6.瞳子ちゃんの変化

 幼稚園での生活も順調と言えた。

 明るく元気でしっかり者の男の子。それが俺、高木俊成である。周囲からはそんな評価をされているに違いない。

 幼稚園児は集中力がなく自分勝手な行動をする子が多い。そんな子達をなだめたりまとめたりしていると、自然と先生の評価も上がっていった。


「ほら、零しているわよ。あたしが拭いてあげるからじっとしてなさい」

「むぐ……。木之下さんありがとー」


 幼稚園生活が過ぎていき、一番変化があったのは瞳子ちゃんだった。昼食のお弁当タイム、ポロポロとおかずを零している隣の女の子の世話を焼いていた。

 最初は誰とも関わろうとしなかった彼女だが、園児達の面倒を見ている俺のマネをしてか、他の子の世話をするようになったのだ。

 元々はしっかり者だったようで、面倒見の良い姉御のような存在となっている。これが本来の瞳子ちゃんなのだろう。

 いやあ、おっさんは嬉しいよ。せめて幼稚園の時くらいはみんな仲良くしてほしかったからね。


「何見てるのよ俊成。あたしの顔に何かついてる?」


 ニコニコしながら瞳子ちゃんを眺めていたら頬を膨らませて睨んできた。どうやら不機嫌にさせてしまったらしい。それにしてもこの子は四歳児にしてははきはきとしゃべる。葵ちゃんや幼稚園の他の子と比較しても成長が早いように思える。男女の違いってよりは彼女自身の成長の賜物なのだろう。


「何でもないよ。ただ瞳子ちゃんを見てただけだから」

「ふ、ふんっ。そう……」


 そっぽを向いてしまった。頬が赤くなっている。あまり見つめ過ぎると恥ずかしがらせてしまうようだ。

 この幼稚園の昼食は弁当と給食の両方ある。本日は弁当の日だった。

 他の子の弁当を見るが、まだキャラ弁なんて流行っていないようだ。あれっていつからあったんだろう? 衛生面の心配うんぬんも聞いたことがあるけれど、やってる人はすごく気を遣っているらしいね。その辺の情報は全部前世でやってたテレビでの受け売りだけども。

 専業主婦のお母様方が多いためか、みんな充実したおかずだった。誰も日の丸弁当なんて持ってきてなかった。

 まあ子供の成長に食事は大切だからな。親として気を使っている分野なのだろう。

 そこは俺も意識していたりする。

 好き嫌いをせずに残さず食べるのは当たり前。むしろ好き嫌いをする子供達から食べ物をもらっているくらいだ。すべて俺の糧となるがいい! そして少しでも前世の自分よりも身長を伸ばすのだ!

 前世での俺は平均身長よりもやや下回ってしまっていた。男としてちょっとしたコンプレックスなのだ。だって高身長の奴等ってモテる人が多かったんだもの。

 できれば前世の自分よりも十センチは身長を伸ばしたい。それだけあれば将来マドンナと呼ばれるほどに美人になる葵ちゃんと少しは釣り合いが取れるだろう。

 日々の努力として牛乳だって毎日飲んでいる。前世の子供時代は牛乳嫌いだったからな。大人になったら平気になったけど。それでもあの時たくさん牛乳を飲んでいれば、という後悔があったのだ。

 後悔は一つずつ潰していく。それが逆行転生した俺のアドバンテージになるのだから。



  ※ ※ ※



 春が過ぎると夏がくる。それは今も昔も未来も変わらない。

 何が言いたいか。つまり夏、暑い、プール、イヤッホー! である。

 幼稚園でもプールの時間があったのだ。現在みんなでお着替え中である。

 そう、みんなで、だ。

 きゃいきゃいと、いつものように騒がしい園児達。着替える時でさえ変わらないな。

 水着に着替えるということでみんなすっぽんぽんになっている。男女関係ない。男の子も女の子も同じ場所で裸体をさらしている。

 そう言うとやばい感じのドキドキな展開かもしれないが、相手はとっても幼い子供なのだ。ぶっちゃけ男も女もそれほど体型に変わりない。

 この年頃って男女で更衣室を分けたりしないんだな。というか更衣室なんてなく、全員がプール前の空けたスペースに敷いたシートの上で着替えている。つまり外だ。一応日影であるってのは気遣いに入るのだろうか。

 まあ誰も裸になるのに頓着した様子はないけれど。女の子っていつ恥じらいを覚えるんだろうね。今はほとんどの女の子が裸のまま男の子とはしゃいでいるよ。


「な、何よ……何見てるのよ……」

「いや……別に」


 一人だけ恥じらっている女の子がいた。

 その子は白い肌を紅潮させながら俺の視線を気にしているようだった。まあ瞳子ちゃんなんだけどね。

 言っておくが俺はロリコンではない。ロリコンではなくただ単に美しいものを愛でようとする男なだけだ。女の裸と言われても幼児体型に性的興奮を覚えたりなんかしない。これは弁明ではなくただの事実である。

 普段は彼女の胸も腹も直接目にすることはない。服で隠れていた大事な部分までもが外気に触れている。体のどの部位も他の子と比べようがないくらいの白さだった。

 まさに処女雪。誰にも汚されていない瞳子ちゃんの素肌が俺の眼前に広がっている。


「美しい……」


 その一言で充分だった。それだけが今の俺の感情のすべてだった。


「ヘンタイ! じろじろ見るな!」

「ぶはっ!?」


 気がつけば瞳子ちゃんに張り倒されていた。羞恥心が限界突破したらしい。

 小さい子とはいえ女の子の肌をじろじろ見るのはよろしくない。俺は反省して自分の着替えを済ませた。男の着替えなんてあっという間だ。


「ねえ俊成。これ塗ってくれる?」

「ん?」


 瞳子ちゃんに差し出された物を疑問も持たずに受け取る。


「日焼け止めクリーム?」

「そうよ。後ろの方とか塗り残しがあったらいけないから、塗ってもらってもいい?」

「まあいいけど」


 こんなに小さいのに日焼けとか気にしてるんだ。いや、気にしているのは母親の方か? これほどの白い肌が日焼けして黒くなるだなんて確かに嫌だしね。

 瞳子ちゃんはシートの上でうつ伏せになった。水着を半脱ぎにして背中を出している。シミ一つない綺麗な背中だった。

 ワンピースタイプの水着みたいだし、背中全部を塗らなくてもいいんじゃないか? そうは思ったけど、日焼けを意識したことのない俺の知識は信用ならないだろう。大人しく瞳子ちゃんに従おう。

 俺は日焼け止めクリームを手の上に出す。それを体温を馴染ませるように両手のひらに広げた。


「じゃあ塗るからね」

「うん」


 素直なお返事だ。俺は両手で瞳子ちゃんの背中に触れた。

 ピクンと体が跳ねる。くすぐったかったか? そう思ったけれど彼女から文句は出なかった。

 背中に満遍なく塗り込んでいく。手のひらを何度も往復させて塗り残しがないようにと気をつけた。


「ふ……」


 うなじに触れるとくぐもった声が微かに聞こえた。

 首は自分でできそうなものだけど、瞳子ちゃんは後ろを塗ってと言ったのでそれに従う。とくに文句もないし、たぶん俺は間違っていないのだろう。


「ん……ふ……」


 太ももに手を這わせると、またしても微かな声が聞こえた。見れば彼女の耳は真っ赤に染まっていた。

 でもまあ、ここも後ろ側だ。文句がない限りは仕事をこなしていこう。

 まだまだ肉付きの薄い脚だ。大人の手ならその細さが際立つことだろう。今の俺の手は歳相応の小ささなので普通くらいに感じてしまうのだが。

 お尻も水着のラインに沿って手を滑らせていく。これで体の後ろ側は大丈夫だろう。


「よし、終わったよ瞳子ちゃん」

「ん……そ、そう」


 瞳子ちゃんは起き上がるタイミングで水着を着た。あとは肩にかけるだけだったからね。

 ちょっと顔が赤くなっているけど大丈夫だろうか。くすぐったかったのを我慢していたのかもしれない。


「ねえ俊成」

「ん?」


 日焼け止めクリームを返すと瞳子ちゃんが口を開いた。


「あたし……、水着似合ってるかな?」


 彼女にしては珍しくおずおずとした態度で尋ねてきた。少しうつむき加減なところからの上目遣い。猫目のブルーアイズが不安に揺れている。それが元々の美幼女っぷりに拍車をかけてかわいかった。

 さらにその水着はといえば、ピンク色を基調としたかわいらしいものだった。フリフリしたものまでつけて女の子らしさをアピールしている。瞳子ちゃんと融合してかなりの戦闘力を叩きだしていた。

 なんだろう。ものすごく頭を撫でてやりたい。力の限りかわいがってあげたい。そんな衝動を抑えるのに必死になってしまう。

 まさか四歳児にここまでやられてしまうとは。瞳子ちゃん、恐ろしい子。

 それでも水着が似合うかどうかが気になってるなんて、幼くても女の子ってことか。そんな彼女を安心させるように力強く頷いた。


「ものすごく似合ってるよ。瞳子ちゃんかわいいね」

「……」


 瞳子ちゃんは黙ってうつむいてしまった。衝動のまま綺麗な銀髪を撫でる。黙っているのをいいことに撫で続けてしまった。

 これはその……、体が勝手にね? だって瞳子ちゃんがうつむくもんだからつむじが見えちゃったんだもの。撫でたくなったのもしょうがないでしょうよ。


「みんな着替えたかなー? それじゃあ準備体操するから集まってねー」


 先生の号令で集合していく。俺も瞳子ちゃんの頭から手を離して後を追う。と思ったら瞳子ちゃんがうつむいたまま動かなかったので手を引いてみんなの方へと向かった。

 ふむ、この反応……。瞳子ちゃんの髪に触れたのがまずかったかな? 入園初日に髪の毛を引っ張られて激怒してたし。

 そのせいなのか、準備体操を終えてプールで遊んでいるのに瞳子ちゃんが俺と視線を合わせてくれない。

 これは女の命である髪を触られて怒っているのかもしれん。こじれる前にさっさと謝ってしまおう。

 そう思っているのに、プールだといつにも増してみんな騒がしくなっている。俺もそれに巻き添えを食う形で園児達から遊ばれていた。

 幼稚園のプールなので底は浅いし、大して広くもない。だからこそすぐに密集してしょうがなかった。先生なんてお馬さんやらされてるし。

 プールの端で瞳子ちゃんが一人でパシャパシャと控えめに水遊びしているのが見えた。なんでまた、と思いつつも俺のせいかと改める。

 上手いこと園児達の興味を他に向けてやる。その隙をついて瞳子ちゃんに近づいた。


「瞳子ちゃん」

「わっ!?」


 なんかすごく驚かれた。考え事でもしていたのかもしれない。

 謝罪は先手を取るのが吉だ。俺は頭を勢いよく下げた。


「さっきはごめん」

「え、何が?」

「勝手に瞳子ちゃんの髪を触ったりして。嫌だったよね」

「え? あ、ああ……」


 視線を上げて、瞳子ちゃんは思い出したというように頷いた。


「べ、別に嫌じゃないわよ! その……俊成が触りたいなら好きに触ればいいじゃない」


 そう言いながら瞳子ちゃんは自身の銀髪をいじる。ツインテールの片方が白い指に絡みつく。


「え? いいの? 怒ってない?」

「怒ってなんかないわよ……。ただ……」


 彼女の言葉は尻すぼみになっていく。待っていても言葉が続きそうになかったので促してみる。


「ただ?」

「な、何でもない! ほらっ、いっしょに泳ぐわよ!」


 なぜかぷりぷり怒っていらっしゃる? 子供は感情が豊かで変わりやすいから読み取るのが大変だ。

 遊んでいるとすぐに瞳子ちゃんは笑顔になった。その笑顔を見ただけでまあいいか、と思えてしまった。


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