしたことに気づいた瞳子がプルプルと震える。顔はうつむいていて表情は見えないけど、カウントダウンがすでに始まっているのは気づいていた。


「ク……クリスーーっ!! 勝手に写真を撮るんじゃないわよーーっ!!」


 瞳子は目を吊り上げて怒った。彼女の怒った顔を久しぶりに見たなとほのぼのする俺は彼氏の余裕に満ちていたのかもしれない。



  ※ ※ ※



 学校の敷地内に私服姿の一般人がたくさんいるというのは、なんだか不思議な光景だった。


「あ、あの……着物かわいいですね。どこのクラスの出し物ですか?」

「あ、あたし? えっと……一年A組よ。江戸時代喫茶をしているからよかったら来てね」

「はい!」


 買い物で目を離している間に、瞳子が俺達のクラスの宣伝をしてくれていた。

 どうやら着物姿に興味を持ってくれたらしい。昨日俺が歩き回ってもああやって声をかけられることはなかったんだけど……。やはりかわいい女の子の着物姿の方が宣伝効果があるんだろうな。


「ありがとな瞳子。わざわざ宣伝してもらっちゃって。はい、これたこ焼き」

「まったくよ。これもクリスの狙いなのかしらね。これ、青のりは──」

「抜いてもらったぞ」

「よろしい」


 満足げにたこ焼きを受け取る瞳子だった。まあ宣伝してもらったし、これくらいはね。

 出来立てのたこ焼きは熱そうだ。瞳子はふーふーと息を吹きかけて冷まそうとしている。


「はい、あーん」

「あ、え?」


 たこ焼きをこっちに差し出している瞳子を見て固まる。

 端っこに寄っているけれど、人通りの多い外にいるのだ。こんなところで「あーん」はなかなかに勇気のいる行為だった。

 彼女の宝石のようにキラキラしている瞳を見ていると、この期待は裏切れねえと思わずにはいられない。


「あーん」


 パクリ。瞳子の息で程よく冷まされたたこ焼きを口に入れた。うん、食べやすい温度でおいしいね。


「クソが! 見せつけやがってっ」

「クソが! 銀髪碧眼美少女に食べさせてもらいやがってっ。羨ましい妬ましい!」

「クソが! クソが! クソが! クソが! クソがあああああああ!!」


 あちらこちらから舌打ちが聞こえてきた。ていうか最後の奴、妬ましいを通り越して憎悪が強すぎるんですけど……。

 そんなどす黒い視線に気づいてもいないのか、瞳子は幸せそうに微笑んでいた。

 俺に食べさせたことに満足したようで、瞳子はたこ焼きを食べ始めた。「間接キス!?」とか聞こえた気がしたけど、無視だ無視。

 意図せず瞳子という彼女を見せびらかすような形になってしまった。たこ焼きを食べ終わった俺達はすぐに移動する。


「小川さん、ほらあーん」

「ちょっ、佐藤くん……そ、それはないって……」

「何恥ずかしがってんねん。こんなん高木くん達からしたら普通のことやで」


 佐藤と小川さんを発見。声をかけようとしたら瞳子に止められた。


「そっとしておきなさい」


 口パクで伝えられ、今二人がどういう状況なのかを悟る。

 佐藤はどこかの模擬店で買ったのだろう。一口サイズのベビーカステラを持っていた。それを小川さんの口元に持っていく。つまり「あーん」の体勢である。

「あーん」をされた小川さんは真っ赤になって首を横に振っている。あまりの恥ずかしさのせいか涙目だ。


「あの三人といっしょにしないでよ! ……私がやると餌付けされてる動物みたいになっちゃう」

「餌付けかぁ。小川さん面白いこと言いよるわ」


 佐藤はほんわかと笑ってみせる。それから自然に小川さんの頭をぽんぽんと柔らかく撫でた。


「ええやん。小川さんかわええんやもん。僕にもちょっとくらいかわいがらせてや」

「かわっ……。いやいやいや! 私って女の子らしくないしっ。背だって高いし……」

「僕も背伸びたんやで」


 佐藤が小川さんに顔を寄せる。身長を測っているのか頭に手をのせる。


「ほら、もうこれくらいしか差はあらへんよ。それとも小川さんは自分より背の低い男は認められへんか?」

「そ、そんなことないけど……」

「だったら問題なしや」


 佐藤は笑顔で小川さんの口の中にベビーカステラを入れた。早業すぎて「あーん」の余韻とか何もなかった。

 もっきゅもっきゅと口を動かす小川さん。佐藤のせいなのか、彼女が小動物みたいに見えてきた。


「……佐藤くんって段々高木くんに似てきたよね」

「どこがや?」

「うっ……。そういう顔は、佐藤くんならではだけど……」

「えー? そういう顔ってどういう顔なんや?」

「わっ!? ちょっ、顔近づけないでってばっ」

「小川さんにそんなん言われたらショックやで……」


 悲しそうな顔をする佐藤。小川さんは慌てて謝っていた。見事に振り回されていた。

 小学生の頃からの友達。もう長い付き合いと言ってもいいだろう。

 そんな二人が幼い頃とは違った仲の深め方をしているのを見て、なんだか応援したくて仕方がなかった。


「行くわよ俊成」


 瞳子に手を引かれる。

 佐藤と小川さんを応援したいという気持ちはある。それでも、何もしないことだって応援のうちだということを俺達は知っていた。


「ああ。次はあっちに行こうか。占いをやっているクラスがあるんだってさ」

「占い……」

「瞳子は占い好きだもんな」

「べ、別にっ。人並みによ」


 関係は少しずつ変わっていく。きっと、未来の俺は同じ人でも違った見方をしていくのだろう。

 前世でそうだったし、今世でもそうなるのだろう。今も、そうなっている。

 その変化が良いものでありますように、そう願わずにはいられない。そのための努力をしていたって、変わっていく流れは止められない。止められないからこそがんばるのだ。

 瞳子の手をぎゅっと握る。

 この手の感触と抱いた感情がどうなっていくのか。まだはっきりとはわからないけれど、必ず変わってしまうのだと予感させた。


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