68.これって初デート?

 六年生になってもクラブ活動は将棋を選択した。葵ちゃんと瞳子ちゃんも気に入ってくれているようだし、それに佐藤と赤城さんも付き合ってくれている。あまり将棋クラブを選択する子がいないこともあってか俺達の空間を作り上げていた。

 だが最上級生としてこれから入ってくる子達に楽しく活動してもらうためにも、数少ない四年生や五年生のみんなとも接していかなければならないだろう。

 そうしていくためにも、六年生である俺達にはやらなければならないことがあった。

 さて、現在はクラブ活動の時間。六年生全員で勝ち抜き戦をやっていた。 


「王手……ね」

「む、むぅ……」


 瞳子ちゃんの持ち駒である銀が打ち込まれる。これは逃げられない……。詰みだ。


「ま、参りました……」

「勝った……。やった! 俊成に勝ったわ!」


 俺が負けを宣言すると、瞳子ちゃんはその場で立ち上がって飛び上がらん勢いで喜んだ。

 そう、俺は初めて瞳子ちゃんに負けてしまったのだ。あー……、けっこうショックだ。

 でも、瞳子ちゃんがそれほどまでに強くなったってことだ。そう思うと嬉しさもあった。なんか複雑な気持ちだな。


「えぇーっ! トシくん瞳子ちゃんに負けちゃったの!?」


 あまりにも瞳子ちゃんがはしゃいでいるものだから、赤城さんと対局中の葵ちゃんが反応してしまった。他の子だってこっちを見ている。


「そうよ! あたしが勝ったの! ふふっ、あたしの勝ちね」

「うぅ~……、早いよぉ……」


 瞳子ちゃんは胸を張って俺に勝ったことをアピールする。よほど嬉しかったのだろう。負けた俺は悔しいんだけども。

 なぜか葵ちゃんも悔しがっていた。対局がなければ机をバンバンと叩いていそうなほどの悔しがりっぷりだ。

 それはともかくこの勝ち抜き戦。これに最後まで勝ち上がった者にはなんと、クラブ長になれる名誉な称号が贈られるのである。

 ……うん、まあそれは別にいいよね。ぶっちゃけクラブ長とかちょっと仕事が増えちゃうだけだし。なって嬉しいものでもない。

 だからって負けるのをよしとするわけじゃないのだ。全部勝つ気でいたから負けたのは悔しい。ぐぅ……、悔しいばっかり言ってんな俺。


「俊成」

「何?」


 見れば瞳子ちゃんはとても良い笑顔をしていた。とても無邪気に喜んでいるのが顔を見ただけでわかる。


「今度、どこか出かけましょうね」

「う、うん?」


 なぜ今お出かけの話をしたんだ? いや、瞳子ちゃんが来てほしいなら別に構わないんだけどさ。

 この日、瞳子ちゃんはずっと笑顔だった。そして葵ちゃんはずっと悔しそうにしていた。その理由は数日後に知ることになるのだった。

 ちなみに、最後まで勝ち上がり見事今年のクラブ長になったのは佐藤だった。



  ※ ※ ※



 日曜日。気持ちの良い晴天で外にいても暖かい。お出かけ日和というやつだろう。

 俺は最寄りの駅にいた。近くの時計台に背を預けて、本日約束した人物を待っている。

 時計を確認する。約束している時間の十分前だった。

 次に顔を前に向けた時、スカートが翻らない程度の小走りでこっちに向かってきている女の子が見えた。気品のある小走りだな、なんて変なことを考えているうちにその女の子が目の前までやってきた。


「ごめんね。待った?」

「ううん、今来たところだよ」


 なんて、まるで初デートの待ち合わせのような会話をする。実際に予定していた時間前なのだから待たされてなんかいない。ただこのやり取りにちょっとだけ感動したのは秘密だ。


「俊成……今日はよろしくね」

「う、うん。こちらこそよろしく」


 俺が待ち合わせをしていたのは瞳子ちゃんだった。

 本日の彼女は清楚な白のワンピースにカーディガンを羽織っている。こういう格好は瞳子ちゃんよりも葵ちゃんの方がよく着ている装いだ。だからといって瞳子ちゃんが似合っていないなんてことはない。ただ彼女にしては珍しい服装だとは思った。


「その服」

「え、あ、こ、これは……その、似合わないかしら?」

「いやいやそんなことはないよ。とっても似合ってる。いつもと雰囲気が違うなって思っただけだから」

「そ、そう……。ま、まあたまにはね」


 彼女なりの気分転換だろうか? 服装を変えると気分も変わるらしいし。女の子には男にわからないような服への思い入れなんてものがあるのかもしれないな。

 今日俺が待ち合わせしているのは瞳子ちゃんだけである。他には誰もいない。二人だけでお出かけするのだ。

 何気に瞳子ちゃんと二人きりでお出かけするだなんて初めてだ。いつもは出かけるともなれば葵ちゃんか家族がいっしょというパターンだったからだ。二人きりだと家で遊ぶくらいなものだからなんだか新鮮だ。


「じゃあちょっと早いけど行こうか」

「……うん」


 こくりと頷いて瞳子ちゃんが手を差し出してくる。俺はその意図を察して彼女と手を繋いだ。

 わざわざ駅で待ち合わせしたのは電車に乗るからだ。瞳子ちゃんには家に迎えに行くと言ったのだが、断固として駅での待ち合わせがいいと言われてしまった。まあ、なんかデートっぽくて良かったけどね。

 しかし今回の目的は買い物の手伝いである。もっとはっきり言えば荷物持ちだ。

 それなら家族で行けばいいのでは? と思ったりはしたけど、そろそろ一人でじっくりと買い物したい年頃なのだろう。これも瞳子ちゃんが大きくなったからこそなんだろうな。

 女の子の成長は早いというけれど、元々瞳子ちゃんは大人びた面があったからな。隣を歩く彼女の横顔を盗み見ると、精巧に作ったような整った顔があってドキリとさせられる。

 電車に乗るとちょうど座席が空いた。瞳子ちゃんと並んで座る。


「あの子達カップルかな?」

「小学生カップル? かわいー」

「女の子の方って外国人なのかな? 綺麗な銀髪だよね」

「ていうかお人形さんみたいにかわいい」


 声の方を見れば女子高生くらいの集団がいた。こっちをチラチラ見ながら話しているが、全部聞こえている。


「カ、カップル……」


 瞳子ちゃんの顔が真っ赤に染まってしまう。ショート寸前と言わんばかりに頭から煙を出しそうな感じである。それを見た女子高生の集団から「かわいー」という声が重なった。


「だ、大丈夫だよ瞳子ちゃん。気にしないでいこう」

「……俊成は気にしないの?」

「う……」


 恥ずかしくて顔を真っ赤にしたせいか、瞳子ちゃんの目にはほんのりと涙が溜まっていた。そんないつもとは違うしおらしい瞳子ちゃんに、俺の方が真っ赤になったんじゃないかってくらい顔が熱くなる。


「その……」


 そこから先の言葉は出なかった。ただ瞳子ちゃんの手をぎゅっと握りしめるだけしかできない。彼女も同じようにぎゅっと握り返してくれた。


「……」

「……」


 黙って電車が目的地に辿り着くのを待つ。瞳子ちゃんの手のぬくもりを感じていると、女子高生達の黄色い声は聞こえなくなっていた。

 目的の駅に辿り着く。その駅前に大型ショッピングモールがあった。ここが本日の目的地である。


「買い物って服を買うの?」

「そうよ。こっちにあるからついて来て」


 と言いながらも手を繋いだままなので並んで歩くことになる。休日というのもあり、ショッピングモールは人でごった返していた。ぶつからないようにだけ気をつける。


「ここよ」


 瞳子ちゃんは一つの店舗の前で立ち止まった。実は高級店だったらどうしようなんて考えていたけれど、一般的かつリーズナブルな店のようで安心した。

 空いた手でポケットを摩る。こういう時のために無駄遣いをしなかったのだ。

 年頃の女の子用のスペースへと入って行く。なんだか視線が集まっている気がしてきた。子供とはいえ男が来るところじゃないから仕方がないか。

 まず一人では入らない場所というのもあってか、体が勝手に緊張して硬くなってしまう。手汗をかいてないか心配になっていた。

 男では考えられないような様々な種類の服があった。瞳子ちゃんは目を鋭くさせて一つ一つ見定めている。

 数が多いのもあってかどうしても時間がかかってしまうようだ。思い出したかのように瞳子ちゃんが俺の方に顔を向ける。


「ごめんね。退屈よね?」

「ううん。瞳子ちゃんがどんな服が好みなのか知るチャンスだからね。俺は瞳子ちゃんを見てるから、瞳子ちゃんはゆっくり選んでいいよ」

「……うん、ありがと」


 瞳子ちゃんは顔を前に戻す。顔を赤くしながらも真剣に服選びを続ける。

 いくつか選んでから試着することにしたようだ。瞳子ちゃんが試着室に入ったので俺はその前で待たせてもらう。

 女性の服売り場にいるだけでも緊張していたのに、独りで試着室の前にいるというのは居心地が悪くて仕方がない。

 それでもこれから始まる瞳子ちゃんのファッションショーを眺めていると、周囲の視線なんて気にならなくなった。

 いろいろな服装でたくさんの瞳子ちゃんのかわいいところを見ることができた。彼女が選んだというのもあってどれもセンスがあるように思えた。まるでモデルみたいに着こなす瞳子ちゃんがすごいというのもある。


「よし、それじゃああたしお会計済ませてくるから俊成は待っててね」

「あっ、ちょっと待っ……行っちゃった」


 支払いは俺がしようと思ったのだが、タイミングを逃してしまったな。こういうのはさりげなくするのがかっこ良いと思うんだけど、まだまだ俺にはスマートにできないらしい。

 待っている間に近くにある服を眺めてみる。そこにはワンピースが並んでいた。

 今日の瞳子ちゃんの服装はワンピースだ。珍しいと思ったけれど、これまでに着たところを見たことがあっただろうか? あったとしても思いだすのに手間取ってしまうくらいにはだいぶ前なのだろう。


「逆に葵ちゃんはワンピース多いけど……。だからって避けてるわけじゃないよね?」


 瞳子ちゃんなら葵ちゃんと服装がかぶったとしても、その個性までは色褪せたりしないだろう。二人はタイプも違うんだし。

 俺は淡い青色のワンピースを手に取っていた。瞳子ちゃんの綺麗な瞳のイメージがあるからか、彼女には青系統が似合うんじゃないかって思った。

 でも……、女の子の服なんてこれでいいのかなんてわからない。そもそも俺にセンスなんてものがあるのかも疑問だ。

 だけど、せめて一着くらい彼女にプレゼントしたいのだ。これはなんかもう男の意地なんじゃないだろうか。

 だって、二人きりで電車に乗ってショッピングして……。これってデートじゃないのか? というか人生(前世含む)初デートじゃないのか? 俺はデートだって思いたい!

 そう思ったらさ、記念がほしくなるというか……。なんていうか形を残したいって気持ちが俺をくすぐってくるのだ。

 しかし、と。俺は手に持っている淡い青色のワンピースに目を向ける。

 これをプレゼントしたとして、瞳子ちゃんが喜ばなかったらどうしよう……。彼女なら嫌な顔はしなさそうだけど、気に入らないものをもらっても困ってしまうだろう。


「んー……」


 想像して唸り声を洩らしてしまう。もっとスマートにできたらって思うんだけど……。どうしてもこれでいいのかと迷ってしまう。

 記念にプレゼントを贈りたいというのは俺の自己満足だ。しかし、せっかくの贈り物を自己満足だけで終わらせたくはない。


「俊成、お待たせ」

「瞳子ちゃん、これ瞳子ちゃんに似合うと思うんだけどどうかな?」


 そんなわけで、良いか悪いかは本人に判断してもらうことにした。

 ええいっ、男らしくないというならそれでもいい。プライドなんてないって思われるかもだけど、やっぱり良いものを選びたいのだ。


「え? これ……」


 いきなり言われて戸惑っている様子だ。俺は早口でまくし立てる。


「あんまり見なかったけど、瞳子ちゃんのワンピース姿ってすごく似合ってたから。だからその……どうかなって思って」


 最後の方は尻すぼみになってしまった。なんか恥ずかしくなってきた。今日は体温が上がることばっかりだ。

 しばらく無言の時が流れる。ダメかな? そんな考えが過った時、瞳子ちゃんが口を開いた。


「うん……。俊成が似合うって言うんだもの。あたしもそのワンピース、良いと思うわ」

「そっか。わかった」

「え、俊成!?」


 俺は駆け足でレジへと向かって会計を済ませる。包んでもらったところで瞳子ちゃんが追いついてきた。


「これ、瞳子ちゃんに」

「あたしに?」

「うん。俺からのプレゼントだから受け取って」

「で、でも、あたし誕生日とかまだだから……」

「初デートの記念。だから、受け取って……」


 うわあっ! デートとか言っちゃったよ! ど、どうしようっ。

 変に思われてないだろうか。そんな不安とともに目の前の女の子をうかがった。


「……ありがとう。大切にするわね」


 ようやく受け取ってくれた。ふぅ、と知らず肺に溜まっていた息を吐き出す。

 緊張が緩むと周囲の気配にも気づくもので、店員さんや女性客から生温かい目を向けられていた。それに気づくと一気に叫びたい衝動に襲われる。

 この後は食事をしたりいろんな店を見て回った。荷物は俺が持つって言ったのに、瞳子ちゃんは俺がプレゼントした袋をずっと抱えていた。

 後日、瞳子ちゃんはそのプレゼントしたワンピースを着てくれた。やっぱり似合ってて、俺の頬が緩みっぱなしになってしまったのは言うまでもないだろう。


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