負けイベントで死んで異世界に転生したら作者がいたから脅して無双することにした

クロロニー

異世界に転生したら作者がいたから脅して無双することにした

「折角魔王の城にまで辿り着いたのに、お、俺たちの戦いはここまでなのか……?」

 己の身体を貫くあまりにも巨大な爪を見つめながらミヤコ・ソージはそう呟いた。ヒーラーのニャオはもう既に息絶えていた。ファイターのトルスキンは既に四肢を捥がれているし、スナイパーのアザシルは両目を潰されていた。それも全て魔王の忠実なるしもべ、巨獣のザイワルードによって。

 ミヤコ・ソージは思い出していた。自分がこの世界に転生した時のことを。不思議な力を持って転生し、ニャオ達と出会い、戦いの中で研鑽を積んできた日々を。時には行き違いや別れも経験し、己の無力さに抗い続けた魔王討伐の日々を。

「ああ、これは……走馬灯か。……この感覚も、久しぶりだな」そしてミヤコ・ソージの記憶はニホンに居た頃のことにまで遡り始めた。「……トラックに轢かれた時も、だがあの頃よりはちょっとばかし長くなってるようだ」

 ミヤコ・ソージは少しだけ笑い、そして意識がプツリと途切れた。

 

 私が目を覚ますと、そこは――

「お前は一体誰なんだ……?」

 いや、『私』ではなかった。危ない危ない。これは三人称単視点の小説なんだから修正しないと――。

「お前だよ、お前」

 私は慌てて画面から目を離し、そして振り返った。そう、この部屋には私しかいないはずなのだ。なぜなら執筆している間は家族の誰にも入らないよう言ってあるのだ――。

 部屋の中央に一人の男が居た。筋骨隆々の裸の男で、首についた生々しい十字の傷痕がまるで今私が書いている小説の主人公のようだ。男はひどく苦しいとでも言うように、胸のあたりを両手で覆っていた。私はひどく嫌な予感がした。

「お、お前こそ誰なんだ! 勝手に人の家に入りやがって!」

「俺か……俺の名前は、ミヤコ・ソージだ。さっきまで俺はハンターとして魔王討伐隊に参加していたんだ」

「嘘だ!」

「なんだと!? 俺を侮辱してるのか! それともなんだ、死んだら名前は奪われるというのか?」

「そもそも、それならなんでお前は裸の格好なんだよ。ハンターのくせに防具とかつけないだろ!」

 そこで私ははたと一つの事実に思い至った。そういえば、私は今まで服の描写をしたことがあったか……?

「俺の格好がそんな変か?」ミヤコ・ソージを名乗る男が心外とでも言うような表情を浮かべた。「いや、そもそもここはどこだ? まさかお前が神とか言わないよな? 次はどこに転生させられるんだ? それとも俺はまだ死んでいないのか?」

 これが演技ならば大したものだ。しかし男の言葉には馬鹿にするようなニュアンスも詰めの甘さもなく、真剣そのものだった。つまりこの男は自分がミヤコ・ソージだと信じている頭のイカれた読者か、それとも本物のミヤコ・ソージかだ。ならば少し話に乗ってやろう。

「わかった、白状しよう。確かに私はお前にとっての神のようなものだ」

「神のようなものだってどういうことだ?」

「お前が元居た世界を作った張本人だが、ここ日本では神ではない」

「やはりここはニホンだったのか……どうりでお前の見た目が人間っぽいわけだ。ということはやっぱり俺はまた転生したということか? 元居た世界に? それともあっちの世界に居たのは夢みたいなもので、ずっとこっちが現実だったのか?」

「いや、お前は確かに転生したのだが、元居た世界に戻ったわけではない。日本と言っても平行世界の日本みたいなものだ。厳密に言うと別次元の世界、というわけだが」

「別次元? でも同じ三次元の世界だぞ?」

「お前はそもそも異世界転生物語の中の登場人物なのだ。異世界転生物語の意味はわかるよな?」

 そう、ミヤコ・ソージは異世界転生の作品にそれなりに詳しいという設定なのだ。それが異世界で生きるのに役に立つわけだ。

「つまり俺は物語の中の世界に転生したのか?」

「いや、そうじゃない。お前は最初から物語の中の世界の人間で、今何らかの原因で物語の外に転生してしまったわけだ。そしてその異世界転生物語の作者が何を隠そう、この私というわけだ」

「物語の作者……? そして俺がその登場人物……? つまり俺がトラックに轢かれたのも、巨獣のザイワルードに殺されたのも、お前の筋書きってことか……?」

「そうだ。だが安心しろ。最初のザイワルードはただの負けイベントだ。次は勝てる。私が保証する」

「じゃあニャオとトルスキン、そしてアザシル達は無駄死にだったということか……?」

 その言葉を聞いて私はようやく確信を持てた。ニャオ達が死ぬ展開はまだどこにも公開していない。この男は本物のミヤコ・ソージだ。

「彼女たちの死は決して無駄ではない。あの悲劇はお前をより一層強くさせるし、なにより読者はより一層お前に感情移入するようになる――」

 私が言い終わるより先に男の姿が部屋から消えた。そして首筋にヒンヤリとした感触が伝わる。

「お前が作者というのなら、書き換えるのは簡単なことだよな?」この一瞬の間に男は私の背後に回っていた。首筋に当てられているのは恐らく机の上に置いていたボールペンの先だ。「命が惜しければ『俺が強すぎてザイワルードも魔王も余裕でした』という筋書きに書き換えろ」

 私はそれには答えず、隙をついてなんとか男の腕を振り払おうとしたが、しかしボールペンの先が首の中に少し沈むだけで、全くビクともしない。

「おっと、まさか忘れてるんじゃないだろうな? 俺がこなした鍛錬の日々を。戦いの最中で身に着けていった戦闘術の数々を。それとも、その辺の描写を全部省略したから実感がないのか?」流石にその辺りの描写は最低限書いているつもりだ。「死にたいならお望み通り殺してやってもいいが、お前が転生できるかは神のみぞ知る、だな。精々お前の作者が居ることを祈るこった」

 いや、そうは言いつつも私のことを殺せやしないだろう。何故なら私は作者なのだ。お前、作者殺したらお前もその仲間さんも完全に終わりなんだぞ。

 そこで私は一つのことに思い至った。そうか、この男を殺せばいいんだ。この男を殺せば、こいつはきっと元の世界に転生するに違いない。そして私はこの男の弱点を知っている。この男の転生後の生命力を支えているのは、首に埋め込まれたコアだ。このコアの存在は異世界人の特徴で、彼も転生した時に獲得しているのだ。しかし他の異世界人と違って薄皮一枚程度でしか保護できていないのが彼の異世界での最弱たる所以だった。こうやって私と密接しているということは、油断している証拠だ。やるなら警戒される前の今だ。

 私は拳を握ると思い切り身体を捻って――


 なんだ悪い夢だったか。しかしベッドが妙にゴツゴツしているな。久しぶりにベッドから落ちてしまったのかな。私は重たい瞼を持ち上げ、見慣れた景色を見て安心しようとした。しかし目の前にあったのは、真っ黒な毛で覆われた、巨大な、爪の長い獣の死体だった。

「ソージ・ミヤコ! 目が覚めたのね!」

 服を着ていないどころか人間ではない容姿の――強いて言えば棒人間に近い何かが、私の胸にその身体の一部を押し付け、必死に話しかけていた。どうやら私、宗司宮子は異世界に転生したらしい。ミヤコ・ソージが居たはずの、あの世界に。あの男の代わりとして。

「もう、暴走したあなたを止めるの大変だったんだから!」

「あれ、私何かやっちゃいましたか?」

 イマイチ状況の掴めていない私は、そんなことを言って力なく笑うしかなかった。

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