006 北欧神話の神
[:へえ、手伝ってくれるなんてね。珍しいじゃないか]
現在の第1パーティ参加者は8名。ちょうど枠が1人分空いている。
[:ふふん。思いの外面白いモノを魅せてもらったからな。お前の事はよく知らなかったが頑張っていたじゃないか。俺も滾ってきたぜ]
[:っははは、今日はよく喋るね]
ひとまず会話はここまでだ。アルフレッドは手早くユトをパーティへ招待する。
『ふむ。つくづく小賢しいな。まあ良い』
コバエが一匹増えたところで駆除する順番を変える者はいないだろう。
先に狙っていたコバエを駆除し、残りのコバエも駆除する。ただそれだけだ。
トールは再びアルフレッドへ向けて槌を構え、再び振り下ろす――間際、鋭い閃光と弾けるようなエフェクトがトールを襲った。
『ぬ……貴様――』
トールは動けない。
レイドパーティへ参加したユトからの強力な状態異常スキル〈スタン・ショット〉を喰らい、ほんの数秒だけ一切の行動を封じられたのだ。トールは不自然な姿勢のまま硬直する。
その隙に、ユトは蘇生ポーションで第6パーティの
[:ちみ、俺にバフをかけてくれ給え]
[:はっ、はい!]
ユトの身体は神々しいまでの輝きに包み込まれ、やがて詠唱が終了すると同時にゆっくりと落ち着きを取り戻した。
[:サンキュっ]
[:いっ、いえ、頑張って!]
『……。そうか、貴様は弱き者では無いな――』
[:……あのトール、中身いるんじゃね]
[:っていうか、驚いてる?]
興味深そうにチャットで実況を続けるレイドパーティメンバー。
HPが尽きて横たわっている自分のキャラクターなど眼中になく、目線はパソコン画面内のユトとトールに釘付けだ。
{トールの雷まで20秒……19……18――}
再び〈トールの
輝きを増し続ける槌を振り回し、トールはユトへ一点集中して攻撃を始めた。
トールとユト、互いの攻撃が交錯し、衝撃波と閃光の応酬が繰り広げられる。
[:俺ら、見てようか]
[:はっ、はい、アルフレッドさん……]
茫然とした様子でユトとトールの戦いを見つめるアルフレッドと
ユトの邪魔になる訳にも行かず、自分達が割って入る余地などは無い。
[:――さぁ、今度は俺が魅せてやるよ]
ユトはそう言い放ち、上位貫通スキル〈センティネル・ショット〉を発動させた。
放たれた矢はソニックブームのようなエフェクトを纏いながら真っ直ぐ飛翔、難なくトールへ直撃する。
威力はもはや異次元。
この場に居る全員、パソコン画面の前でどのような表情をしているかは想像に容易い。
[:うっそでしょ]
[:ファントムアーチャーってのは、極めればここまで強いのか……]
トールへ向けて放たれた、たった一発の
それが、トールのHPゲージを4割ほど減少させたのだ。
『っぬ――』
システムメッセージによるカウントダウンが停止する。ユトの強力な一撃によって〈トールの雷〉はキャンセルされたのだ。
『莫迦な。この強さ……ふむ。貴様がそうだったか』
[:ああん、何言ってんだ、このボス]
まるで特定の人物を探していたような発言をするトール 。
やはりゲームシステムではない誰かがトールを操作しているのだろうか。
『我はトール。〈ノルドの地〉を統べる、〈アース神族〉が1柱――』
[:徹底してんなぁ]
[:まーた語り出した]
地面へ転がったまま、ああだこうだとガヤを入れるレイドパーティのプレイヤー達。
再び酒を飲んでいる者もおり、もはや完全にお茶の間スタイルだ。
[:それにしても綺麗な声よね。こんな声の声優さん、いたっけ?]
[:オペラとか上手そう]
お茶の間の連中は楽しそうだ。初見の者同士も多かったが、彼らはもうすっかり友達同士のように会話を続けている。
『この世界に合わせ、誰も我に敵わぬであろう強さで臨んだはずであった――』
[:ううん、倒していいか?]
[:待ってよ、まだ喋ってるじゃん]
[:そうだそうだ、俺なんてまだ熱燗作ってる途中なんだぞ]
お茶の間のガヤは止まらない。彼らはお気楽に実況を続ける。
[:おぉ……おう。そうか]
――トールの討伐を目指してたんじゃなかったか?
若干の疑問を感じつつ、ユトは皆と一緒にトールの独り言を傍聴する。
『貴様は強すぎる。恐らく、この世界の創造主すら想定していない強さだ』
そう言うと、トールは全身に神々しいオーラを纏い始める。そして瞬く間にHPゲージが満タンまで回復した。
[:ああっズルい!]
[:おいおい、こりゃあ300人いたって無理だったんじゃないか?]
お茶の間が煩いが、ここでトールを逃してしまっては勿体ない。
[:ふんふん。そうこなくっちゃ]
ユトは自己強化スキル〈サジタリウス・オーラ〉を展開。
赤と金色が入り混じったようなオーラが現れ、そのままユトへ吸収されるように消えた。
これにより、ユトが繰り出す物理攻撃系スキルのクリティカル確率が数倍に向上。威力も極大化される。
『貴様の強さを試す。全力で抗って見せよ』
トールの赤髪が逆立ち、周囲に陽炎のようなエフェクトが生まれる。
まるで鬼神のような形相。トールの眼は真っ赤に発光し始めた。
{トールの雷}
{トールの雷}{トールの雷}
{トールの雷}{トールの雷}{トールの雷}
――システムメッセージによるカウントダウンが無い。
トールが何度も地面に槌を打ち付け、その度に〈トールの
エフェクトによりパソコン画面からも強烈な光が発せられ、直視できない程に眩しい。
[:みんな、部屋を明るくして、離れて観ようね]
[:ハーイ、ユウゾウさんっ]
呑気なやり取りを続けるお茶の間だが、アルフレッドと
[:……ユト]
[:……ユトさん]
[[:なんで、HP減らないの?]]
レイドパーティをほぼ一撃で全滅させた〈トールの
そんな凶悪なスキルを何度も喰らっているユトだが、ほとんどHPは削れていない。
[:ううん、まぁ、神聖属性無効だしな。雷耐性スキルもカンストしてるし――]
[[:……はぁ]]
もはや意味が解らない。出鱈目だ。
ユトのやる事なす事が、彼らにとっては謎だらけである。
率直な感想を述べるならば、これは客観的に全く以て面白くない。
ユトの強さは、〈アースガルズ〉のゲームバランスを著しく崩壊させているレベルと言っても良いだろう。
――所詮、こんなものだったか。
とはいえ、面白く無くなったのはユトも同じだった。
本人の感覚としては、単なるゲームをやり込んでいただけである。
育て上げたキャラクターの戦闘力に見合った仕様は一向に追加されず、そのうちゲームとしての面白味を感じられなくなった。
だから引退し、
『……明らかにこの世界における神知を超えている――』
[:ですよね、トールさん]
[:さすが、神様は物解りが宜しいこって]
ユトに敵対した事がある者なら、トールの発言も理解できるだろう。
その強さは道理を尽くさないにも程がある。ここまで”理不尽”の文字がよく似合う人物はそう居ない。
[:神話級と大々的に謳っているから、どんなものかと期待したんだが――]
――せっかく楽しめると思いきや、10年経ってもこの程度か。期待外れも甚だしい。
やはり、もう完全に引退してしまった方が良いか。
『――属性攻撃は効かぬか』
トールはそう云い放ち、槌を上空高くに放り投げる。
それは凄まじい勢いで回転し始め、周囲には激しい雷エフェクトが発生。宙に浮いた避雷針のように雷を吸収し、回転を緩めながら薄らと青白い輝きを放ち出す。
時間差でトール自身も高く跳び上がり、蹴られた地面にはひび割れのエフェクトが残った。
そのまま空中で槌を掴み、ユトへ向けて振り下ろしながら加速する。
{トール・ハンマー}
凄まじい落下速度と共にトールの周りへソニックブームのエフェクトが発生。強力な物理攻撃スキル〈トール・ハンマー〉を発動し、真っ直ぐとユトへ向けて亜光速で垂直落下する。
[:……ヤバそうだぞ! ユト。避けた方が――]
[:ううん、敗北を知りたい……]
突如として訳の分からない事を呟き出すユト。敢えて回避行動を取ろうとしない。
[:いや、意味わかんね……]
傍観者Aと化しているトリケル。
死亡している身としてあまり偉そうな事は言えないが、流石にこの言動には呆れるしかなかった。
『――我が渾身の一撃、喰らうがよい!』
上空から地面を貫くような一閃。スキル〈トール・ハンマー〉はユトを直撃する。
[:……フム! なるほど]
〈トール・ハンマー〉を受けたユトのHPが7割ほど消失した。
初心者時代を除けば、自身のHPがここまで大きく減少するのは初めての事だ。
予想以上の威力に感心するユトであった。
『っぬう! なんという耐久力か。あり得ぬ――』
トールの声色が少し変化する。
[:トール 、やっぱ動揺してる?]
[:……ように見えるよね]
若干の感情がこもっているような印象だ。
改めて、この
プレイヤー達の疑問は深まる一方であった。
[:いいね、神話級レイドボス! 中々やるじゃん]
ユトは感激している。トールの強さは及第点といった所だ。
この瞬間をどれだけ待ち望んでいたことか……。やっと骨のある仕様が実装されたのだ。
[:よし、今日はここまでだ。俺は満足した! さっさと倒して寝るぞ。明日も早いんだ]
ユトはチャットでそう言い放ち、最上位貫通スキルをトールへ向け発動させた。
全身を使って弓を引くようなモーション。青黒いオーラが旋風のようにユトへ集結し、引かれた矢の先端へ集う。
それはやがて亡霊のようなエフェクトへと変化し、禍々しいオーラを放ち始めた。
そして――。
『ファントム・ピアッシング』
ダークエルフであるユトのキャラクターが静かに技名を叫び、放たれた矢は長く尾を引くようなオーラを伴いながら飛翔。トールは両腕を交差させて防御の姿勢をとったものの、矢は容易くトールの胸元を貫いた。
――あまりにも強力。
――あまりにも理不尽。
[:やっちまいやがった]
[:マジで底知れねえな……]
『……これ程とは。おぉ、我は強き者を見つけたが、判断を誤ったようだ。強すぎた』
HPを完全に失ったトールは片膝を地面につけ、全ての行動を停止する。ユトの一撃によりトールは斃れたのだ。
『すまない。すまない。我が父、オーディンよ。すまない。我は手伝えぬ。此奴は神をも超えている。危険だ。あとは任せた――』
トールは身体が次第に薄れ、蒸発するように消え去った――。
{〈ビザンツサーバー〉の英雄達が、〈トール〉の討伐に成功しました}
大々的に周知されるシステムメッセージ。
実装から僅か3ヶ月での討伐成功だ。
全サーバーは騒然となる。
[:っまじ?]
[:ビザンツ、やべぇな。どんな連中が参加したんだ?]
[:ビックリしすぎて玄米茶吹き出しちゃった]
[:そもそも、トールって強いの?]
各サーバーで様々な憶測が飛び交う。
捨てキャラを作成してビザンツサーバーの偵察を目論む者。
ビザンツサーバーの住人が掲載しているブログをチェックする者。
さまざまな手段で情報収集を急ぐ連中が続出し始めた。
[:……ユト、拾いなよ]
[:そっ、そうです。ユトさん。アナタの
アルフレッドと第6パーティの補助魔法師は
自分達にはその資格が無いと判断しているからだ。
[:ううん、まぁ拾うけどさ、威力を試したらお前にやるよ。アルフレッド]
そう言いながらユトは
トールが扱っていたやたらと目立つ槌、〈ミョルニル〉を装備するためには、鉄製の籠手〈ヤールングレイプル〉を装着しておかなければならない。
つまり、2つはセットで装備するアイテムだ。
[:――え、いいの? ……じゃあ、お言葉に甘えるよ]
[:おう、甘え給え]
まずは効果を確認するため、ユトが〈ヤールングレイプル〉と〈ミョルニル〉を装備する。
すると、保有スキルの中に〈トールの
[:おっ、トールの雷が使用できるみたいだぜ]
[:まじっ]
[:かっけぇー!]
[:あっそうだ、忘れてたよ]
再び、復活ポーションで全員を蘇生させる。
[:おっサンキュ]
その場で起き上がるプレイヤー達。〈ミョルニル〉を観察するためにユトの元へ駆け寄って行く――。
[:――丁度いいな]
人の迷惑顧みぬがモットーの”キウ・ユト・モツマ”だ。他人が困ろうが、自分のやりたい事をやる為には息をするよりも容易く迷惑行為を実行できる。
『トールの雷っ』
駆け寄るプレイヤー達に対し、容赦無く〈トールの
見慣れたド派手なエフェクトと共に、周囲は第1パーティの
[:……ユトさん〜]
[:やると思ったわ]
皆、今日は何度も死んでいる。それに相手はユトだ。もう慣れた。
[:ふうん、中々の威力だが、やはり本職じゃないと真価は発揮しないみたいだな]
ユトは
対して、アルフレッドならば
ひょっとしたら、〈ミョルニル〉を駆使する事でユトに匹敵するプレイヤーとなるかもしれない。
ユトは[:MVP賞だよ]と言いながら、トレード機能を通じてアルフレッドへ〈ヤールングレイプル〉と〈ミョルニル〉を譲渡した。
[:ありがとう。大事に使わせてもらうよ]
[:いいな〜]
羨ましがるシンビーナ。
先ほどユトから放たれた〈トールの雷〉によって再び地面に突っ伏している。
[:あっ! そうそう、そこの弓キャラ3名、頑張ったからドラコ弓を進呈します]
[[[:えっ]]]
当然だ。彼らは働いた。
そしてユトは満足した。
労働には対価を支払わなければならない。
経営者の端くれとして、これは当然の事だと思っている。
全員にそれなりのゲーム内通貨を配布し、後でピティアにも何かを与えよう――そう考えるユトであった。
[:や、やった]
[:ありがとう! ユトさん]
今日はユトのせいで飽きるほど地面にキスをする事になった訳だが、ワールドアイテムを貰えるのでチャラだ。
自分のキャラクターが死亡している事などもはやどうでも良い程に3人は感極まり、若干震える手でチャットを入力しながら、渾身のお礼を述べるのだった。
『――フム。トールを斃してしまったか。我が息子ながら悪い事をしてしまったわい』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます