152.文化祭は青春だ

 本日は文化祭である。

 普段とは別種の賑やかな雰囲気が学校中に蔓延していた。浮ついた気持ちも、文化祭の間だけは許されるような、そんな雰囲気がかもし出されていた。


「なあなあ高木。今日は他校の女子も来るんだよな? くぅ~! 文化祭、張り切らなきゃだぜ!」


 浮ついている男子代表の下柳。まだ開催されていないうちから、女子を求めて目をらんらんと輝かせていた。


「落ち着け下柳。始まる前からそんなに興奮してたら女子が引くぞ」

「お、おう。それもそうだな……」


 下柳の首根っこを掴む。「女子が引く」という言葉が効いたのか、案外あっさりと大人しくなった。


「高木くん、しもやんも。遊んどらんと、はよ着替えてきいや」

「「ういーっす」」


 佐藤に注意されて、俺と下柳は素早く着替えに向かった。

 俺達、一年A組の模擬店は江戸時代喫茶である。

 江戸時代要素は着物を身につけて給仕をするところか。あと飾り付けで和風っぽさを出しているし、メニューは和風デザートメインである。


「それにしてもクリスティーナちゃんってすごいよな。クラスの人数分の着物を持ってるなんてさ」


 下柳が着物に着替えながら口を開く。当日混乱のないようにあらかじめ着付けを全員教わっている。


「着物収集が家族みんなの趣味みたいなものらしいからな。クリスがいなかったら江戸時代喫茶なんて、そもそも出し物として採用されなかったよ」


 そう、今回クラスメイト全員の着物を用意したのはクリスである。

 文化祭でクラスの出し物をどうするか。その話し合いが行われた時、クリスが元気よく挙手したのだ。


「着物! 私みんなの着物姿が見たいわ! 日本人の着物姿ってとても素敵よね! 日本人なのに着物を持っていない? 問題ないわ! 私たくさん着物を持っているから!!」


 このクリスの発言により、一年A組は着物を扱う模擬店を出そうという方向に固まった。クラスメイトの全員が、日本大好きなクリスがかわいいのである。

 着物を出し物とどう絡めるか。演劇などの案もあったけど、俺が何気なく口にした「和風メイドカフェ」という言葉にクリスが食いついた結果、今回の江戸時代喫茶になったのだった。


「よっしゃっ! 着てみると着物もいいもんだな。なんとなくやる気が上がってきたぁーーっ!」


 着物を身につけてテンションが上がったらしい下柳が張り切っている。コラコラ、暴れるんじゃありません。着物が乱れるでしょうに。


「着替えたし早く教室に戻るか。まだ準備も残っているしな」

「よっしゃあっ! 俺が力持ちってことを教えてやんぜ!」

「重たい物はもう運び終わっているけどなー」


 下柳は袖をまくって力こぶをアピールしてきた。はいはい、女子にアピールできなくて残念だったねー。


「ルーカス、邪魔にならないように袖をたすき掛けにしてあげる」

「ありがとうミホ。さすがは大和撫子ね」

「何言ってるの。……照れる」


 教室に戻ると、美穂ちゃんがクリスの着物を整えていた。うん、バッチリだ。


「おお……着物女子っていいもんだな……」


 下柳が普段ではお目にかかれないクラスの女子の着物姿に見惚れている。その気持ちはわからなくもない。ていうか思った以上にみんな似合っていた。

 着物にエプロンを着用している姿は、まるで時代劇に登場する看板娘のようだ。もしくは和風メイドさん。……あまりメイドというものに過剰反応しない方がいいかな。

 ただ、金髪に彫りの深い顔のクリスは特に目立っていた。隣にいる美穂ちゃんも、無表情ながら端正な顔をしているので、これまた目を惹くだろう。


「あら、トシナリとシモヤナギじゃない。やっぱり日本男児の着物姿は素晴らしいわね」

「クリスも着物姿がよく似合ってるね」

「褒めてくれてありがとうトシナリ!」


 クリスに背中をバチコーン! と叩かれた。照れ隠しにしては力入りすぎじゃないか?


「美穂ちゃんも。着物似合っているよ」

「……どうもありがとう」


 言葉とは裏腹に、美穂ちゃんにジトっとした目を向けられる。いや、これくらいは別にいいでしょうに。むしろ褒めないと変だろうってくらい、美穂ちゃんと着物の組み合わせは素晴らしく似合っていた。


「高木……お前、すげえな……」

「え、何が?」


 下柳に強引に肩を組まれる。そのまま教室の端へと移動した。


「ナチュラルに女子を褒めてんじゃねえよ! お前の口はイタリア人か何かか?」


 小声で声を張るという器用なことをやってのける下柳だった。誰がイタリア人だ。イメージでものを言うんじゃありません!


「いや、似合ってるくらいは普通に言うだろ。そんなに言うんだったら下柳も褒めてやれよ」

「え……。い、いや……でも……俺が褒めるのも……なあ?」


 顔を赤くして恥ずかしがる下柳だった。こいつの恥じらう姿ってかなり微妙な気持ちにさせられるな。


「なあ? じゃねえよ。別に友達を褒めるくらい普通だって。ほら、とにかく行ってこい」

「うおわあああああ!」


 ドンッ! と下柳の背中を押した。たたらを踏みながらも、下柳はクリスと美穂ちゃんの前に立った。


「え、えっとぉー……」


 下柳は緊張からかゆらゆらと体を揺らす。下柳ってクラスのにぎやかし担当の割にシャイだよね。


「クリスティーナちゃん……赤城ちゃん……」


 普段とは違う上ずった声に、美穂ちゃんは無表情の顔を向けて、クリスはワクワクした様子で続きを待った。

 なかなか言葉が出てこずもごもごしている下柳だったけれど、ようやく覚悟を決めたのかビシッと親指を立てて言った。


「二人とも着物姿がとってもセクシーだぜ!」


 しん、と教室が静寂に包まれた。

 固まっている下柳の肩に、美穂ちゃんがぽんっと手を置いた。


「どんまい下柳」

「なんで!? 俺めっちゃ褒めたよね!? なんでそんな反応になんの!?」

「どんまいシモヤナギー」

「クリスティーナちゃんまで!? 何? 俺何が悪かったの!? なんでこんな空気になってんのっ!?」


 下柳は美少女二人にいじられるのであったとさ。ある意味求めた結果になってんじゃないかな。


「何を騒いでいるんですか。まだ準備終わってないですよー」


 教室に入ってきた望月さんがパンパンと手を叩いて注目を集める。彼女も着物姿が似合っており、そのまま時代劇の町娘として登場してもいいんじゃないかって思えるほどの着こなしだった。


「せやでー。はよせんとお客さん来てしまうんやから急いだ急いだ」


 佐藤がクラスのみんなに指示を出していく。なんだかんだで学級委員長が板についているよな。



  ※ ※ ※



 文化祭は二日間行われる予定である。

 部活に入っている人はクラスと部の出し物を掛け持ちすることになるので大忙しだ。逆に俺のような帰宅部はクラスに集中すればいいだけなので、それなりに楽をさせてもらえる。

 ……と、思っていた時期が俺にもありました。


「けっこう疲れるな……」

「ですねー……。着物の動きづらさを考慮し忘れていましたね」


 バイト経験者組であるはずの俺と望月さんが疲労の声を漏らす。

 午前十時、文化祭が開催された。

 最初に十時から十二時までシフトが入っていた。たった二時間ながら、慣れない着物のせいか思ったよりも疲れた。


「でも、もうすぐ自由時間ですよ。がんばりましょう高木くん」

「だな。もうひと踏ん張りしますか」


 今世での、高校の文化祭は初めてだ。

 もちろん前世でも高校の文化祭は経験した。けれど、これほど真剣に取り組んだことはなかったのだ。

 文化祭は面倒臭いイベントで、がんばってやるのはカッコ悪い。そういう考えは勿体ないのだと、今は実感している。

 クリスは楽しそうに接客をしていて、美穂ちゃんは人手が足りないところを見つけては手際よく仕事をこなしている。

 佐藤はみんなにバランスよく仕事を振っているし、下柳は賑やかで一生懸命だ。

 誰もサボろうなんて考えてもいない。目の前のイベントを全力で楽しんでいた。

 だからこそ、みんなキラキラしているように見えた。それが、前世の俺に足りなかった青春ってやつなんだろうな。

 あの時、恥ずかしがらずにがんばればよかった。そんな後悔を晴らすように、俺は汗をかきながら仕事をした。


「いらっしゃ──」


 入り口で接客をしていた望月さんが固まった。それを目の端で捉えて、なんだろうと顔を向ける。

 図体のでかい男子が入り口を塞いでいた。大柄な男子に見下ろされて、望月さんの小さい体が縮こまる。


「おう、森田じゃないか。よく来たな」

「ども。高木さんお世話になります」


 森田は屈まないと教室に入れなかったようだ。あのでかさ、あれが中学生ってのが末恐ろしいね。


「ちわーすっ! 来ちゃいました高木先輩」


 森田の後ろからひょっこり顔を出す眼鏡後輩女子。品川ちゃんだ。

 江戸時代喫茶に後輩カップルが来店した。お前らあんまりイチャイチャすんなよー。


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