101.望月梨菜は企んでいる(後編)

 現時点で、一年A組で一番人気の女子は僕のようです。と、下柳くんがクラスの男子から集計していたのを聞いてしまいました。

 抜群のスタイルに人懐っこい性格のクリスの人気が高いと思っていただけにこの結果は意外でした。どうやら高木くん、もしくは下柳くんにしかあまり接していないからのようです。出だしでクラス全体のことを考えて立ち回っていた僕の勝利といったところでしょうか。


「提出物は委員長の望月が集めといてくれー」

「はーい、わっかりました!」


 鮫島先生に名指しされたので元気よく返事します。


「望月さんお願いー」

「委員長これ私の分ね」

「望月ちゃん! 俺忘れ物せずちゃんと持ってきたぜ!」


 クラスのみんなが僕のもとに提出物を持ってきます。机の上に本日の提出物であるプリントが束となって積み上がっていきました。

 ……うん、これは人気があるとかじゃないですよね。これじゃないという気持ちでいっぱいになりそうです。

 張り切ってみんなと仲良くしようとした結果、僕は学級委員長に任命されてしまったのでした。

 頼りにされるのはやぶさかではないですが、モテモテになるという狙いからは外れてしまうように思えてきます。学級委員長って真面目というか、堅物な人がやるイメージですし。僕はもっと親しみのあって愛嬌のある女子を目指しているのですが……。


「望月さんごめんな。僕が影薄いばっかりに負担を押し付けてしもうて……」

「そ、そんなことないですよ。荷物を持ってくれますし、佐藤くんは頼りになりますってば」


 学級委員長は男子と女子で一人ずついます。つまり僕の他にあと一人学級委員長がいるのです。

 クラス全員分のプリントを持ってくれているのは、男子の学級委員長に選ばれた佐藤一郎くんです。

 ほんわかした雰囲気に関西弁が特徴的な男の子です。高木くんと同じく僕に対して色目を使わない数少ない男子でもあります。

 まあ高木くんや下柳くんに比べるとそこまで男っぽくはないですしね。きっとまだ女性に興味がないのでしょう。

 クラス全員分といってもプリントを運ぶのなんて一人で充分です。しかし、先生に名指しされたのは僕ですし、佐藤くんに何もさせないというのは彼のプライドを傷つけてしまうかもしれません。

 考えた末に僕と佐藤くん二人で職員室に提出物を持って行くことにしました。もう一人の学級委員長として佐藤くんにも頼ることがあるでしょうし、先を見据えた判断です。

 佐藤くんと廊下を歩いていると、長身の女子が声をかけてきました。


「おー、佐藤くんじゃん。何、雑用してんの?」

「学級委員長の仕事やで。小川さんのクラスにもおるやろ」

「そ、そうだっけ?」

「小川さんはぽやぽやしているんやから。しっかりせなあかんで」

「佐藤くんにぽやぽやしてるだなんて言われたくないわよっ」


 目の前で繰り広げられるやり取りに僕は入っていけませんでした。

 特別な話をしているわけではありません。けれど、二人が親密な関係であるということは伝わってきました。

 いつも通りの佐藤くんに見えますが、若干声が弾んでいるようにも聞こえます。

 もしかして、これが彼氏彼女の関係というやつですか!?

 うわー! うわー! 高校生になって初めてカップルを目撃してしまいました! そういう目で見ると女の子の頬が赤らんでいるように見えます。きっと甘酸っぱい照れを感じているのでしょうね。

 佐藤くんにはまだ色恋沙汰なんて早いと思ったのに……。ちょっとだけ裏切られた気分です。


「ん? 隣の子は?」

「僕と同じ学級委員長の望月さんや」

「初めまして、望月梨菜です! 佐藤くんとはただのクラスメートですのでご安心を」

「あああああ安心なんてしてないわよ! い、いきなりなんなのっ」


 お? けっこう面白い反応ですね。佐藤くんの彼女さんはリアクションが良いようです。さすがは関西人の相方です。別に佐藤くんは関西人ではありませんでしたっけ。

 彼女さんは自分を落ち着けるように咳払いをしました。顔は赤いままですが。


「私はC組の小川真奈美よ。佐藤くんとは小学生の頃からずっと学校がいっしょなの。ただそれだけだから……」

「あれ? 佐藤くんの彼女さんじゃないんですか?」

「だだだだだ誰がそんなこと言ったのよ!!」

「す、すみませんっ」


 ものすごい大声で怒られてしまいました。小川さんは顔を真っ赤にして涙目です。これはとんだ早とちりだったようですね。


「え、ええから望月さん。はよ職員室にみんなの提出物持って行かなあかんやろ。ほな小川さん、僕ら急ぐからもう行くわ」

「そ、そうね……。ひ、引き止めてごめん」


 そう早口で言った佐藤くんは職員室へと向かいます。さっきまで僕の歩くペースに合わせてくれていたのに、今は小走りしないと追いつけないほどの早歩きでした。

 声をかけてゆっくり歩いてもらおうとする前に、佐藤くんが曲がり角で誰かにぶつかりそうになっていました。


「きゃっ!? って佐藤くん?」

「わあっと! ごめん宮坂さん。大丈夫やった?」

「うん、別にぶつかってないから大丈夫だよ。佐藤くんが急いでいるなんて珍しいね」


 曲がり角から現れたのは超高校級の美少女。宮坂さんでした。

 顔のパーツ一つ一つが綺麗で、それが左右対称に整えられています。さらには暴力的……、いえ破壊的なまでのスタイル。これはもう高校レベルでは収まりきらないでしょう。さすがの僕もこれには自信を破壊されてしまいそうです。

 宮坂さんは廊下を行き交う人達から視線を向けられているのに平然としています。なんだかオーラが他の生徒と一線を画しているようです。


「佐藤くん、真奈美ちゃんを見なかった?」

「小川さんならさっき見たで。あっちにおったけど。……また何かやったん?」

「うふふ、別になんでもないよ。佐藤くんありがとう。望月さんもまたね」

「あ、はい……」


 小さく手を振る宮坂さん相手に、僕は呆けたような返事しかできませんでした。この間会ってわかっていたことでしたが、他の女子とは雰囲気からして全然違います。

 彼女は高木くんの幼馴染でしたね。確かにあんな幼馴染がいたら女子への対応力が身に着くでしょう。僕に色欲に満ちた目を向けないのも納得です。

 宮坂さんのような人の恋人か……。それってどんな相手なら釣り合うのでしょう? 同性の僕でも身構えてしまいますし、男子諸君は大変でしょうね。まあ他人事ですが。

 佐藤くんと並んで職員室に到着します。ちょうどドアに近づいた時に一人の男子が職員室から出てきました。


「失礼しました。……って佐藤? お前も職員室に用があるのか」

「うん。クラスの提出物を持ってきたんや。本郷くんはどないな用があったんや?」

「俺は顧問にサッカー部の話があったんだ」


 その男子は答えながら爽やかな笑顔を見せました。キラリと白い歯が光ります。

 ていうかなんですかこのイケメンは!? とんでもねえオーラですよ!!

 身長は高く、鍛えられているのが制服越しでもわかります。たぶんスポーツをしているのでしょうが暑苦しさはなく、それどころかより爽やかさを強調しているように感じられます。なんだかキラキラしていて王子様みたいです。

 彼は閉めたばかりのドアを開けてくれました。僕に王子様スマイルを向けてくれます。


「どうぞ。じゃあな佐藤」


 そう言って彼は立ち去りました。後ろ姿でさえキラキラです。


「さ、佐藤くんは彼と知り合いなんですか?」

「うん。小中と同じ学校やったんや。本郷永人っていうて、しもやんと同じサッカー部やで」

「サッカー部の……本郷くん……」


 そういえば下柳くんがよく「本郷には負けらんねえ!」と騒いでましたっけ。同じサッカー部ですし間違いないでしょう。

 下柳くんはもちろん、うちの兄貴達ですらあんなイケメンには勝てないでしょうね。上には上がいるのだと思い知らせてやれそうです。


「そんなことよりも早く提出物持って行かな」

「あっ、そうですね」


 職員室に提出物を届けて僕達の仕事は終わりました。

 それにしても高木くんを始めとして、佐藤くんと本郷くんも同じ中学ですか。本郷くんは第一印象だけですが優しそうでした。高木くんと佐藤くんも優しいですし、そこの中学出身の男子は優しい人ばかりなのかもしれませんね。

 男子に必要なのはまず思いやりだと思うのですよ。決して兄貴達のようなデリカシーのない男ではないのです。

 佐藤くんとおしゃべりしながら教室に戻っていると、前方からキラキラしたオーラを感じ取りました。

 またもや本郷くんかと思いましたが、どうやら違ったようです。キラキラオーラの種類も違うようでしたから。

 そこには二人の女子がいました。いえ、二人の美少女ですね。


「宮坂さんと木之下さん? 宮坂さんはさっきぶりやね」


 宮坂さんと木之下さんが並ぶととてつもないオーラを発しています。その総量は本郷くんを上回るかもしれません。

 木之下さんは銀髪ハーフの美少女です。手足が長くてモデルのような美しさがあります。吊り目なのに柔らかい雰囲気という不思議な感覚を覚えてしまいます。


「佐藤くん、さっきぶりー」

「ちょうど良いところにきたわね」


 二人はにやりと笑いました。その笑顔にはどんな意味があるのでしょうか? 佐藤くんは一歩退きました。


「ぼ、僕に何か用?」

「そうなの。佐藤くんにちょっと聞きたいことがあってね」

「少しだけ時間いいかしら? そんなに手間は取らせないわ」


 佐藤くんは二人に確保されてしまいました。尋ねておきながら強制のようです。


「望月さん、佐藤くんを借りるけどいいかしら?」

「あ、はい。どうぞ」

「ふふっ、ありがとう」


 木之下さんは僕に向かってウインクしました。とても様になっていてかっこ良い……。

 はっと我に返った時には佐藤くんはつれて行かれてしまった後でした。仕方がないので一人で教室に戻ります。


「高木く――」


 教室に入ってすぐに高木くんを見つけました。けれど、彼はクリスと楽しそうにおしゃべりしていました。

 なぜか声をかけるのをためらってしまいます。言葉が出なくて、思わず視線を逸らしてしまいました。


「美穂さん?」


 逸らした視線の先には高校から仲良しになった赤城美穂さんがいました。彼女は普段から無表情で口数もあまり多くはありませんが、話してみると案外面白い人でした。

 ぼんやりしている美穂さんの視線の先にいるのは、高木くんとクリスでした。


「美穂さん? 高木くんとクリスがどうかしたんですか?」

「……なんで?」


 こっちを向いた美穂さんには冷たい雰囲気を感じられました。いつもは無表情の中でも感情が滲み出てくるというのに、今日は少し違うみたいです。


「いえ、お二人を見つめていたように見えたもので」

「見つめてない。少し考え事をしていただけ」

「なーんだ。そうだったんですか」


 ……嘘ですね。表情の変化に乏しくてもわかりますよ。

 クリスは海外からでしたが、高木くんと美穂さんは同じ中学でしたね。きっと、僕の知らない関係というものがあるのでしょう。

 僕のように高校から新しい関係を構築しようとする人もいれば、今までの関係に引きずられている人もいる。新しいクラスになってから一ヶ月が経過して、段々とわかってきたような気がします。


「そう、ですよね……」


 自然と口角が持ち上がります。

 いいでしょう。この望月梨菜、みんなの高校生活ってやつを楽しくしてやろうじゃないですか!

 覚悟してもらいますよ。口の中だけで音にならなかった言葉は、誰の耳にも届くことはありませんでした。


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