13.思い出は卒園式とともに
あたしの見た目は他の子と違ってるって思っていた。
銀色の髪の毛に青い瞳。ママに似ているあたしの特徴だ。
それが嫌なわけがない。でも、みんな黒い髪の毛と目をしていた。あたしとは違っていた。あたしだけがみんなと違っていた。
そのせいで変な目で見られてきた。デリカシーのない男の子は勝手にあたしの髪に触ってきたりもした。怒ったあたしは悪くない。
「瞳子、いっしょにお勉強しマショウ」
「うんっ」
周りは本当に子供ばっかり。ママとお勉強する方が何倍も楽しかった。
ママはあたしといっしょに言葉のお勉強をしてくれた。「日本語って奥が深いのデスネ。勉強のしがいがありマス」というのがママの口癖だった。
「日本語にはどんな言葉にも意味がありマス。瞳子、あなたの名前にもちゃんと意味が込められているのデスヨ」
「あたしの名前の意味?」
ママは微笑むと、あたしの目元に指を滑らせた。
「瞳子が生まれた日。パパがあなたの瞳が綺麗だと褒めてくれマシタ。ワタシによく似たとっても綺麗な瞳デス」
ママはウインクしながら「だから瞳子なのデス」と言った。
「でも……あたしの目を見ると、みんな変な顔をするの……」
うつむくあたしの頭を優しく撫でてくれる。
「瞳子、あなたの目を好きになってくれる人は必ず現れマスヨ」
ママはきっぱりと言った。断言っていうのかな。さっきお勉強で学習したばかりだ。
たぶん、パパみたいな人が現れるって言っているのだろう。パパとママはいっつも仲良しで、ママもよくパパとの愛を育んだってお話をする。
そうわかっていても、その時は素直に頷けなかった。
※ ※ ※
幼稚園でもみんな同じだ。初日に髪の毛を引っ張られた。怒ってその男の子を叩いたら先生に怒られた。すごく悔しかった。
虫さんと遊んでいたら女の子も近づいてこなくなった。誰もあたしに近づかなくなっていた。
「つまんない……」
幼稚園なんて楽しくなかった。やっぱりみんな子供ばっかり。なんにも変わらない。
「やあ瞳子ちゃん。そこで何して遊んでるの?」
そんなあたしに声をかけたのが俊成だった。
他の子と違って、俊成の目は変な目なんかじゃなくて、ものすごく優しかった。
虫さんのことで俊成からは知らないことを教えてもらった。後でママに聞いても知らないことだった。たぶん、それがきっかけで俊成はすごいのかなって思ってたのだろう。
それがきっかけで俊成といっしょにいることが多くなった。俊成はあたしのためにいろいろとがんばってくれた。
あたしにちょっかいをかけようとする男の子には説教をしていた。次第に男の子達は乱暴なことをしなくなって大人しくなっていった。
あたしが女の子達の輪に入れるように声をかけてくれた。おかげで俊成以外にも遊んでくれる友達が増えた。
俊成はみんなと遊びながら、いつも一歩退いたところから見守るような目をしていた。端っこにいるような子にさえ目を向けている。だからあたしを見つけてくれたんだと思う。
楽しくないと思っていた幼稚園が、俊成のおかげで楽しくなってきた。
楽しくなってくるとあたしも俊成みたいになりたいと思った。面倒を見てくれる優しいリーダー。そうなりたいと思ったらあたしから他の子に話しかけるようになった。
俊成のように他の子の面倒を見ていると、あたしに頼ってくる子が多くなった。それがまた嬉しくて、俊成みたいになれたのだと思った。
「瞳子ちゃん、泣いてる子を慰めてたって聞いたよ。本当にえらいね」
そうやって俊成に褒められるともっと嬉しくなった。もっともっと褒めてほしくなった。
どんなことでも褒めてほしくて、プールの時間に初めて水着を見せたから似合ってるかどうか聞いてみた。
「ものすごく似合ってるよ。瞳子ちゃんかわいいね」
それを聞いたら嬉しくて嬉しくて、俊成の顔が見られなくなった。あたしがうつむいてしまうと俊成は頭を撫でてくれた。
初めて、男の子に髪の毛を触られて嫌じゃないって思った。
「トシナリ……、瞳子にとっては特別な男の子なのネ」
あたしの話を聞きながらママは笑っていた。今まで見たことがないくらいニコニコしてた。
ママが俊成のことを気に入ってくれているのだと思って嬉しくなった。俊成からもらった絵を見せると喜んでくれた。あたしと俊成の顔が並んでいるその絵は大切に宝箱にしまっている。
たくさん時間が経って、俊成とずっといっしょにいたいって思うようになった。ずっといっしょにいられるんだって思っていた。
なのに、幼稚園のお泊まり会で何気なく聞いてみたら、あたしと俊成は別々の小学校に行くんだってわかった。
胸がすごく苦しくなって、息をするのもつらくなってしゃべれなくなった。
これから俊成がいなくなるなんて思ってもみなかった。頭がぼんやりしてちゃんと考えられない。
でも、自分のしたいことはすぐに決まった。
パパに俊成と同じ小学校に行きたいのだとお願いした。なのに「せっかくお受験のためにいろいろがんばってきたんだからさ」なんてとんちんかんなことを言うから、あたしは俊成のもとまで走った。
「お願い……。あたしをさらって」
するりと口からそんな言葉が出た。それがあたしの心の声なんだとすぐにわかった。
俊成と別れてしまうくらいなら、あたしをさらってほしかった。俊成にならさらわれてもいいと思った。
あたしの気持ちをわかってくれたのか、この後はママが上手いことしてくれたみたい。パパを説得して俊成と同じ小学校に行けるようにしてくれた。やっぱりママは頼りになる。
※ ※ ※
今日は卒園式。思い出でいっぱいの幼稚園とのお別れの日だ。
もしも、あたしが俊成と違う小学校に行くというのを知らなかったら……。今日でお別れになっていたかもしれないだなんて考えたくない。
俊成は卒園式で緊張していたり、はしゃいでしまった子をなだめていた。こんな日でも優しいのはいつも通りなんだ……。あたしも負けないように俊成を手伝った。
式が始まると卒園証書をもらったり、歌を歌ったりした。大人がいる方から泣いている声が聞こえてくる。パパが泣いていた。
「今日でこの幼稚園ともお別れだね」
「そうね……」
俊成と二人で最後に園内を歩くことになった。俊成は年少の子や先生を見かける度にお別れのあいさつをしていた。あたしもいっしょになってお別れのあいさつをした。
年少の子なんて泣いて俊成にしがみついていた。女の子まで俊成にくっついてしまうと大変だろうから、そっちはあたしが抱きしめてあげた。
「瞳子ー。それと……俊成くん」
「おじさんこんにちは」
パパが笑顔で近づいてきた。ママは俊成のパパとママといっしょにこっちに向かって歩いている。
パパの手にはカメラがあった。
「卒園記念にいっしょに写真を撮らないか?」
パパのお願いだからしょうがない。本当にパパったらしょうがない。あたしは俊成の手を取った。
「パパのお願いだから。俊成、いっしょに写真撮りましょうか」
「俺もいいの?」
「当たり前でしょ」
あたしは俊成を引っ張ってある場所へと向かった。
「瞳子……俊成くんとじゃなくてパパといっしょの写真は……?」
「デリカシーに欠けマスヨ。瞳子の思い出、たくさん写真に撮ってあげマショウ」
「うちの息子ってモテるんだな……」
「ま、まあ子供ってませてる子が多いって聞くし……こんなものなのかしら?」
ママ達の声はよく聞こえなかった。
あたしは一本の木の前にきた。園内にいくつかある木の中で、これだけが特別だった。
「ここは……」
俊成も気づいてくれたみたい。憶えててくれて嬉しい。
この木の下で、あたしと俊成は初めておしゃべりしたんだ。あれからずっと憶えている。
写真に残すのならまずここからって決めてた。もちろん他にもいっぱい撮ってほしいけど、最初はこの木の下がいい。
ひんやりとした風が吹く。でも、俊成の手からあたたかいのが伝わってきて、全然冷たいなんて思わなかった。
パパからカメラを向けられる。俊成のほっぺとあたしのほっぺをくっつけた。
パパが変な声を上げながらも、パシャリとカメラの音がした。
あたしの名前は瞳子。いつか自慢のママに似たこの青色の瞳を俊成に褒めてほしい。そして、パパとママみたいになりたいって思った。
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