003 神話級レイドボス
「ううん、サクサク倒せるね♪ 順調順調」
今日もパソコン画面の前で独り言を垂れ、鼻歌まじりに襲って来る敵を一撃で葬り去る。
〈
これにより、立ち回りによって複数のターゲットを1列に並べてまとめ狩りが可能となる。
また、相手は
[:あぁー! また負けた!]
[:やっぱり勝てねーっ]
本気で城の獲得を狙っていた一部のプレイヤー達からは盛大に恨まれてもいたが、この場に居るのはユトに対する純粋な好奇心に駆られている者達が大半であった。
ユトが〈アースガルズ〉へ復帰してから早3週間。
ついこの間、〈ビザンツサーバー〉の大手勢力である”シークレットポイズン血盟”と”ラ・ピュセル血盟”の即席連合をたった1人で撃破。さらにダームペア城まで獲得してしまった。
おかげで知名度は爆上がりだ。
〈アースガルズ〉全12サーバーの中でも特に武闘派プレイヤーの多いビザンツサーバーともあって、いつでもどこでも追っかけが付くようになった。
[:ユトだ!]
[:見つけたぞっ]
[:今度こそ倒してやるぜ]
やはり”キウ・ユト・モツマ”は呼びにくいのだろう。
――昔もよくやってたなぁ、こんなこと。
懐かしい。カエサルサーバーで暴れ回っていた頃の記憶が甦る。
[:うっひゃ、被ダメ8,000億!]
[:……お前、わざと防具脱いでただろ]
あの頃とは違い、私怨で追いかけ回してくる連中は皆無。ビザンツサーバーでは特に迷惑をかけたプレイヤーも居ないし、そもそもユトの圧倒的な強さを競い合いの対象とみなす者は居ない。
[:惜しかったな〜!]
[:……いや、惜しかったのか?]
[:もはや人間レイドボス]
フィールド上を駆け巡る人間レイドボス”キウ・ユト・モツマ”を相手に、誰がどれだけダメージを与えられたか。あるいは受けた最高ダメージを競い合うなど、スポーツ感覚で追いかけ回す。
[:……で、あんた、統合前はどのサーバーだった?]
[:そうそう、こんなに強いのに今まで見かけていないなんて。復帰組みなんだろう?]
[:ビザンツはオットーとマリウスサーバー出身が多いんだが……]
[:強さの底が見えないのよねえ。いくら課金したのさ?]
今ではユトとの会話も彼らにとって楽しみの1つだ。死体となって地面に突っ伏したプレイヤー達がこぞって話しかける。
[:……そうか、俺はカエサルサーバー出身でね。どうりで知り合いが居ない訳だ。ううん、独り身は寂しいもんだね。課金額は……諸々1億は使っているだろうな。それから先は覚えていないよ]
淡々と質問に答えて行くユト。
10年も経過すればもはや他人事のようにも感じるのだが、中々の金額を注ぎ込んだものだと自分でも感心してしまう。
[:……はぁ]
[:億? 日本円? 1億円……]
[:娯楽の領域じゃねぇな]
呆気に取られるプレイヤー達。
実際、それなりに課金をして時間も注ぎ込んでいるプレイヤーを多数相手にしても全滅させているのは間違いない。
いつも簡単にやられている彼らだが、本来は生半可な攻撃でダメージを受けるような連中では無いのだ。
一体どれだけ課金すればユトの強さに追いつくのか――。上限が見えないだけに議論が白熱する。
[:……僕は先月20万円課金したけど、セーフエンチャント系がけっこうあったかな。Sグレード武器が+18になったよ]
[:18ってすげぇな]
どのMMORPGにも、”生活よりもゲームが優先”という思想を持つプレイヤーは存在する。
〈アースガルズ〉もまた然り。20万円という課金額よりも、排出されたアイテムへの感想が真っ先に出てくるようならば、晴れて
彼らは毎月の課金費用を捻出するため、生活を切り詰めたり、仕事量を増やしたりと躍起になっている。
[:俺なんて今月3万円で使い過ぎたと思ってたけどまだまだだな。ちょっとガチャ回してくるわ]
[:やめとけやめとけっ]
どれだけ自制を保っていても、〈アースガルズ〉の巧妙な課金システムに射幸心をくすぐられるのは時間の問題。重課金プレイヤーを目の当たりにし続けると金銭感覚が麻痺しやすいのも、ガチャの闇だろう。
気付けばクレジットカードの利用額上限……。と後悔する連中も少なくないのである。
[:せめて+20くらいの武器は欲しいんだがな……]
[:うーん、そりゃ月収分じゃ無理だな]
自分のキャラクターが地面へ突っ伏している事などお構いなし。攻城戦と違って、一般フィールド上では死亡状態の時間制限も無い。
各々は死体のままその場に留まり、いくら課金すればどの程度強くなれるかなど、たわいない議論で盛り上がる。
[:ねえ! あんた負けたことあるの?]
ユトへ問いかける死体A。
[:ああん、そりゃあ負けたことくらいあるぜ。初心者の頃だがね]
――初心者の頃だ。
執拗に殺して来る上級者プレイヤーがいた。
ちょっと名前を覚えられてしまうと一目散に追いかけて来る。いわゆる〈初心者狩り〉だ。
特に理由なく、他人が嫌がる姿を見るために生産性のない殺戮を繰り返す、下衆な連中である。
流石にレベル上げすらままならない頃にやられては手も足も出ない。腸が煮えくり返っても反撃すら出来ず終いだった。
[:へぇ、やっぱり初心者時代はあったんだな]
[:まぁ、当たり前なんだけどさ意外! 最初から強かったとしか思えないよねぇ!]
だが、ユトはやられっぱなしで終われる男では無い。やられたら徹底的に相手を叩き潰すのが性分であり、そんな負けず嫌いな性格が興じて、際限なくキャラクターを強化するに至ったという訳である。
[:そいつは1ヶ月くらいで見なくなったな。それはそれで少し寂しいと思ってしまったぜ]
やられたらやり返す――完膚無きまでに。
ある日から、当該の初心者狩りプレイヤーは至る所で闇討ちに遭うようになった。
どのエリアに行っても討伐隊……もとい、ユトが自費で雇ったアルバイトプレイヤー達がシフト制でサーバー内を巡回していたのだ。
結局、その初心者狩りは自分のキャラクターを操る気力を無くし、姿を消した。引退したか、もしくは真っ当に別キャラクターの育成へシフトしたのだと思われる。
[:……俺らは大丈夫だよな]
[:だ、大丈夫だろ。今のところ足元にも及んでないし……]
[:そうだそうだ。酒の勢いで追いかけてるだけだぜ]
いつもより
酒を飲みながらプレイしている連中もおり、地面に突っ伏したままたわいない会話が弾む――。
[:――ううん! なんだか今日は楽しいな。みんな起きてしまえっ]
ガチャ報酬として獲得したが、あまりにも膨大に溜まっていた為処分できずに放置していた。
それを使い、ユトは周囲で突っ伏しているプレイヤー達を蘇生させて行く。
[:こりゃ、また高価なアイテムを湯水の如く使うもんだな……]
[:ほんと、見てて恐ろしいわ]
ユトが使用しているのは単なる復活ポーションではなく、
キャラクターのレベルが100になると、貯めた経験値を消費してさまざまなステータスを強化できる。経験値は貴重な資源でもある訳だ。この復活ポーションは非常に需要があり、市場ではかなりの金額で取引されている。
[:ありがとう、ユト!]
[:おかまいなく。お前らを殺したのは俺だぜ]
もはや誰に殺されたなど気に留める者は居ない。
起き上がったプレイヤー達は戦う素振りを見せず、それぞれ
楽しそうにはしゃぎ回る面々――。
[:おぉっ画面が揺れているぞ]
[:飲みすぎたか?]
[:いや、ウチの画面も揺れたよ。何だろう? イベント?]
ずずんっと響く鈍い効果音と共に、画面内が大きく揺れた。
ふと周囲を見渡すと、1体の見慣れない
赤い髪に赤い髭、燃え盛る火炎のような赤い眼。
右手に重厚な鉄製の籠手、柄の短い巨大な槌。
腹回りをベルトで括った古代人のような布の服……。
さらに、雷のような装飾を施したサークレットも纏い、神々しいオーラを発しながら闊歩している大柄な男性のようなNPC。
先ほどの地震のような衝撃は、このNPCの出現による演出のようであった。
――NPCはずしずしと歩き回り、やがてユト達の付近で立ち止まる。
[:初めて見るモンスターだな]
[:アップデートが関係あるんじゃない?]
人型のレイドボスのようではあるが、何も仕掛けてこない。
数名のプレイヤーが駆け寄り、立ち止まったNPCをチェックする。
[:んーコイツは……]
じっくりと観察し、〈アースガルズ〉公式ページの情報と照らし合わせてみる。
[:あっコレって――]
[[[:トール!]]]
[:ううん、トール? 北欧神話の?]
[:ああ、そうだけど、アースガルズの新しいワールドボスだよ。3ヶ月前に実装されたばかりさ]
[:そうか。何せ俺はまだ復帰してから3週間だからねハッハハ]
北欧神話の要素を含む〈アースガルズ〉は、最近のアップデートで〈神話級レイドボス〉を実装した。トールはそのうちの1体にあたる。
[:ううん。お前ら、見たことあるのか?]
[:いや、初めて見たぜ]
[:うむ。何せ放浪型だから、ワールドのどこにポップするかわからん]
〈アースガルズ〉は広大なオープンワールド型のMMORPGだ。
また、〈放浪型〉のレイドボスはその広大なワールド内に常に存在する訳ではなく、討伐の有無に限らず一定期間出現した後は勝手に消滅する。
次に
[:ほう、お前らトールと戦ってみたいか?]
[:そりゃあ勿論だぜ]
[:おうよ、この人数ならいけるかもしれんな!]
日頃は
とはいえ、やはりレイドボス討伐はMMORPGの醍醐味ともいえる要素だ。ましてや、誰も討伐を成し遂げていない神話級ボスが目の前に居るとなれば、血が
[:ううん、じゃあ俺は見ててやる。倒せたら報酬はお前らで分配しな]
[:へへ……そりゃあ助かるぜ]
[:よっし、じゃー私が指揮するね。チーム編成はじめます。職順に並んでくださいー!]
ユトを追いかけていたのは血気盛んな武闘派プレイヤーがほとんどだ。つまりは上級者達である。
各々、手慣れた様子で大規模戦闘の準備を進め始めた。
[:よっし、全員で62人だね。じゃぁパーティリーダーを5人募集して、私もやるので全部で7パーティ作りますよー]
女性エルフのプレイヤーが率先して指揮を執り、手際良くパーティ編成を行ない始める。
[:……あれ? 5人? 6人じゃなくて?]
[:えぇ。5人ですよ。シークレットポインズン血盟のアルフレッドさん、アナタには第1パーティのリーダーをやってもらいますので。(にっこり)]
アルフレッドは〈
[:……うわっ面倒くせぇ。はぁ〜わかったよ。ラ・ピュセル"血盟主"のピティアさん。アンタには優しくしろってユウジロウから言われてるしな]
やるときはやる男、アルフレッド。
面倒臭い程度の仕事など屁でもない。
多くの武闘派プレイヤーが所属する〈シークレットポイズン〉は、サーバー内屈指のブラック血盟としても有名なのだ。
アルフレッドは希少な
また、アルフレッドは狩りや攻城戦を問わず非常に高いパフォーマンスを発揮するので、彼を知る者からはすこぶる評判が良いのであった。
[:……この場にいるタンカーは俺を入れて8名だね。そういう訳で第1パーティは俺が指揮を執る。各自誘うから承認してくれ]
今回は相手がトール1体のみ。アルフレッドは
鉄壁の防御パーティを構築し、卓越した防御力でレイドパーティメンバーを守り抜く所存だ。
[:この中に、プロボークイージスを習得している人はいるかい?]
[:あっ私持ってます]
[:あっ俺も]
[:あっ僕も]
[:自分も――]
アルフレッドの質問に、7名全員が同じ返事をする。
「……へへ、こりゃあいいぜ」
思わずパソコン画面の前で呟く。
――まさか全員とは。
この場に集まった
一部のスキルには、入手困難な激レアアイテムを使用しなければ入手できないモノが存在する。
しかし、そこは流石にユトを追い回す戦闘系プレイヤー達だ。
全員が入手困難スキル程度は揃えていた。
アルフレッドは手慣れた様子でパーティメンバーの装備構成をチェックし、作戦を決めてピティアに報告する。
・第1パーティ8名
・第2パーティ9名 重装備の近接
・第3パーティ9名 第2パーティと同様。
・第4パーティ9名
・第5パーティ9名
・第6パーティ9名
・第7パーティ9名
瞬く間に組みあげられた大戦力のレイドパーティ。
前回の攻城戦にて生き残りで結成された連中よりも更に職業のバランスがよく、戦力は上だろう。
「ううん、流石に皆手際が良いな。俺はレイド討伐のマナーなんかサッパリだから勉強になるぜ」
職を知り尽くした彼らが団結し、1つの未知なる目標へ立ち向かう様はたいへん興味深い。
パソコン画面の前で頬杖をつきながら、ユトはまじまじと彼らのレイドボス討伐を見学するのであった。
[:では各自で手早く装備の調整を進めて下さい。それと"トーテム"を持っている方は種類と段階を私に教えて下さい]
ピティアが手際良く指示を出し、レイドパーティの準備が着々と整っていく。
ビザンツサーバー史上初。寄せ集めの上級者達による、神話級レイドボスとの壮絶な戦いが幕を開けた――。
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