004 トール
[:準備はいいですかー? 第6パーティはお互いのMPを補いつつ全体バフを。そして第1パーティが動いたら、第5パーティへのバトルコンツェルトを適宜順番に使用していってください。……では! 始めてください]
ピティアの号令と共にさまざまな
最上級職の
効果の持続時間は基本20秒。既存の
[:バフは揃ったな。まずは俺からプロボークイージスを使うので、その後絶やさないように順番に使ってくれると助かるよ]
[:はい!]
[:了解だぜっ]
自身の防御力を極大化させるスキル〈プロボーク・イージス〉。
周囲の
防御力が低い後衛職の死亡率を大幅に軽減させる事ができ、これもやはり集団戦において重要な役割を果たすスキルの1つだ。
[:じゃあ、いくよっ]
アルフレッドが〈プロボーク・イージス〉を発動。ハニカム模様の巨大なドーム状の盾が出現し、プレイヤーたちは薄らと黄緑色のオーラに包まれた。
同時に赤いオーラがトールに纏い、アルフレッドへ引き込まれるように線状となる。
それが攻撃判定となり、トールは右手の槌を振りかざして
[:……どんな物が手に入るのかな]
気合は充分。神話級レイドボスを討伐するのだから、
レイドパーティのプレイヤー達は期待に胸を高鳴らせる。
{〈ビザンツサーバー〉において〈トール〉の討伐が開始されました――}
[:……へぇ。今回はビザンツか]
[:めずらしいね。初挑戦じゃない?]
神話級レイドボスの討伐が開始されると、〈アースガルズ〉の全サーバーへリアルタイムで周知される。
これまでいくつかのサーバーが挑戦した事はあるが、これまで討伐成功の知らせが出た事は無かった。
圧倒的な戦闘力の前に為す術無しといった状況だ。
今回も「どうせまた成功しないだろう」という見解が大半ではあるが、少なからず全サーバーが注目しているのも間違いない。初参戦となるビザンツサーバーの手並み拝見といった所である。
[:よしっ、タゲは固定できた。各パーティは攻撃を開始してくれ!]
トールの初撃をアルフレッドが受け止めた事により、レイドパーティへのダメージは軽微で済んでいる。
アルフレッドは1人だけHPが6割ほど削られたものの、第6パーティの
[:ハデ、入りまーす]
続けざまに第1パーティの
これによりトールは行動範囲を制限され、範囲攻撃の効果が半減。全員が攻撃のみに集中できるようになり、全力でトールのHPを削りに行く手筈が整った。
また、第1パーティの〈ハーデス・チェーン〉や〈プロボーク・イージス〉が途切れている間は、第7パーティの召喚獣や重装備ATが周囲を駆け回ってトールを撹乱。高等な連携技であるが、特に打ち合わせもなく阿吽の呼吸で役割をこなして行く。
一糸乱れぬ連携。流石の上級者プレイヤー達である。
「――へぇ、やるじゃん」
思わずパソコン画面を見ながら声が出た。
それなりに場数を踏んだ上級者だからこそ実現できるのだろう。観ているだけで気持ちが良い連携だ。
この構成ならばどんな大型ボスであれ倒せないモノは無い。既存のワールドボスだって5分あれば充分だろう。経験豊富な彼らにとって、トールも容易く討伐出来るだろうという見方が大半である。
はずだった――。
[:……硬いな]
アルフレッドはもちろん、レイドパーティの全員が妙な違和感を覚え始める。
開始から15分経過した。一切の手加減はしていないはずだ。
それでもトールのHPゲージは、まだ1パーセントも削れていない。
――これだけの火力を持つ大規模レイドパーティなのに。
[:アルフレッドさん……。ヤバいねこれは――]
[:うむ、ヤバいねこれ]
第1パーティ内のメンバーがチャットで尋ね、アルフレッドが即答する。
[:これで火力不足とか、運営はもう神話級ボスなんて討伐させる気ゼロだよね]
[:俺もそれ思ってた]
[:僕らの攻撃効いていないよね]
[:ピティアさん、どうするのかな――]
レイドパーティのメイン火力である第5パーティメンバー達。彼らも痺れを切らし、各々がスキル発動の合間を縫ってチャットを打ち始めた。
――えっと……どうしようかな。
重装備ATであるピティアは、第2パーティのリーダーを兼任しながら前線で全体の指揮を執っている。
本来は極めて難しい仕事だが、いつもやってのけていた事だ。
しかしながら、一向にトールのHPは減少していない。今回は何をどうしても討伐できる見通しが立たないでいる。
「――ううん、ヤバいねこれは。コイツらじゃあ無理か?」
頬杖をつきながら傍観していたユトも同じ事を感じ始める。
「このままじゃあ埒が明かないな」
そう呟きながら、何かを思いついたようにパソコンのキーボードを叩き始めた。
〔:業務連絡。ピティアさんピティアさん、一旦中止だ。直ぐに止めさせろ〕
〔:えっ? いや、すぐには止められないよ……〕
レイドパーティ外のユトから突如として送られて来た
ピティアは少し戸惑う。
レイドパーティの防御・回復自体は連携がうまく出来ているものの、強力な範囲攻撃を連発してくるトールを前に何とか持ち堪えている――といった状況だ。
とりわけ、プロボーク・イージスを連発している第1パーティの防御性能による恩恵が大きい。
この連携を一瞬でも止めてしまった場合、間違いなく死者が出るだろう。
撤退の猶予など無く、パーティが壊滅するのは目に見えている。
しかし、いくら前代未聞の神話級レイドボスとはいえ、ピティアは〈ビザンツサーバー〉有数の大手血盟の盟主。自分が指揮を執っているレイドパーティを壊滅させてしまうのは非常に不味い。
善処すら出来ず終いとなってしまっては、今後の信用にも関わって来るのだ。
それは何としても避けたい――。プライドと責任感がピティアの判断を鈍らせる。
――仕方がないな。
見かねた様子のユト。傍観を止めて行動へ移る。
[:はーい、お前ら一旦ストップ。とりあえず全員死ね]
ユトの貫通スキルがレイドパーティを襲う。瞬く間に全員のHPが消失した。
[:おいおい――]
[:ユトてめぇ、どういうつもりだよ?]
[:ていうかマジかよ、これでも一撃かよ]
当然の如く、場は騒然となる。
突然のユトの行動への戸惑いもあるが、〈プロボーク・イージス〉発動中の第1パーティメンバーを一撃で葬り去った事への驚きが強い。
しかし、大半の者が戸惑いを見せる中、仕切り直すチャンスを得たピティアは安堵さえしている。
――た、助かった! こんなの無理……。
[:ううん、このままじゃ無理でしょ。お前ら]
[:……まぁ、無理だろうけどさ]
[:いやぁ、ぐうの音も出ないね……]
第7パーティの
このまま続けていても何時間かかるか判らず、半ば諦めている参加者も出始めていたのは事実だ。
結果としてユトの判断は正しい。現状が上手く行かない以上、他の手立ての模索に移行するべきである。
[:そこでだ、そこの第5パーティ連中に俺の装備を貸してやる。少しはマシになると思うぜ]
ユトは数多の伝説級装備を持て余す程の重課金プレイヤーだ。中途半端に強化したまま使わなくなったモノが、いくつかインベントリに眠っている。
自らの装備を貸し出し、レイドパーティの火力増強を図るのだ。
[:うん? いいんですか? 持ち逃げしちゃうかもしれないですよ]
[:ううん……。ふざけた奴がいればソイツを血盟ごと潰すだけだし]
敵に回すと面倒臭いと思わせる手段は豊富に持ち合わせている。いつぞやの初心者狩りも、ユトの執拗なまでの嫌がらせを受け消え去った。
[:……しれっと恐ろしい事を言うよね――]
[:とりあえず起きろ。もたもたしているとトールが居なくなってしまうだろ]
ピティアの発言を遮るように、ユトは再び復活ポーションを使用して全員を蘇生させた。
攻撃対象を一度失ったトールは
[:ていうか、ユトさんが手伝ってくれれば良いのでは?]
[:ううん、それじゃあ楽しめないだろ。俺が]
……。
[:えっ]
[:……こういう人なんだよ。俺らで頑張ろう]
――高みの見物をしていたいのだ。余計な要望は辞めていただきたい。
第5パーティの
エルフの最上級弓職〈ドーン・アーチャー〉シンビーナ。
バードマンの最上級弓職〈ガルディ・スローワー〉トリケル。
獣人族の最上級弓職〈サベージ・サジタリウス〉ユウゾウ。
全員、
ユトは、それぞれに+50以上の〈
[:……ちょっ、ドラコ弓じゃん! なんなの+52って――]
〈
入手難易度は極めて高く、ワールドボス討伐により確率で
[:こっちは+64だってよ]
[:こりゃすげぇや……]
未強化でも攻城戦の戦況を覆しかねないワールド武器――。
ユトからトレード機能で渡されたモノを確認し、その強化値に度肝を抜かす面々。
[:……どうだ? シンビーナさん。攻撃力はだいぶ上がったんじゃないか]
[:うん、ヤバいよ。アルフレッドくん、普通に100倍くらいは差が出たよ……]
微課金プレイヤーであり、地道に育てた+12程度の
ワールドアイテムには、一般の武器には無いさまざまな特殊能力が付与されているのが大きな特徴だ。
「う……あわ、うわぁ――」
パソコン画面を眺めながらマウスを握っている彼女の手が、小刻みに震えている。
[:ううん、武器だけでそこまで変わるか。よし、再会し給え]
[:でもね、ちょっとウザいですよユトさん]
[:……なんかムカツク]
始終偉そうな態度のユトに、少しムッとするピティアとシンビーナ。
[:はいそうですか。トールを倒せたらその弓はお前らにやるよ。頑張ってくれ給え]
[[[:がんばりますっ!]]]
シンビーナ達はやる気のある子達だ。その忠実に従ってくれる様子に、ユトはたいへん感心している。
[:……やれやれですね。じゃあ、仕切り直しますよ]
不安を抱えながらも指揮に戻るピティア。
特に指示した訳では無いが、第6パーティが手早く
[:でも、たった3人の武器を交換しただけであの硬さに太刀打ちできるんだろうかね?]
[:わからねえなぁ。何せドラコ弓持ちが3人になるんだもんなぁ]
第3パーティの重装備AT達は少し疑心暗鬼だ。
トールへの近接攻撃を担当していたが、どのようなスキルを放ってもほとんど手応えを感じる事が無かった。
並大抵の火力では、この絶望的な状況を打開する事は難しいだろう。
[:――開始してください!]
再びピティアの号令が下される。
開始早々、先程とは明らかに様相が異なっている事に皆すぐ気が付いた。
[:すっげぇ]
[:これがワールドアイテム……]
彼らは初心者ではない。中級者でもない。
ゲームの仕様を知り尽くした上級者プレイヤー達である。
にも関わらず、知らないボスに知らない武器を使用しているせいで感覚がおかしくなってしまった。
――再開から再び15分経過。トールのHPは10パーセントほど減少している。
[:……順調ですねぇ]
トールの撹乱要員として周辺を駆け回っている第7パーティの重装備AT。
劇的な状況改善に感心し、チャットで呟く。
[:ふむ……いけそうだ]
更に30分ほど経過。
状況は明らかに好転しており、トールのHPは既に3割ほど減少している。このまま行けば2時間以内に討伐出来るペースだ。
しかし大抵のレイドボスは、HPがある程度減少すると行動パターンが変化する事が多い。
それは各自の認識としては織り込み済みであるものの、実際にトールがどのように変化するかは不明だ。
戦力としてもギリギリなため、全員の緊張感が増してゆく――。
[:すごいねぇ〜ドラコ弓!
[:うむ……でも防御は紙ペラだ。俺らでカバーしなきゃね]
第1パーティのメンバーがトールの攻撃を惹きつけながら、尻目にシンビーナ達を観察して関心する。
アルフレッドもまた気になっているものの、現在はレイドパーティの要である第1パーティのリーダーだ。
崩壊を防ぐため、抜け目なくパーティメンバーの緩慢を正す。
『ふむ、やるではないか――』
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