第36話 失せない声
機械人形の機能停止を確認した麻依は、薄れゆく意識の中にいた加奈の下へ駆けた。
「加奈さん!」
駆け寄った麻依はパートナーの様子をなぞるように確かめる。彼女の体内から呪粒子が欠乏していることは織り込み済みだった。それでも、両目を閉じたまま動かない加奈を見て心が痛んだ。
麻依はかつての友を失った時と同様に加奈も犠牲になるのではないか、という不安に駆られた。しかし、その逡巡をかき消すような現実が訪れる。
ラの音で響く音叉の音が広がった一瞬後に、鬼の声が聴こえた。
「——これで我を殺せたと思うな!」
遺跡の中に語気を強めた酒呑童子の声が響き渡った。たったその一言が、彼女が脅威であるという認識をこの場にいた者たちに示した。
全員、しばらくの間は言葉が出なかった。理由は主に二つ――事実を受け入れられないこと、そして、失っていた意識を取り戻したばかりで状況を掴めていないこと、この二つだけだった。
酒呑童子の声が去った後、麻依はサイバーアーツを使って加奈を抱きかかえた。脱力している彼女の身体は驚くほど軽く感じた。
「皆さん無事ですか!?」
沈黙を破るようにして巧一朗が姿を現した。
巧一朗は退避していた藤堂兄弟、そして意識を取り戻した修司たちに声をかけた。
「心配ないよ。計算は狂ったが間に合ったね」
回復したばかりの修司と朧はまだ立ち上がれず、状況の把握で精いっぱいの状態だ。
戦闘で傷を負った藤堂兄弟はサイバーアーツの循環を取り戻し、痛みが消えつつあった。
「安永、お前たちは裏切ったのではないのか?」
冷静さを取り戻していた裕斗は巧一朗が助力しようとしているところを見て疑念を抱いている。
巧一朗はただ首を横に振るだけだった。
「まったくの逆です。今すぐ俺の所属する研究所に隠れてください」
「おい、そりゃどういうことだ?」
「説明は後です。今は一刻も早くここから逃げましょう」
巧一朗は物怖じせず藤堂兄弟に撤退を促した。
「麻依ちゃん、後は頼みました」
「はい。お父さん、朧さん、行きましょう」
修司たちは頷き、一気に遺跡の出口へと駆け出した。
言葉は不要だった。
麻依たちはすぐにここを離れ、風雷に帰還しなければならない。福原夫妻にそう約束したのだから。
▽
別ルートから現想界地上の自律車両に乗り込んだ巧一朗と藤堂兄弟の間には、夏場にも関わらず凍りつくような空気が漂っていた。それは決して空調のせいではない。
「——敵を匿ってどうするつもりだ?」
自律車両の向かい合うシートに座った裕斗が問うが、反対側に座る巧一朗は物怖じせずつらつらと言葉を紡ぎ始めた。
「協会の中枢となっていた人工頭脳を酒呑童子に乗っ取られました。お二人は本部に戻れば動作を書き換えられた警備ロボットによって確実に殺されます」
巧一朗からの事実を聞き、瞬く間の侵攻を許した兄弟は選択が誤りであったことを悟った。
倒すべき酒呑童子は一体だけではなかった。彼女は強化されていただけではなく、複数存在していると気づけなかった藤堂兄弟は互いの視野の狭さを恨みたくなっている様子だ。
「畜生。俺たちが戦ったアイツは、囮だったのかよ……!」
将人は悪態をつき、裕斗は黙って巧一朗の言葉を受け入れた。
修司たちが酒呑童子とばかりに襲い掛かった挙句、本来の存在は過去よりも力を強めて復讐を果たす一歩手前まで進んでいた。歴然とした力の差を見せつけられた二人は、認識を改めようと必死に切り替えようとしていた。
「当初はお二人を含め、裏を取ってから協会の実態を企業側に告発しようと模索していました。しかし、私たちはそれだけでは根本的な問題解決にはならないと考えています。何よりも、まずは酒呑童子に奪われた中枢を取り戻すのが先決だと判断しました」
巧一朗は藤堂兄弟を匿う理由を伝え、同時に酒呑童子が現実世界を脅かそうとしている未来を述べた。
「本部の者たちはどうなっている? 既に殺されているのか……?」
切羽詰まった裕斗の問いに、巧一朗はただ「いいえ」と答えた。
「酒呑童子の狙いはあくまでもお二人です。さすがに本部は守護士の数が多いため、戦わずして勝ちたいというのが本音でしょう」
「通信端末には何の影響も見られねぇが、本当にこれは現実世界で起きていることなのか?」
将人は通信端末の画面を見せるが、ウェブ上には酒呑童子の報道は一切掲載されていない。彼は情報統制がされていることを疑っているようだったが、巧一朗はその疑問を一蹴した。
巧一朗は至って真面目に藤堂兄弟へ坦々と伝える。その言葉の節々には痛みが伴っているのか、くしゃくしゃにされた紙屑のように表情が歪んでいた。
「これが現実です。酒呑童子は私たちに脅威を見せつけ、恐怖で人と電妖体を支配しようと画策しています――」
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