声がきこえる
樹 亜希 (いつき あき)
もう長いこと書いてる
私は人生を自分の自由に生きてはこなかった。いつも誰かのために何かすべきことをやらざるを得ないように道が引かれていたようにその道をひた走ってきた。
気が付いたらもう手遅れで、人生の一番楽しい部分を雑事と人が呼ぶことに費やして就きたい職業にも就けないままに今日に至る。
今日も予備校のメンターとして、ある時は校舎長の代わりに面談をするというチーフという仕事が私の仕事だ。スマホの電源は切るようにと規則で定められているけれど、通知音をオフにしているだけで時々はのぞき見をしている。主にトイレで。
小説を書き始めたのは三年前のこと。
退屈な人生は父親の病死で大きく変わった、あとを追うように母親も昨年心臓であっけなく死去してしまえば、神様がもう何もお前を縛るものはないと言ったような気がして、膨大な読書の先にある創作に手を出したら、もう止まらなくなった。
実家には猫一匹がいるだけで、一人残った私は、便利屋に頼んで両親の遺品を全部処分してしまった。これで広い家が自分だけの創作スペースとなる。
投稿サイトでの長い知り合いである梨田さんがDMでおはよと言ってくる。彼は私より少し年上の既婚者だが、まるで女性のような優しい作品がメインである。既読はつけるが昼休みまで返事はできない。次はサクラさんと侯さんがおはようと言ってくる。
投稿サイトには通知があるので、きっと昨夜アップした作品をこのうちの誰かが早速読んでくれたのだと思う。
トイレの窓の外は激しい雨音がする。
春がすぐそこまで来ている。
浪人が決まった生徒たちの顔を見るのは辛い、けれど来年のこの時期にはみんなの合格が決定していることを私は毎年楽しみにしている。
それは自分の作品がいつか……。
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